第6話 成長

 闇市から帰った時にはもう深夜で、あたしは何も食べずに、風呂にも入らず眠りについた。今日起こったことを忘れようと深く、深く……。


 ――そして、羅蔵が来てから十日目の朝。


 ……結局、昨日は何しに行ったのかわからねぇな……。せっかく相談しに行ったのに。


 苛々しながら覚醒したが、自分に掛けられていた毛布を見て首を傾げた。


 毛布なんか出したか? 確かあのまま布団に倒れこんで……


「おはよう、麻弥さん!」


「!?」


 知らない声を聞いて振り向くと、そこにいたのは十八歳位の若い男。しかもイケメン。


 こいつは………羅蔵だ。


「今日はちょっとダルそうだね。まだ寝てていいよ」


 爽やかにそんなことを言うから、つい甘えたくなる。だけど。


「そういうわけにもいかない」


 羅蔵の姿に気を取られていた。凄く良い匂いがする。


「……何か作ったのか?」


「そう! 何作ったか分かる? 当ててみて!」


「知るか」


 作った料理を見ようと、置いてあると思われるテーブルへ向かう。が、羅蔵に道を塞がれた。


「どけ」


「ダーメ! ちょっと考えてみて」


 怒ったり笑ったり、表情がコロコロ変わるヤツだな。


「……味噌汁と……卵焼き……」


「ピンポーン! でも一つはハズレ。正解はこれ!」


 テーブルの上には、飯と味噌汁とぐちゃぐちゃした卵があった。


「……何だこれ」


「スクランブルエッグだよ」


「……卵焼きと同じだろ」


「うーん、確かに卵を焼いた料理だし……じゃあ正解!」


 自分のことでもないのに、嬉しそうに笑って拍手してる。


「じゃあご褒美! あーん」


 羅蔵はそのスク何とかをスプーンに掬って、あたしに食べさせようとする。


 そんな恥ずかしいこと出来るかっ!


 あたしは羅蔵の手を払った。すると、そのスク何とかが乗ったスプーンが落ちた。


「あっ……」


 申し訳ないと思った。だけど、ほとんど謝った経験がなくて上手く謝れない。

 謝るって、どうやるんだ……?


「ごめんね、麻弥さん……無理やりで嫌だったよね……」


 羅蔵はいとも簡単に謝った。


 お前が悪いわけじゃない!


「あ、あたしが……っ!……その……ごめん」


「麻弥さんは悪くないよ。俺のせいだから」


「お前は悪くないっ!」


 あたしらしくもなく、声を荒げた。羅蔵は驚いたような顔をしてあたしを見てる。


「……じゃあ、お相子。どっちも悪くない!」


 何事もなかったように笑顔を向けてくれる羅蔵。明らかに悪いのはあたしだろ?なのにそんな顔をするなんて……反則だ。


 羅蔵と暮らすのは楽しい。周囲から色々非難されたが、そんなことはどうでもいい。只、この楽しさが続くといい。

 この感じは何て言うんだ? 胸の中が満たされたみたいなこの感じ。

 ……ああ、これが……幸せってことなのか……。


「どうしたの!? どこか痛い!?」


 悲しい顔をして心配してくれる。どうやらあたしは泣いてるようだった。


「……そうじゃない。あたしは今、満たされてるんだ、だから……」


「じゃあ、俺も満たして」


 羅蔵の手はあたしの肩から背中に移った。あたしを……抱きしめたんだ。


「麻弥。……好き。大好き」


 心臓がうるさい。

 この音は羅蔵の? それともあたしの? 煩わしくて、羅蔵から離れたい。


「……羅蔵、どけ」


「嫌だ」


 一層、あたしを抱きしめる力が強くなる。


「ずっと、麻弥とこうしてたい。麻弥が好きだから」


 何だ? また、体の中にくすぐったいモノがある。だからなのか、煩わしさは消え、いい気分になった。あたしも羅蔵の背中に腕を回した。


「麻弥……好き」


 その言葉が合図だったかのように、あたし達は躊躇いもなく唇を重ねた。

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