2人目

「オリビア①」

 オリビアは赤いドレスをなびかせ、観客を魅了する。

 彼女の舞はあまりにも美しく、もはやこの星において彼女を超える者はいないと絶賛する者がいる程だ。


 誰よりも踊ることが好きで、皆んなが喜んでくれる。それだけで彼女は幸せだった。


「ハリーさん、今日もありがとうございました!」


 公演終了後、オリビアは劇場の支配人ハリーに笑顔で挨拶をする。


「こちらこそ、素晴らしいショーをありがとう。君の踊りでお客様も皆んな喜んでいただろう。」

「いえいえ、私1人じゃあそこまで盛り上げることは出来ませんでしたよ。」


 謙遜するがオリビアはその言葉が嬉しかった。

 ハリーはいち早くオリビアの才能を見抜きこの劇団に雇った。すると、オリビアの踊りはたちまち評判となり今では毎日、彼女目当ての観客で劇場は埋め尽くされていた。


「メンバーの皆んな、そしてもちろんハリーさんのお陰ですよ。もし私ここにいなかったら、今頃踊りをやめていたと思います。」

「もしそうだったとしたら、他の人間に君を取られることだろうさ。」


 少々褒められ過ぎていることをオリビアは気にしていたがそれが彼女の原動力であり、それこそが自分の存在価値である。そう彼女は思っていた。


「ところでオリビア、明日は新しい踊り子の最終オーディションがあるんだが是非、君にも見てもらい意見を聞きたいんだ。」

「ええ、もちろんです。」


 メンバーが増えることで、これからこの劇場の人気はさらに上がる。そう考えるとオリビアはワクワクしていた。


「オリビア審査員なの?すごいじゃない!」

「オリビアが認める踊り子が現れるのかねぇ?皆んな追い出したりして。」

「なんてったって、この劇場一の踊り子ですからね!」


 話を聞いていた劇団のメンバーは皆口々にオリビアを賞賛する。


「ちょっと皆んな、私は意見を言うだけだって、それに追い出すなんてそんなことしないわよ!」

「追い出すなんて、勘弁してくれよオリビア。とりあえず明日はよろしくね。」


 *


 最終オーディション、オリビア含め審査員は皆、1人の若い女の踊りに釘付けだった。

 オリビアの華麗な舞とは違い、荒々しく情熱的なその踊りは今までになく斬新だった。


 この子すごい!こんな踊りを取り入れればきっとお客様も喜んでくれるわ!


 オリビアは確信した。その女こそ新しいメンバーにふさわしいと。

 その後の審査員達による話し合いでは皆意見は同じだった。


 *


「トリシア、我劇場へようこそ。歓迎するよ。」


 ハリーが優しくトリシアを迎える。


 トリシアは夢でも見ているかのようだった。今まで憧れ続けた劇場のメンバーになれた。あのオリビアと同じ舞台に立てるかもしれない。そんな彼女の気持ちは高ぶるばかりだった。


「私とっても嬉しいです!この劇団が大好きで……本当にありがとうございます。皆さんどうかよろしくお願いします。」


 メンバーは皆拍手でトリシアを歓迎した。


 *


「え!?私のソロのステージですか!」


 トリシアはハリーの提案に驚きを隠せなかった。


「いいじゃない、デビューの舞台がソロステージなんて滅多にないことよ。それにあなたは才能があるんだから。」


 オリビアはトリシアを後押しする。

 そして、それは他のメンバーも同じだった。


「分かりました。私やってみます。」

 トリシアは不安ながらもそう答えた。


「ま、オリビアのソロステージの前座みたいなもんだろ。」

 誰かが小さく呟いた。


 なんて失礼なのかしら、オリビアはそう思いながらも悪い気はしなかった。

 トリシアの踊りはきっと客席を温めるだろう。そしてその後の自分が舞う姿を想像しただで自然で笑みがこぼれた。


 *


 公演後、観客席には未だに多くの観客が残っていた。


「あの新人の踊りをもう一度見せてくれ!」

「トリシア!君こそ、この劇場のナンバーワンだ!」


 そんな声が続々と上がり、興奮冷めやらぬままにその日の公演は終わった。


「トリシア!すごいじゃない!」

 オリビアはトリシアの初ステージを絶賛する。

「最高だったよ!」

「とんでもない新人だ!」

 メンバーからも続々と賞賛の言葉が飛び交っていた。

 そして、ハリーはこの時ある決断をしていた。


 *


「納得出来ません。」

 オリビアは不満そうに答える。


「すまない、お客様は皆トリシアの踊りを見たがっているんだ。君のソロのステージをカット出来ないだろうか?」

「そんなこと言っても、彼女はソロの演目しか無いですよ!私はもっとメンバーとの共演を優先すべきだと……」


 こんなことは初めてだった。自分のソロの演目がカットされ、新人のステージに回される。しかも彼女は合わせ稽古には参加しない。


「彼女の踊りは少々特殊だ、私の目から見ると皆んなと合わせるにはなぁ。」

「そうは言っても彼女はまだ新人です。」

「君も新人だったが大層評判だったろう。それに君だって彼女のソロステージは賛同してくれたじゃないか。」

「それはそうですが……とにかく彼女にはまだ早いです!」


 ハリーは溜息を吐くとオリビアに優しく話しかける。


「君が誰よりも努力し、誰よりもこの劇場のことを思っているのは知っている。どうかトリシアのことを優しく見守ってはくれないか?」

「……分かりました。」


 尚も不満は残るがオリビアは渋々引き下がり、稽古場へ戻った。すると、そこではトリシアがソロの練習をし、メンバーが隅で見学していた。


 そんなに売り出したいの?あの踊りを?

 ここは皆んなのステージよ、あなた一人のものじゃない。


 オリビアは心の声で呟き、見学しているメンバーを無理矢理稽古に戻らせた。


 *


 公演後、かつてオリビアの周りにいた人だかりはトリシアのものとなっていた。


「すごいトリシア、大盛況よ!」

「本当に良かったよ。あの後、俺たちのせいで観客を白けさせないか心配したんだぜ。」


 何よ、皆んな寄ってたかって。新人が入るたびあんなことする訳じゃないでしょうね?


 すると、トリシアの元にハリーが駆けてくる。


「トリシア、素晴らしいショーをありがとう。君の踊りでお客様も皆んな喜んでいただろう。」


 またあの言葉、あの人あれしか言えないのかしら?


 不愉快になったオリビアが帰ろうとするとトリシアがやって来た。


「あ、あのオリビアさん。私大丈夫だったでしょうか?オリビアさんみたいにお客様は喜んでくれたでしょうか?」

「お客様が喜ばないものなんて出さないわよ。ほら、皆んなが呼んでるわよ。」


 オリビアは少々冷たくあしらうと誰よりも早く劇団員の寮へと帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る