「『サラ』③」
「サラ……なのか?」
グレコは慎重に『サラ』に問いかける。
「サラ……それはどっちですか?」
『サラ』は自身が気付いた事実の確認をする。
「驚いた、いつから分かっていた?」
「私、夢を見るんです。いつも病室で女の子に泣きながら私は謝っているんです。こんな体に産んでごめんなさいと、そして、それをベッドで聞いて泣いているのも私なんです。」
グレコはもはや真実を打ち明けるしかないと腹を括った。
「いいだろう、全てを話そう。」
*
「サラは私の亡くなった妻だ、ここではないがかつて共に研究をしていた。」
グレコは過去に想いを馳せるかのように語り始めた。
「そんな私達の間に子どもが生まれたんだ。女の子だった、でもその子は生れつきの病気でね、ずっと植物状態かの様だった。だけど妻は必死に娘を育てた。たくさん話しかけたり……いつか一緒に出掛けようなどと言ってたね。」
「でも、娘は5才で脳死と診断されたんだよ。私も辛かったが覚悟を決めていた、でもサラは……妻は受け入れられなくてね。みるみる衰弱していったよ。ずっと病室で娘に謝っていた。」
「スーザン、ごめんなさい。」
『サラ』は夢で聞いた言葉を思い出す。
「そう、スーザン、私達の娘の名前だ。それはどっちの記憶だ?」
『サラ』は沈黙したまま何も言わない。
「このまま、妻まで失うわけにはいかない。私はそう思い、サラの脳波を出来る限り測定し、思考パターン、記憶などをデータ化した。」
「そして、後日サラは死んだ、衰弱死だった。」
グレコは淡々と語り続ける。
「でも、サラはデータとして生きている。私はすぐさまサラの細胞を培養して人工脳を作り、サラのデータをAIに学習させ人工脳に搭載させた。」
「そしてこの体が……」
『サラ』は自分の胸に手をやった。
「そうだ、サラの容れ物として彼女が生きて欲しいと願ったスーザンの体を使ったんだ。」
「でも、サラはなかなか目覚めなかった。他の実験動物と違い、脳と体が別々だから上手く接続が出来なかったのだろう。そしてここからは私の推測だが……」
グレコは『サラ』に顔を向ける。
「人工脳に搭載されたAIは脳と体の調和を保つため、新たな可能性を見出したのだろう。それはサラの脳とスーザンの体を持ち、その2人とは全く異なるもう1人の存在を作り出すこと。」
「『サラ』、君だ。」
グレコの目線は真っ直ぐ『サラ』の目を見つめている。
「君が目覚めた時、私は君が何なのか聞いたね。すると君はサラでもスーザンでもなく、AI搭載ヒト型実験動物だと答えた。まるで他の実験動物と同じくプログラムされていたかのように。でもそれは恐らくサラの記憶から導き出した答えだろう。彼女も私の研究をよく知っていたからね。」
「だから、私は歩いた記憶はあっても歩いた経験は無かった。」
『サラ』は足元に目をやる。
「脳はサラのもの、体はスーザンのものだったからな。脳から運動器官への伝達が出来ても運動をしたことがないその足だ、しかも全くの別人の足。他の実験動物とは異なるのも当然だろう。」
「スーザン、歩くのは楽しかったかい?」
「AI動物は歩いている時は普通、運動効率などを意識するのでしょう、でも私には確かに楽しいという感覚がありました。」
その言葉にグレコの顔に一瞬笑顔が浮かぶ。
「夢もサラの視点のものとスーザンの視点のものを見たのだろう。しかし、スーザンは体しかないのに、まさかその耳や目に記憶が残っていたとでも言うのか。」
「なぜ私は夢を見たのでしょう?」
「ここの動物は自律神経を制御することで意識をコントロールしている。脳に機械が搭載されてるんだ、家電のスイッチのオンとオフのようなものだ。だが君の場合、他の実験動物と違い、その体はフラスコから生まれたものではない。スーザンの体だ、そしてサラとスーザンの記憶がある、それはこちらでもコントロール出来なかったみたいだね。だから夢を見た。」
「グレコ、私は一体なんなのでしょう?」
『サラ』は戸惑いを隠せずグレコに問うがグレコはただ、うなだれていた。
「スーザンの中でサラに生きていて欲しいと願ったのは私だが、我ながら悪趣味なものを作ってしまったようだ。」
「サラの脳を持ち、スーザンの体を持つがそのどちらでもない、AIとも異なる独立した意識を持つ生き物……」
グレコは机から何かを取り出す。
「こんな怪物はこの世から消えるべきなんだ。」
そう言ったグレコの手には拳銃が構えられていた。
『サラ』が急いで身構えたのも束の間、銃声が部屋に響く。
*
研究員ジャンは『サラ』の不在に気付き、守衛室で監視カメラの映像を確認すると研究棟に向かっているのが確認出来た。
実験棟は監視カメラが張り巡らされているが研究棟は研究員同士でも共有していないような機密が多いため、監視カメラは最低限しかない。
一体どこへ行った?
研究棟を探し回りどれくらい歩いただろう。
もしかしたら、実験棟に戻ったのかもしれない。
そう思い引き返そうとした時、研究棟の廊下に銃声が響いた。
*
銃声と共に弾丸はグレコのこめかみを貫き、グレコは床に倒れこむ。
こめかみから血を流し、指先一つ動かないグレコの姿を見た『サラ』の中に様々な感情がほとばしる。
お父さん……
あなた……
2人とも泣いている、父親の、最愛の夫の無残な姿を見て悲しんでいる。
『サラ』が涙を拭っていると部屋の外から激しく扉を叩く音と何度もグレコの名前を叫ぶジャンの声が聞こえる。
恐らく、すぐに警備員達がやって来てこの扉は開けられる。
血を流し倒れる所長、その向かいに立ち尽くす被験体の少女。
結末は明白だった。私は拘束された後解体された脳と体は解析され処分される。
私は1人の寂しい男が作ったただの人形なのだろうか?
ふと、窓の外に目をやるとそこには青空が広がり、まぶしい太陽の光があった。
もしサラが生きていたら、歩けたら親子3人はこの青空の下幸せな時間を過ごしたのだろうか?
床に伏せるグレコの姿を見た時、流れる涙と同時にサラとスーザン、2人の意識を『サラ』は確認出来ずにいた。
まるで死んでしまったかのように。
2人がいないのなら残された私は、『サラ』はどうして今もこの体に、頭に宿っているのだろうか?
「あなたってとっても個性的な子ね。」
背後から聞こえる声に振り返るとそこには白銀の髪の少女と男がいた。
「あなた達は?どうして部屋の中に?」
その言葉をまるで聞こえないかのように少女は『サラ』を見つめる。
「『サラ』、あなたの声が聞こえたの、だからパパと迎えに来たわ。」
少女は振り返り床に横たわるグレコを見ると『サラ』に視線を戻す。
「この人を亡くして悲しんでいる人がいたのね、あなたはどう?」
『サラ』は自分の感情を確認するが答えは導き出せない。
「分からない、私は誰でもないから。」
「そんなことはないわ、あなたは『サラ』。」
この少女は何を知っているのか?分からない。
自分以上に謎な存在を目の前に『サラ』は思考するのをやめていた。
「自分が分からない?存在する意味を見失った?」
背後にいた男が口を開く。
「ならば『サラ』、私達が一緒に見つけよう。君という存在の意味を。」
そう言った男は『サラ』に手を差し伸べていた。
*
警備員が駆けつけ扉を破ると変わり果てたグレコの姿がそこにあった。
現場の状況を確認するに自殺であるのは明白だ。
だが、ジャンは部屋の中を隈なく見て回る。
「どうされました?あまり動かさない方がいいと思いますが……」
被験体の逃走、所長の自殺と立て続く不審な出来事があってか、様子のおかしいジャンに警備員は声をかけるが彼は全く聞き入れていない。
「誰かが他にいたんだ!ここに、声も聞いた!」
警備員は部屋を見渡す。
やはり、そこには誰もいなかった。
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