「オリビア②」
翌日の稽古、ハリーの言葉に耳を疑った。
「今度の全員参加の演目だがオリビアのパートをトリシアに入れ替えてみようと思うんだ。」
何よそれ?意味が分からない。
「かなり演出は変わるが面白そうだな。オリビアはどう思う?」
メンバーの一人がオリビアに問いかけると彼女は不機嫌そうに答える。
「トリシアには無理よ、ロクに稽古に参加しないし、それにあのヘンテコな踊りはこの演目には合わないわ。論外よ。」
メンバー全員が凍りつき思わず1人が声を荒げる。
「そんな言い方はないだろ、それにトリシアは今までソロをやって来たんだ。これから俺達が色々と」
「あんた、えらくこの子を気に入ってるじゃない?」
「そんなことは言ってないだろ。」
「やっぱ若い子の方が男はいいのかしら?」
「いい加減にしろ!!」
ハリーが二人の会話を遮る。
「オリビア、お前の気持ちが分からんわけでもない。でも、今はトリシアにかけてるんだよ、分かってくれないか。」
「こんなの私の知ってる劇団じゃないわよ。」
オリビアはそう言うと寮へと戻って行った。
何なのあいつら、皆んなおかしいわよ!
それこれもあの子のせいよ!
オリビアは劇団への怒りを抑えられずにいた。
「あー、もう最悪!」
「どうしたの?オリビア。」
部屋の後方から声がする。女の子の声だ。
「誰?そこにいるの?」
そう言うとどこからか白銀の少女と男が姿を現した。
「オリビア、なんだか怒っているみたいね。」
「あんた達どうやってここに入って来たの!?」
「私はパパと一緒にあなたを迎えに来たの。」
少女はオリビアに笑顔でそう告げる。
「何言ってんのよ、あんた?」
オリビアは2人の顔を交互に睨みつけるが男の方は一向に口を開かない。
「その衣装……オリビア、あなた踊り子なのね!何か踊ってみせてくれない?」
「うるさい、早く出て行け!さもなくば警察を呼ぶわよ!」
「分かったわ、踊りが見られないのは残念だけどまた来るわね。」
2人はそのまま姿を消した。
「なんなの今のは?」
呆気にとられ、オリビアはしばらくその場を動けずにいた。
*
トリシアは今日も輝いていた。観客からは喝采の拍手が送られ、メンバーからは絶賛の嵐。
オリビアはかつての自分を見ているようだった。
なんでよ、なんでこうなるの?
私だって今まで頑張って来たじゃない。皆んなの期待に応えるためにどんなキツイ練習にも先輩達からの嫌がらせにも耐えて来た。なのに、なぜ?なんで皆んなあの子なんかに……
その日の公演後もオリビアは誰にも見つからないよう静かに寮に戻った。
「なんなのよ!あの子は!!」
「あの子って?」
部屋に帰り、そう叫ぶとあの声が聞こえ、振り返るとまたあの2人がいた。
「いい加減にしてよ!何よあんた達も!」
「怒らないでオリビア、何があったの?」
「あんた達なんかに分からないわよ!この惨めな気持ちなんて!今まであんなに私に期待してたのにあの子が来てからはもう私なんて用済みなわけ!?」
オリビアは自然と心情を口走っていた。
「そうなのね、可哀想に。オリビアはこんなに素敵なのに皆んな酷いことするのね。」
今までのことを見てきたかのように少女はオリビアに同情する。
「オリビア、あなたは素敵な星よ。きっとまた輝ける。」
「星?輝き?」
「そう、失くした輝きを取り戻せるわ。」
少女はそう告げると男と共に消えた。
*
翌日、オリビアとトリシアは一緒に稽古をしていた。昨日のこともあり2人は気まずい雰囲気はあったものの公演に支障をきたすわけにもいかなかった。
「トリシア、いいじゃない。」
「ありがとうございます……あのオリビアさん。」
トリシアは申し訳なさそうに言う。
「どうしたの?」
「私、オリビアさんに憧れてこの劇団に入ったんです。新人がこんな騒がれ過ぎてなんというか、力不足なのに……」
「そんなことないわ、私も頭でっかちな人間になってたみたい、昨日はごめんなさい。」
「いえ、とんでもないです。今日もお願いします!」
「よろしくね。」
私は輝きを取り戻す、いや、奪い還す。この子に不釣り合いな歓声など消してやる。
稽古の後、オリビアとトリシアは舞台のセットの確認をする。今度の演目は大規模なセットを使う、そのため作りかけではあるがイメージを掴むためには必要であるとオリビアはトリシアに教えていた。
「本当に踊って行くの?私は皆んなと踊りを合わせて来るけど、気を付けてね、落ちたら大変よ。」
「大丈夫です!それに完成品にはちゃんと落下防止用の装飾も付きますし。」
トリシアはセットでの立ち位置を確認する。思ったよりも高いし、範囲も狭い。しかし、本番ではここで華麗に踊らなくては
そんなことを思い、慎重に振りの確認をするトリシアの背後には声を潜め、近づいてくるオリビアがいた。
この女め、皆んなが狂ったのはお前のせいだ。
オリビアはジリジリとトリシアの背後に近づき、もう手を伸ばせば背中に触れそうな距離にいた。
返せ、私の輝き、私の歓声、私の栄光!
不意にトリシアが背後を振り返るとそこには凄まじい形相でこちらを睨みつけるオリビアがいた。
いけないっ!
そう思ったのもつかの間、オリビアはトリシアを突き落としていた。鈍い音が聞こえた後、舞台の床を見下ろすとそこには変わり果てたトリシアの姿があった。
思わず叫び声を上げ、オリビアは逃げるように劇場から飛び出していた。
劇場からはいくつもの叫び声が聞こえる。
近くの茂みに倒れ込み、オリビアは自身の行いを懺悔していた。
やってしまった、私は最低だ。
あの子が消えれば輝きを取り戻せる?そんなことはない、ただの殺人鬼になるだけだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「オリビア、悲しそう。」
白銀の少女がオリビアにそっと寄り添う。
「私は星なんかじゃなかったの。ただもう一度私の踊りで皆んなに喜んで欲しかった……」
オリビアの瞳は涙で溢れていた。
「大丈夫よ、誰にも間違いはあるし、そう思うのは自然なことよ。」
「違う、そんなことで許されてはいけないのよ!私なんか!」
「なら、私達が許るしてあげる。」
顔を上げると笑顔の少女の横にいた男が手を差し伸べていた。
「大丈夫、この子達がそばにいる。さぁおいで。」
オリビアは少女の顔を見上げる。
「さぁ、オリビア行きましょ。きっとあなたも輝けるわよ。」
その言葉にオリビアは呆然とするしかなかった。
誰にも期待されない自分、つまらない理由で人を殺め、大切な人達を裏切った自分。
もうここに私はいられない、いや、いることは許されない。
オリビアは男の手を取った。
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