4人目

「ティナ①」

 城壁に近づく黒い影、魔物だ。

 やつらにあるのは強い殺戮衝動のみ、毎日のようにこの城壁に囲まれたエルニス国を襲撃してくる魔物達。私達、騎士団はそれを追い払う、そうよってこの国の平穏は守られているのだ。


 今日も魔物は森に紛れこちらへ近づいている。

「ティナ、敵は3体だ。騎士団を分散させて1体を2人ずつでー」

「いや、その必要はない。」

 味方の言葉など意に介さず騎士団の一員の女性ティナは茂みに駆け出した。

 正面に1体、その後方に2体が控えているな

 これまでの経験からやつらの行動パターンは読めていた。ティナは剣を抜き、息を潜める。風で木々の揺れる音、自分の鼓動、全ての音を聞き分け相手の動きを見る。

 来たっ!正面の茂みから黒い肌に覆われた四肢を持つまるでトカゲのような巨大なそれが飛び出してきた。

 魔物が横腹に噛み付こうとしたのを避けると、ティナは剣を魔物の後頭部に突き刺し、続けて首を落とす。魔物が息を引き取ると、残りの2体の気配はすでになかった。

「おい、ティナ大丈夫か?」

 城壁の方から仲間達が駆けつける。

「こいつが司令塔だったみたい、ごめん残りは逃したわ。」

「あんまり勝手な行動は控えてくれ。これだけの人数を引きつけれてるんだ、みんなを混乱させるな。」

 ティナは「分かってるわ」と返事をした後、仕留めた獲物を茂みから引きずり出し、その場で燃やす。魔物には呪いが宿っており持ち帰ると伝染病のように広がり、様々な厄をもたらすと言われている。


 ティナは騎士団の中でも最も若い騎士の1人であるがその実力はベテランにも引けを取らなかった。また、父、母、妹をかつてこの森で魔物に喰われた過去があり、誰よりも魔物の討伐に燃えており、正義感も強い女性である。


 *


「ご苦労だった騎士団諸君、国を代表して感謝しよう。」

 エルニス国国王のアーサーは玉座から立ち上がり、敬礼する騎士団員を労う。

「敵は3体、1体は討伐しましたが残りは逃してしまいました。」

 ティナが所属する隊の隊長ジルは今回の件を報告する。

「君達の役目は国民の生活を守ることだ。魔物を根絶やしにすることではない、それを忘れてはならんぞ。」

「しかし国王、ここ最近、魔物の動きが派手になっているように思われます。かつて魔物は日没と共に動き出すと言われており、確かにその通りでした。しかし今日もですが、やつらは昼夜問わず城壁周辺に出没しています。」

「ジル、確かに君の言う通りだ。しかし、それは仕方のないことだ。森の向こうの大国は大規模な魔導隊を有し、結界により国全体が守られている、加えて軍備も万全だ。だが、我がエルニス国のような森に囲まれた小国は十分な魔導師もいない、せいぜい気象の予測をする程度だ、それに軍備も少ない。魔物がこちらに流れ込むのも自然だろう。」

 アーサーは騎士団員の顔を見渡し小さく頷く。

「だからこそ、君達が必要なのだ。魔物との戦いは危険だ、いつ命を落とすやもしれない。そんな戦いに身を投じる君達に我々は大いに尊敬の念を送ろう。」



 城で魔物討伐の報告を行ったことを思い出しながらティナはぼんやりと考えていた。

 ジルの言った通りだ、ここ最近はひっきりなしに出動している。それに巡回の回数や隊の規模、数も大きくなっている。

「私もしっかりしなきゃなぁ」

 昼の単独行動を反省するかのようにティナは自宅のベッドの上で小さく呟いた。


 *


 その日は首脳会談に出席するため、アーサー王は隣国セルシア国に向かっていた。セルシア国はエルニスの森の向かい側に位置する大国であり、食物や資源などの輸入をしている他、軍の連携などもしているため、こことの関係を維持することはエルニス国にとっては国の存続を左右する問題である。そのため外交にはひと際慎重であった。


 セルシア国へは森を抜ける必要がある。その道中、魔物だけでなく、テロリストに襲われる可能性もあるため、ティナ達騎士団はアーサー王の護衛についていた。


「アーサー王よ、よくいらした!」

 セルシア国国王のヘーゲルは高らかな声でアーサー王一団を歓迎する。セルシア国は前国王が急逝したため今の国王ヘーゲルは国王というには若く、議会が実質的に国を動かしていた。そのため今回の会談も単なる顔合わせに過ぎない。

 

 会談の後、アーサー王はセルシア国議会員の面々となにやら話をした後、騎士団達は部屋から追い出された。

「何を話してるのかしら、国防についてだったらいいんだけど。」

「今の主従関係を保つための会談の過ぎないわ、特に変わりはないわよきっと」

 会談の様子を気にするティナに対し、騎士団員シャーロットはふてくされたように答える。

 この後の予定はセルシア国内各所の視察、一晩をここで明かした後に国へ戻る。その間、我々が粗相をおかしてはならない、もちろんそれは国王もだ。

 そう心に言い聞かせティナは部屋の前で待機し続けた。


 *


 大地を揺るがす大砲が響く、性能もそうだが魔法により威力が増幅されている。さすがはセルシア国。

 一団はセルシア国の城壁に設置された大砲を視察していた。

 こんなものが我が国に打ち込まれた日には壊滅も免れないな―そんなことをティナは思いながら城壁のさらに向こうに広がる森を見ると黒い影がうごめいている。

 こんなことをしていてはそりゃ、魔物は私達の獲物になるはずだわ、とあきれると同時にティナは国が心配になった。

 今も魔物は国を襲っているかもしれない、騎士団は常駐しているから大丈夫なはずだが―ティナはひたすらに気がかりであった。


 そういや、やけに人が多いな。皆議会の人間か、わざわざ双眼鏡を覗いている議員もいる。この国は安全なはずだろうに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る