3人目

「『サラ』①」

「被験体203号目覚めます。」

 研究員の言葉とともにカプセルが開き中から1人の少女が出てくる。


「被験体203号、私の声が聞こえるか?」


 研究所所長のグレコは目覚めたばかりの少女に意識確認をする。


「はい、聞こえます。」

「被験体203号、お前はなんだ?」

「AI搭載ヒト型実験動物」

 グレコからの問いに少女はプログラム通りの答えを言う。


「よろしい被験体203号、お前はこれより『サラ』という名前だ。」

「サラ、私の名前はサラ」

 少女はたった今告げられた自分の名前を復唱する。


「どうやらこの被験体は言葉の意味を理解できているようですね。」

 研究員の若い女は被験体が無駄にならなかったことに安堵し、胸をなでおろす。

「これ以上、失敗作ばかりではプロジェクト存続が危ぶまれたがこの精度なら当面は安泰だろう。さあ、『サラ』を運ぶぞ。」

 そう言うと、4人の研究員は『サラ』に繋がれた自律神経維持装置をカプセルから移動式のものに付け替えると担架に『サラ』を乗せて別室へと運び出した。


 AI動物研究所

 ここでは機械、主に人工知能と生身の動物を掛け合わせる実験を行っている政府の極秘施設だ。科学技術が発展したこの星では医療技術の開発を隠れみのに国単位でこのような研究が行われている。AI動物は脳に人工知能を搭載させることで、従来の実験動物とは違い、より実物に近いものやそれ以上のものが作れる可能性があり、様々な目的に使えるとして研究が注目された一方、倫理観の問題や軍事目的への応用による国際問題などに発展しかねないとして現在では表沙汰にできない状況にあった。


 数ある実験動物の中でもグレコはヒト型実験動物を研究していた。よりヒトに近く、決してヒトではないものを開発するのが国からのお達しである。


 別室に運び出された『サラ』は自身が横になっているベッド以外何もない真っ白な部屋を見渡す。

「静か、空虚、冷たい」

『サラ』は思いつく限りの言葉を口に出す。


「『サラ』、お前はまだ生まれたばかりで外環境には適応できないためこの部屋で自律神経維持装置を外して数週間生活した後、次の段階へ入る。」

 どこからか聞こえてくるグレコの言葉が終わると彼女は再び眠りについた。


 *


 誰かを呼んでいる。

 目の前のおぼろげな影を見つめ『サラ』は手を伸ばす。

 何だあれは?脳内に仕込まれたAIでも答えは導き出せない。

「ごめんなさい……、こんな体に産んでしまって」


「目覚めろ!!『サラ』!!」

 大声で自身の名を呼ばれ、『サラ』は目を覚ます。

 周りを見渡すと何人もの研究員に取り囲まれていた。


「まさか、こいつ夢を見たのか。」

「そんなことはない、脳の働きは自律神経維持装置によって制御されているはずだぞ。」

「おい、そこ!こいつにはAIが搭載されてるんだぞ、余計なことを言うんじゃない!!」

 グレコが声を荒げ研究員たちを黙らせる。


「『サラ』何を見た?いや、何があった?」

 グレコは言葉に注意し、平静を装いながらサラに尋ねる。


「誰かを呼んでいました。」

「それだけか?」

「どういうことでしょう、質問の意図が分かりません?」

「いや、なんでもない。『サラ』、引き続きお前はプログラム通りに動けばいい、分かったな?」

「了解しました。」

 プログラム通りの返事をし、歩行訓練に向かうため、研究員たちが準備をしているのを眺めていると頬を何かが伝った。


 水、温かい……涙。一体なぜ?

 疑問に思ったがそれを口に出しはしなかった。


 私はAI動物、自分で思考し、答えを導けばいいのだ。


 *


「ごめんね……、私を許して」


 やはり、あの声が聞こえた。

 誰かが私を呼んでいる。


 眼が覚めるとやはり『サラ』の頰には涙が伝う。


 AIが搭載されたその頭で声と頰を伝う涙の原因を考えたが答えは導き出せない。


 私は欠陥品なのか?


 ならば、なぜグレコは私を処分しないのか。

 欠陥品をいつまでも実験に使うのか?新しい個体を作ればいいのに……


「『サラ』、何かあったかい?」

「いいえ、何も異常はありません。」


 グレコが部屋に入ってくると『サラ』はプログラム通りに返事をする。


 いや、厳密にはプログラム通りではない、先日から疑問を抱いていることを『サラ』はなぜか報告していない、これは明らかに異常であると分かっていたがそれでも彼女はそのことを口に出そうとはしなかった。


「さあ、今日も歩行訓練だ。」

「分かりました。」


『サラ』は研究員達の手によってベッドから車椅子へと移される。


 歩くのは初めてじゃない。


 最初の訓練の時から『サラ』は歩くことが出来ると判断した。しかし、実際に歩いたその感覚は経験したことのないものだった。

 実際歩けたのは1メートル程であり、他の実験動物と同程度であったため異常は認められなかった。


 なぜ、分かるのだろうか?

 私は生まれたばかりなのに。


 *


「うーん、なぜなんだ?」

『サラ』の歩行訓練に付き添う研究員の男は目の前の被験体が明らかに他のものと違うことに気付いていた。


「どうした、ジャン?」

 グレコは頭を抱える研究員の肩を叩き尋ねる。


「この被験体203号、脳から運動神経への伝達がちょっと他と違うんですよね。」

「違うとは?」

「他の被験体の歩行訓練時に測定されたものに比べて伝達が悪いと言うか、違和感?があるんですよ。」

「これだけ作っていれば中にはそういうものもあるさ、さぁ続けてくれ。」


 ジャンに歩行訓練を任せるとグレコは研究所の廊下を1人歩きながらそっと呟く。


「まぁ、そうだろうなぁ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る