「『サラ』②」

 その日の夢もまた、あの声だった。

「ごめんなさい……、私を許して。」

『サラ』はベッドで横になっているその少女を見つめ、ただ深い悲しみに打ちひしがれる。


 その瞬間、『サラ』は目覚める。

 また、夢を見ていた。見るはずのない夢。

 1番最初に夢を見た朝、研究員達は『サラ』の脳は自律神経維持装置により制御されていると言っていた。


 だが私は夢を見る、しかも誰もそれに気づかない。

 それに普段、「私」は会話の中で便宜上使うものであるがなぜか思考中にも「私」という言葉を使っている……


 あの顔はどこかで……


 おかしい、何だこの感覚、プログラムに従えばいいはずなのに、情報が処理出来ない。私はAIだぞ?


 そんなことを考えているとグレコが部屋に入って来た。

「『サラ』、おはよう。」

 グレコはどうして私に会いに来るのだろう、他の被験体にも、こうして会いに行くのだろうか?

 しかし、グレコを見るとなぜだか安心感を覚えた。


 私の創造主だから?


「おはようございます。」

「歩行訓練は順調みたいじゃないか。初日は難しくて、だから泣いてたのかな?」


 グレコは笑顔で『サラ』に冗談を言う。まるで父親かのように……


「グレコ、なぜ泣いているのです?」


 グレコの頰を伝う涙を見て『サラ』は問う。


「いや、花粉症のせいだよ。すまないね。」

 そう言うグレコはどこか嬉しそうな、でも悲しそうな表情だった。


 *


「所長、『サラ』は一体何なんですか?」

 ジャン含め多くの研究員は『サラ』の存在を疑問に思っていた。


 ここ最近の彼女は明らかに他の被験体とは違う、まるでAIとは別に自由な意思があるかのようだった。歩行訓練時には彼女の脳内にドーパミンが放出されていることが確認され、施設への興味・関心があるかのような質問もされた。


「彼女は我々の干渉を拒絶しているようにしか見えません。それか……」

「それか?」

「本物のヒトみたいじゃないですか。」


 ジャンは不安げな表情の後で端末に表示された『サラ』のデータを眺めている。


「所長、彼女は危険です。いつか我々の脅威になるんじゃないかと、私は……」

「ジャン、君は映画の見過ぎだ。それに彼女が好奇心やら楽しみを見出したのは君達が『サラ』が何も聞いてない、理解しないと思ってベラベラと喋っていたせいなんじゃないのか?」


 グレコは語気を強めジャンに迫る。


「すみません、観察を続けます。」

「そうしてくれ、だが君の忠告も最もだ参考にしておくよ。」


 部屋を出るジャンを見送ると、グレコは窓から見える青空と太陽を見つめてかつての日々を思い返す。

 そして、自身の行いが研究所の混乱を招かぬよう手を打つ必要性を感じ、決意を固めた。


 *


『サラ』はただその人影を見つめていた。

 2人いるうちの1人に頭を撫でられる。それが嬉しくて仕方ないが相手には伝わってないようだ。


「もし今の研究が上手くいけばこの子も……」


 男だろうか、どうやら私のことを心配しているのか。


「やめてよ、この子を実験材料にするつもり?!」


「ごめんね、大きな声出して、許して……、私が悪いのよ。」


「……もあなたを愛してるのよ。」


 やめて謝らないで。

『エル』は悲しみに襲われた。


 そして、再び男がこちらに近づき顔を覗く。


 あぁ、この顔は!



 目を覚まし、また頰を伝う涙を拭う。

 今の夢は複雑過ぎて整理するのに精一杯だ、分析どころではない。

 こんなに感情が入れ替わる夢は初めてだ。


 そして気づく

 私はあの夢の中のどこかにいる。


 *


 実験動物は個体差はあれど歩行訓練を1ヶ月も繰り返せばヒトと同じ二足歩行が出来るようになる。

 他の被験体とは異なる脳の伝達を除けば、『サラ』も例外ではなかった。


「だいぶ歩けるようになったな。」

 ジャンは『サラ』が順調にプログラム通りに成長してることに安心した。


「はい、ありがとうございます。」


 ありがとうございます?

 この被験体はどこまで人間らしいんだ?


 それにジャンは歩行訓練にまた1つ違和感を覚えていた。

 彼女の歩行訓練は歩けるように脳と運動器官との伝達を上手く調整するのではなく、まるでリハビリのようであった。


 *


「お呼びでしょうか?」

『サラ』はその日の午後、グレコに呼び出され彼の研究室にいた。


「1人で歩けたのだな。そして、施設の誰にも気づかれぬようここへやってきた。」

 やはり、研究員達から聞いていた話は本当だったか。施設に対する質問、そして彼らが『サラ』を観察していると同時に彼らも観察されていた。


「もう訓練も十分行いました。それに……」


『サラ』は自身の気付いた真実を告げる。


「私は元々歩けるのではないでしょうか?」


 グレコはやはりかと、ため息を吐くと椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回る。


「いいや、君は歩けなかったんだよ。」


「でもそんな私でも愛してくれた、グレコ?」


 立ち止まりグレコは今話している相手が誰なのかを確かめる。

「おい、お前は……」


「グレコ、この子は実験材料じゃない。」


 夢で聞いた言葉を『サラ』は口に出した。


 その言葉にグレコは驚きを隠せずにいた。

 まさか、この子の中には……

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