第16話 論争の武器屋

「今日はスズネに里を案内したいと思うんだけど」


 着替えや洗顔など、朝の支度を終えて再集合した頃合いで、ヨルがそう提案した。彼は昨晩の約束をしっかりと覚えていたらしい。

 大賛成、と手を挙げたコハルの横で、シンヤも「コハルが言うなら」と賛成の意を示した。どうやら二人も里観光に付き合ってくれるらしい。

 スズネが感謝の気持ちを込めて頭を下げれば、コハルが「どういたしまして」と笑った。彼女の笑顔は朝から大輪の花の如く清々しく、明るい。彼女の周囲に漂う空気が澄み切っていることを感じながら、スズネはもう一度頭を下げた。

 ヨルは、スズネが誰かに狙われているという節のことを話さなかった。何か考えがあるのかもしれない。コハルとシンヤは今日の予定が決まった後、直ぐに楽しげな会話を繰り広げていたので、それを遮ってまで昨晩のことを話そうとはスズネには思えなかった。

 それに――まだ誰が犯人かも分からない状況では、説明する相手も選んだ方がいいだろう。

 沈黙を決めたスズネは、コハルに手を引かれるままに屋敷を抜け出した。尚、精霊に朝食はないらしい。あくまで精霊にとって食事はマナの回復手段なので、マナの消費が無い朝には食事をとる必要がないのだ。ということを、リンの説明で聞いた。

 尚、朝一でマナを使ったシンヤだけは、特別にパンを二つ貰っていた。すごい勢いでパンが消費される様は、何処となく餌付けされている猫を彷彿とさせたが、スズネは絶対に、絶対にシンヤ本人には言わないようにしようと決意した。


「スズネちゃん、何が見たい? 樹の里は結界に守られてる分、ここだけのものがいっぱいあるよ!」


 コハルは優しい笑顔を浮かべてそう尋ねた。彼女はさも目当ての場所があるかのような迷いのない歩行をしていたのだが、決して目標地点が決まっていたわけではない様だった。

 ええと、とスズネは声を詰まらせる。スズネを狙う犯人を捜したいが、人物にも居場所にも検討がつかない。殺人を企む人間は何処にいそうですか? などとは口が裂けても聞けないので、スズネは明確な答えを出せないままに声を詰まらせた。


「ねえコハル、武器屋に行かない?」


 ええと、ええと、と繰り返すスズネを見かねたのか、ヨルがそう提案した。コハルは「武器屋」と復唱してから分かりやすく顔を顰める。


「どうして? スズネちゃんに里を気に入ってもらうなら、武器屋よりは他のところが良いと思うんだけど……女の子だよ? シンヤくんならともかく」

「コハルだって女の子だけど短弓持ってるでしょ? 自衛手段がないとスズネも不安だと思うんだ。昨日盗賊に襲われたばかりだし」


 どうかな、と視線を投げられて、スズネは咄嗟に頷いた。

 ヨルは決して触れなかったが、自衛手段を一番に求めたのはスズネがまともにマナを扱えないからだろう。戦闘が得意だと自負しているシンヤやヨルは勿論、コハルでも、何かがあればマナで応戦することができるはずだ。しかし、スズネは未だにマナを扱えない。昨日の庭以降、練習する気にもなれなかったのだ。今度は何が起こるか分からなかったから。

 誰かに狙われているかもしれない状況なら、武器を手に入れることは優先事項だろう。ヨルの思考速度は相変わらず速い。

 スズネの肯定を確認した彼は、「それじゃあ行こう」と先導するように前を歩いた。時折さり気無く周囲を見渡すのは、恐らく警戒しているのだろう。彼は発言通り、スズネを護衛してくれるらしい。


「スズネは武器を扱ったことある?」

「え、どう、でしょう。知識としては勿論ありますけど、実際にどうだったかは」

「そっか。精霊ってさ、マナを使えるから一応全員戦闘できるんだけど、役割分担してたらしいんだよね。里を外敵から守る戦闘役と、人と力を合わせて里を発展させる補助役。君は補助役だったのかな」

「そうなのかもしれません。昨日、囲まれても全然動けなかったから……」


 スズネは一瞬目を遠くした。昨日の自分の不甲斐なさが脳裏に蘇り、自己嫌悪が発生するのである。本当に、ヨルやシンヤが来てくれなかったらどうなっていたことか。今頃売り飛ばされていたかもしれないなと思えば、スズネの背筋に悪寒が走った。

 袖越しに腕を擦ったスズネを見て、コハルが笑った。


「大丈夫、これからゆっくり覚えていけばいいんだよ。私も補助役だったけど、最低限は立ち回れるようになったし!」

「え、そうなんですか?」

「うん。リンが色々教えてくれたから」


 可愛らしい笑顔を浮かべているコハルも、自衛は問題なく行えるらしい。この場で戦えないのはスズネだけだ。

 スズネが肩を竦めると同時に、ヨルが振り向きながら「ついたよ」と声を掛けた。

 建物が円柱になるように板が組まれ、先端に向けて尖った屋根が帽子のように見える、不思議な形の建物だった。屋敷と比べては勿論、道沿いに並んだ住宅と比べても、やや小さい印象を受ける。屋根は臙脂色に彩られており、形と大きさが手伝って非常に可愛らしい。

 しかし、その愛らしさを『武器屋 なんでも揃う、なんでも仕留める』という、力強い文字で書かれた物々しい看板が台無しにしていた。武器屋としては愛らしさより力強さを主張したいのだろう。

 スズネが入るのを躊躇っている間に、ヨルとシンヤは慣れ親しんだ店と言わんばかりに軽い足取りで入店していった。


「里を見て回る初手としては、びっくりな場所だよね」

「……想像以上に。でも、自衛手段を得るのは大切なことですから」

「そうなんだけど、もうちょっと他にあったと思うな」


 拗ねたように唇を突き出したコハルに、スズネは苦笑する。恐らく、ヨルは他者に里を案内する最初に武器屋を選択するような性格ではない。今回は状況が特殊だったので、そうせざるを得なかったのだろう。


「コハルさん、とりあえず行きましょうか。ここが済んだら、どこかお勧めの場所を教えてください」

「うん、任せて!」


 そう約束してから、二人も武器屋に入店する。入った瞬間に狭いなと感じたのは、元々大きくない店内に所せましと武器が並んでいるせいだ。

 短剣、長剣、弓、槍、棍棒。机に並べられていたり、壁に掛かっていたり、或いは乱雑に大きな筒に突っ込まれていたり。一瞥するだけで脳内に武器の視覚的情報が洪水のように溢れるような店内で、先に入店していたヨルとシンヤは真剣な顔で武器を選別している。

 カウンターの向こうでは、小麦色の肌をした体格の良い男が快活に笑っていた。


「ヨル様、そいつは昨日できたばかりの新米です」

「手への馴染み方はいいね。随分軽いけど……斬れるの?」

「勿論! 速度を重視したいなら、そいつはいい相棒になるんじゃねぇですか」


 短剣を握りしめるヨルに、男は満面の笑顔で声を掛けている。成程、店主のようだ。店主は新たに入店してきたスズネとコハルに目を向けると、その笑顔を消して「おや」と驚いた顔をして見せた。


「コハル様、こりゃ珍しい。短弓の調整ですか? それに、見かけない顔もいますけど」

「ううん、今日はこの子の武器を見に来たの。この子はスズネちゃん。昨日里に来た精霊だよ」

「ああ、成程! 話は聞いてます、スズネ様。ようこそいらっしゃいませ」


 店主はそう言って白い歯を見せて豪快に笑った。スズネが小さく頭を下げると、店主は目を輝かせる。一瞬細くなった瞳に走った光は鋭く、まるで獲物を見つけた野生動物のようだった。


「それで――本日は、どんな武器をお求めで?」

「え、ええと、武器のこと、よく分からなくて。多分、持つのが初めてなんです」

「成程。この店は素人から玄人まで、里全員が集まる武器の名店! どれでもお勧めできますぜ!」

「そんなに有名なお店なんですね。すごいです」

「ああ! なんていったって、この里に武器屋は一つしかないんでね。集まざるを得ないのさ!」


 流石ヨルが選ぶだけのことはある、と感心したのは束の間だった。店主はそう言い切ると、カウンターを激しく叩いて大笑いした。「勿論品質は保証する」という補足が後からついてきたが、脱力したスズネはそれに応答することができなかった。


「スズネ、これなんかどう? 軽いし、持ちやすいし、やりやすいと思うけど」


 ヨルが握っていた短剣をひらつかせる。黒い鞘と揃いの艶やかな柄と、鈍く光る刃。真っ直ぐな剣心は先端に向けて細く鋭くなっていく。それで突き刺されたらひとたまりもないだろう。ヨルは随分とその短剣を気に入ったようで、器用に短剣を手で回してみせる。それに危ないと思ってしまうのは、スズネが短剣の素人だからだろうか。

――やりやすいというのは、何をどうやりやすいのだろう。気になったが、決して問いかけようとは思わなかった。

 スズネには武器のことが分からない。じゃあそれで、とヨルのお勧めに準じようとした瞬間、シンヤが「ねえ」と声を割り込ませた。


「短剣は確かに軽いけど、本格的に力つけたいならこっちじゃないの。それ、範囲狭くて相当近寄らないと刺せないし。攻撃力低いし」


 その手には長剣が握られている。シンヤの腰に携えられたものよりかは細身で、こちらもどちらかと言うと刺す方に特化していそうな剣だった。

 鍔は黄金に輝いており、通常の剣より優美な印象を受ける。複雑で細い鍔が柄を握る手を隠すような仕組みになっていて、美しいながらに実用性を兼ね備えた剣であることが伺えた。シンヤの持つ剣よりも装飾が多少目立つのは、スズネが持つということを考慮したシンヤの心遣いだろうか。

 短剣を勧めるヨルと長剣を勧めるシンヤに挟まれて、スズネは固まる。じゃあそれで、を封印されてしまうと、もうどうしようもない。

 助けを求めてコハルに視線を向けるも、コハルは「どっちがいいかなぁ」なんて無邪気に笑うばかりだ。


「……ど、どっちが……強いですか……」


 結果として、スズネは一番聞いてはならないことを聞いてしまった。何故それを聞いてはいけないかと言えば、二人がなんと答えるかが容易に想像できるからである。


「短剣」

「長剣」


 二人の声は見事に重なり、直後に「は?」と地を這うような声がスズネの左右の鼓膜を揺らした。愚問だった、と思った瞬間に、スズネは目を細める。


「短剣はすぐに取り出せる。確かに範囲は狭いけど、だからこそいざってときに相手の懐に入り込めるし。スズネは長剣を扱うほど積極的に戦うわけじゃないでしょ」

「素人が敵の懐に飛び込めるわけないじゃん。それこそ積極的な戦い方過ぎるし。君はアレを自衛させたいんでしょ? 武器を持ってるって外見で分かれば、相手も馬鹿正直に近づいて来なくなる。長剣にはそもそもの戦闘を避ける効果だってあるよ」

「でもいざ戦闘になったとき、振り回せない重い剣を持ってたって邪魔になるだけでしょ。それなら短剣を持ってた方がいい。速く動ける」

「そもそも昨日の様子を見る限り、ソレは戦闘に関してズブの素人。元々動きが遅いんだから短剣持たせたところで攻撃は受け止められない。反射が無い上に攻撃を受けられる範囲が狭いから。それなら最初から速度を捨てて、防御と攻撃力を備えた長剣の方が絶対にいい」

「短剣の戦い方は僕が教える。勿論彼女が望むならその後どんな武器を持ってもいいけど、今必要なのは初心者でも扱いやすいってことだから――」

「ま、待ってください。分かりましたから、どっちも強いんですよね、一長一短なんですよね、ごめんなさい。どっちの武器も魅力も伝わってきました」


 止まることを知らなそうな口論に、スズネの声が割り込む。そこで二人の言葉の激戦が止まったことを確認して、スズネは安堵の息を小さく吐いた。

 二人は暫く睨みあった末に、言葉で決着をつけるのを諦めたらしい。その代わり、二人のぎらついた視線がスズネを両側から刺してきた。


「じゃあ、短剣にする? スズネ」

「長剣のがいいんじゃない、新米」

「え、ええと」


 どっちにするの、と迫られて、スズネは一歩後退する。同時に近くにあった筒に太腿が当たり、筒の中に入れられた細長い棒がからんと大きな音を立てた。

 スズネの視線がそちらに向く。何かを考える前にそれに手を伸ばせば、店主が「おっ」と声を上げる。


「それは仕込み杖ですね」

「仕込み杖?」


 復唱したスズネは、その杖を筒から取り出してみる。何の変哲もない、すらりとした細長い木製の杖である。持ち手が丸くなっており、非常に握りやすい造形をしていた。


「持ち手のところ、力込めて引っ張ってみてください」


 言われた通りにしてみれば、杖は真っ二つに割れた。スズネがギョッと目を丸くする。

 無論壊したわけではない。杖の中は途中までが空洞になっており、そこに短剣が隠れていたのだ。鋭い刃はスズネの手元で光っている。試さずとも、それが本物だということはスズネにも分かった。

 それは、持ち手が柄、杖の下半部が鞘という、不思議な構造ながらに立派に剣として機能した杖だった。鞘に該当する部分は、短剣を収納する空間以外は何かで補強してあるらしい。上手くやれば、攻撃の受け流しを行うこともできるだろう。


「獲物を仕留めるのにはちょいと力不足な品で不評なんだが……いざというときの自衛手段ってんなら、最高の相棒になるんじゃねぇですか? 手に馴染むみてぇですし」


 スズネは仕込み杖を握りしめて、ヨルとシンヤに交互に視線を送った。


「あの、これ、短剣の手軽さと長剣の範囲を兼ね備えた武器だと思うんですけど……お二人の意見を取り入れて、中間点ということで、この武器じゃ駄目ですか」


 如何でしょう、というスズネの声を、二人は瞬きで迎える。そして、静かに手元の武器を机に戻した。恐らくは無言の肯定である。スズネはほっと胸を撫で下ろす。

 店主の「毎度!」という声が狭い店内に響き渡り、その仕込み杖はスズネのものとなった。

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