■6――聖女奪還作戦 その3
■
「どういう、ことよ!?」
ティーの言葉に、最初に反応したのは八刀だった。
彼女の銃口から私を庇うようにして前に立つと、八刀はティーを睨みつけて続ける。
「まさか貴方たち、最初からこうするつもりで……! 先生を、陥れるつもりでこの作戦を提案したってわけ!?」
激高を顕にする八刀に続いて、六花や三七守も、困惑と怒りとの入り混じった表情を浮かべて口を開く。
「ティーさん。私貴方のこと、結構嫌いじゃなかったのに」
「……ひどいです、こんなこと――どうして」
そんな三人を、一瞥だけすると。
ティーはかすかなため息を吐いた後で、再び口を開いた。
「まあ、何とでも言って下さい。貴方たちに恨まれようが何だろうが、私のやることは変わりません。帝政圏の軍人として、帝政圏と連邦との関係すら揺るがしかねないそのテロリストを捕らえる――それだけです」
向けられた緑青色の視線が、刃のように突き刺さる。
「ナイ。貴方には洗いざらい、何もかもを軍事裁判の場で告白して頂くことになります。貴方が何故、連邦の人間を襲撃したのか。貴方とともに亡命を果たした少女たち――貴方の指示で襲撃事件に加担させられた少女たちは一体何者なのか。その全てを、貴方は明らかにする必要があります」
どこか形式めいたその問いかけに、私はわずかに苦笑を零しながら頷く。
釈明を、しようじゃないか。連邦軍部特殊神学機関「アカデミー」の元構成員として。
私が知りうる何もかもを、公の場で。
そう私が答えを返すと――ただ一人静観していた九重が、はっと表情を変えて私を見た。
「……先生。貴方、まさか」
やはり彼女は、頭がいい。
わずかに震える声でそう呟いた彼女に、私はそのまま視線を合わせずに踵を返そうとして。
けれどティーの方へと歩き出そうとした私の背に向かって、九重はただ静かな口調のままこう告げた。
「先生。貴方は私たちのことを――『聖女』の存在を、公表しようとしているんですか?」
……本当に、頭がよく回る。
彼女の発したその言葉に、八刀もまた何かに気付いた様子で眉根を寄せて。一方でまだよく理解ができていなさそうな六花と三七守は困惑した顔で九重を見つめる。
「どういうこと、くー先輩……?」
「わたしたちのことを、公表……って」
口々に問う二人に、九重の代わりに答えを返したのは、ティーだった。
「『アカデミー』にいた人間が聖女のことを公にすれば、連邦もその追及を受けることになるでしょう。そうなれば貴方がたは晴れて、『非人道的な人体実験に晒された可哀想な少女たち』として扱われることになる。世論の目が貴方がたを映している以上は、連邦も――そして
普段は無口だというのにこういう時に限って随分と、饒舌に喋ってくれるものだ。
こんな種明かしをしろとまでは、頼んでいなかったはずだが。
「私は貴方の頼み事を聞きはしましたが、ネタばらしをするなとは言われてはいませんでしたから」
涼しい顔でそう告げるティーに、私は肩をすくめる。
……九重の救出に出発する前。私は彼女に、いくつかの頼み事をした。
ひとつは、今彼女がやっている通り。九重の救出が済んだら私を襲撃の実行犯として連行し――そのまま軍事裁判の場に引きずり出してもらうこと。
そしてもうひとつは、私とナイが連邦から持ち出した聖女に関する秘匿資料を、各所に送り公開させるよう手配してもらうこと。
かつて管理官であったナイの保有していた資料は、連邦においても最上位の機密に当たる。
それが公開されれば、私の証言を裏付ける証拠としては十分だろう。
聖女の存在が白日のもとに晒されれば、世間は否応なしに彼女たちに注目するだろう。
それは好奇の目にもなるだろうし、ともすれば悪意をもって彼女たちに忍び寄るかもしれない。
だがそれ以上に――その目は何より、彼女たちを守る盾となる。
あの「箱庭」で、誰にも知られずに生きていた彼女たち。誰もがその存在を知らずにいたがゆえに、連邦は彼女たちのことを秘密裏に「なかったこと」にしようとした。
だがこうして一度、彼女たちという存在が「いた」ことが知れ渡ってしまいさえすれば。
もう誰も、彼女たちを「なかったこと」になど――出来るはずもない。
……そうしてティーが一通り、言い終えた後。
「つ、つまりさ。ティーさんは先生に協力してくれてるってこと、だよね?」
眉根を寄せながらそう言ったのは六花だった。
知恵熱でも出そうなくらいに難しい顔のまま、彼女はティーに向けて続ける。
「だとしたらさ、さっきティーさんは先生を裁判に出すって言ってたけど……そういう予定だっていうなら、先生はちゃんと、帰って来れるってことなんだよね?」
そんな六花の問いかけに、三七守も表情をぱあっと明るくした。
「そっか! そう、だよね! 六花ちゃん頭いい!」
「でしょー! あーびっくりした。てっきり先生がこのまま捕まっちゃうのかと……」
「それは、そうなるでしょう」
「うんうん、そうだよね……って、え?」
ティーの差し挟んだそっけない回答に、六花は目をぱちくりとさせて彼女を見返す。
そんな彼女に、まるで表情を変えないままにティーは続けた。
「亡命したとはいえ、元はと言えばアカデミー所属の調律官――さらには『聖女計画』にも関与し続けていた人間です。人道に対する罪を前提に考えるならば、無罪とはなり得ない」
直接的に、そう告げる彼女。呆然とする六花と三七守の横で、八刀と九重は私を見て、何かを言おうとして。
けれどそんな彼女たちを見回しながら、ティーは一瞬こちらを一瞥した後で、こう続けた。
「……無罪には、なり得ない。ですが無論、我々としても考えはあります。……貴方がたは流れに身を任せながら、全てが終わるのを待っているのがよいでしょう」
そんなティーの言葉に、再び六花たちの表情は明るさを取り戻して。
けれど九重だけは、どこか不安そうな顔のままで私をじっと、見つめていた。
腕時計を一瞥して、ティーが告げる。
「さて、それではそろそろ行くとしましょうか。……これ以上ここに残っていれば、色々と面倒なこともあります」
そんな促しに頷いて、私は彼女の方へと向かおうとして。
けれど少しだけ待ってほしいと頼むと、ティーは小さく肩をすくめて頷いた。
「……そうですね。それが、よいでしょう」
彼女に向かって礼を告げた後、私は立ち尽くす九重の元へと戻る。
私を見て、一度何か言いかけた後で――彼女はその顔に、笑顔を浮かべようとして。
けれど途中で、口元をわななかせながら口を横に振る。
「……いやです。行かないで、ください」
私の服の裾を掴んで、懇願するようにそう告げて。その深青色の瞳に涙を溜めながら――彼女は私に、抱きついてくる。
「やっと、今度こそ、もうずっと先生と一緒にいられるって、思ってたのに。なのに……なんでっ。どうして、こんなことにっ――」
嗚咽混じりに言葉を吐き出す、九重。
そんな彼女を、私はただじっと見つめて――それから一言、彼女の名を呼ぶ。
顔を上げた九重。夜空に上り始めた月が、充血したその夜空色の瞳に映り込んでいた。
大丈夫。……いや、それはきっと違う。
心配するな。そんな誤魔化しめいた言葉もきっと、彼女には響かない。
だから、私は。
「……やく、そく?」
私の言葉に、九重は目を腫らしながら、そう呟いて。
そんな彼女に私は――ゆっくりと、頷いた。
オーロラを、また一緒に見に行こう。
二人だけでは寂しいから、今度もまた、皆で。今度は前回とは状況も違うのだから――弁当でも用意して、遠足気分で行けばいい。
行くなら、また冬だろうか? 夏ではかなり北方まで足を伸ばさないといけないし、そもそもそれまでに片がつくかは分からない。
だけど、必ず。必ず私は、約束を果たそう。
彼女の元に、戻ってこよう。
私の言葉に、九重は大きなため息を吐き出して。
それから――呆れたように、その顔に笑みを浮かべながら口を開く。
「……約束、ですからね。絶対、絶対に守って下さいよ」
ああ、勿論だ。
「守ってくれなかったら私、死んじゃいますからね」
それは、困る。
「じゃあ、帰ってきて下さい。冬までなんて、待てません。もっと、もっと早く、帰ってきて下さい。新婚旅行に行くにしても、まずは一緒に予定を立てなければいけませんもの」
新婚旅行のつもりは、ないと言っているのだが。
……そんな、少しばかり懐かしいようなやり取りの後。私はその隣で佇んでいた、八刀へと顔を向ける。
私がいない間の、聖女たちの生活面のやりくり――学校のことだとか、社会的な手続きだとか。そういった部分をどうしても、彼女に任せてしまうことになるだろう。
それに何より――この困った死にたがりの聖女が、寂しさで死んでしまわないように。
しっかりと見守ってもらうには、彼女をおいて適任はいなかった。
「……まったく。随分と私に面倒を押し付けてくれるわね」
苦々しい表情のまま、ぎこちなく笑う八刀。
分かったわよ、と頷いた後、彼女は六花や三七守と顔を見合わせて言う。
「いってらっしゃい。私が過労死しないように、さっさと戻ってきなさい」
「そうそう。やっちゃんまた無理しちゃうからね」
「あんたのせいで貰ってるストレスも随分あるんだけどね」
「えー!? そうかなみーちゃん!?」
「否定はできないかな……。あ、あの。いってらっしゃい、です、先生」
「いってらー!」
普段と変わらずやかましい三人娘の送り、そして。
「……いってらっしゃい、先生」
いつもの癖でその薄桃色の髪の一房を弄りながら――九重もまた。泣きそうな顔のまま、満面の笑みを浮かべてそう告げた。
「……別れのご挨拶が済んだなら、今度こそ、行きましょう。さあ、こちらへ」
一連を見守っていたティーが、そう告げて近くに停車していた軍用車両へと導く。
今度はもう、振り返らずに。
薄暗いその後部座席に乗せられて――しばらくして響き始めるエンジン音を聴きながら、私は仮面の裏で目を閉じる。
――。
「……心残りは、ありませんか」
移動を始めた車両の中で、隣に座ったティーが問う。
私は首を横に振ろうとして――けれど一つだけ、最後にひとつだけ、彼女たちに謝ることができなかったことを悔いる。
聖女。非人道的な研究の果てに創り出された、人の形をした兵器たち。
今後彼女たちの実在性が明らかにされたとして、世間が彼女たちのことを人として見るかは分からない。
……否、きっと多くは彼女たちのことを、「兵器」として定義するのだろう。
戦争のために生み出され、戦争の中で運用された道具たち。
それは――「人」であることを目指した彼女たちの思いを踏みにじるような、裏切りに他ならない。
だがそれでも、私はそうする道を選んだことそれ自体を、後悔はしない。
彼女たちが「兵器」であるならば。戦場で数多の命を奪ったのは他ならぬ、「兵器」を使った人間たちだ。
……九重たちでは、断じてない。
詭弁に過ぎないかもしれないけれどそう、言い張り続けることができるのだから。
私は彼女たちを「人」ではなく。
ただの「兵器」として仕立て上げ、世に知らしめる。
■
……別時刻、帝政圏領内、某所。
「ああ、くそ。くそ、くそ、くそ――」
朝靄の烟る森の中をよろよろと歩きながら、カール・マイセンは誰にともなく呪詛を零していた。
全く、なんと口惜しい。なんと忌々しいことだろうか。手塩にかけた「9シリーズ」はあんな出来損ないどもに返り討ちにされ、せっかく手に入れたA-009までも、奪い返されて――自分はこんなふうに、惨めったらしい遁走を余儀なくされている。
さらにはこの、痛ましい手の傷! 手の甲に開いた銃創からはまだ血がだらだらと流れている。思い返すだけでも、腸が煮えくり返って叫びだしそうになるほどだ。
無言で隣を歩く護衛の黒衣を見て、マイセンは隠そうともせずに舌打ちを零す。
所詮はA-009の代用品に過ぎないとは思っていたが、まさかあんな木っ端の聖女たちにすら無様に負けを晒すというのは――期待外れも甚だしかった。
戻ったら、再調整が必要だろう。と言ってもあの出来損ないどものせいで9シリーズの多くは損耗してしまって、残っている個体と言えば現在この一体だけだが。
だが……。マイセンはけれどそこで初めて、にんまりと独り笑みを浮かべる。
先ほどのあれは、収穫だった。まるで想定していなかった偶然の賜物ではあるが、あれは。
「ふ、ふふ」
つい、笑い声が零れてしまう。だが、止めようもなかった。
【神】の顕現。己が師、ランダウですら成し得なかった神学の極致へと――自分は手をかけたのだ。これが笑わずにいられようか?
「次はちゃんと、再現性を確認しなければ。いや、せっかくだから『聖体』を使うのもいいな。……ああ、楽しくなってきたぞ。まだだ、まだ僕はやれる。連邦まで逃げ延びて、次こそは――」
弛緩した笑みを浮かべながら、うわごとのようにそう呟いて。
その時ふと目の前に陰が差すのを感じて――マイセンは顔を上げると、その目に希望の光を灯す。
薄暗い、視界の悪い森の中。前方から姿を見せたのは、連邦軍の士官服を着込んだ背の高い男だったのだ。
「救難信号を見つけてくれたんだね、助かっ」
期待に満ちた顔でそう告げようとして、しかしマイセンの言葉は、乾いた音で遮られる。
それと同時に足から急に力が抜けて、たまらずマイセンはその場で崩れ落ちる。
遅れて、焼かれるような熱と痛みが奔って。見ると――右の足首に、真っ赤な穴が開いていた。
「ぐ、あ、あぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
ようやく撃たれたのだと理解が追いついて、地面の上で絶叫を上げながらのたうつマイセン。
そんな彼に、軍人は何の感慨もなさそうに無言のまま銃口を向け、静かに口を開いた。
「ご同行を願います。……何もしなければ、殺しはしません」
「何だと。ふざ、けるなよ――僕に銃口を向けておいて何様だ! こいつを殺せ!」
マイセンの怒声と同時に、隣に控えていた黒衣が軍刀を引き抜いて動き出す。
無駄のない踏み込み。あっという間にその刃先は軍人の首元まで届かんとするが、その剣閃は軍人の体を傷つけることなく虚空を逸れて抜けていく。
虚を突かれた様子のまま、黒衣はもう一度振り返って第二撃を加えようとする。だが今度も、結果は同じだった。
「9シリーズ。聖女の骸で作り上げた肉人形。……確かに力も速度も大したものですが、動きが単調にもほどがあります――だから」
そう言いながら次の一撃を、軍人は静かに見定めて。
「こうして見切るのも、至極容易い」
軍刀を振るう黒衣の腕を、軽く撫でていなすと――次の瞬間、黒衣の体がぐるりと一回転して地面に転がる。
その上から軍靴で腕を踏みつけて、軍人はそのまま流れるような動きで黒衣の頭部へと銃口を向け、引き金を引いた。
銃声は、一発。それだけで的確に眉間を撃ち抜かれ、黒衣はその機能を停止する。
時間にしてほんの、十秒もない間の出来事だった。
「……な、こんな」
9シリーズの基本性能は、A-009に準じるもの。一般兵ごときであれば、秘蹟を使うまでもなく制圧できるほどの基礎能力は備えているはずだ。
だというのにこんな――強化兵装すら着ていない人間に、こうもあっさりと。
「何なんだ、貴様はっ……!」
その問いに、男は開いた右手で己の頬を――そこに残る大きな火傷痕を軽く撫でながら続けたまま、口を開く。
「『スケアクロウ』。貴方に名乗るのは、この名前で十分です」
軍人――スケアクロウと名乗った男の銃口が、マイセンの眉間へと再び合う。
「カール・マイセン。貴方には訊きたいことがいくつかあります」
「訊きたいこと、だと?」
忌々しげに睨むマイセンをじっと見つめながら、スケアクロウは続けた。
「A-004の『聖体』――彼女の亡骸は、今どこにある」
その問いに、怪訝そうに眉根を寄せるマイセン。
「A-004? ……ああ、あの故障品か。なぜあんなもののことを――ああ、なるほど」
何かに思い至ったかのように、マイセンは口の端を釣り上げて笑う。
「君も、聖女に魅入られた一人か。……そうかそうか、君はあの故障品の死体が欲しいんだね。何に使うのかな、まあ、そんなことはどうでもいいが。……いや、だが、そういう話ならば僕からひとつ提案だ」
「提案?」
一転して饒舌になりながら、マイセンは大きく頷く。
「僕が、A-004を蘇らせてやろう。幸い『聖体』は全て冷凍保存されているからね。9シリーズと同じように、脳に電気チップを埋め込んで――それから機能不全の臓器は『廃棄物』の余り物を利用しよう。それだけで、君の思い通りに動くお人形が完成だ……どうだい、いいアイデアじゃ――」
そう言い終わる前に、乾いた音が響いて。
眉間を撃ち抜かれたマイセンの体が、どさりとその場で倒れて動かなくなる。
……後ろに回していたその手には、拳銃が握りしめられていた。
――。
硝煙を上げる拳銃を仕舞うと、スケアクロウは踵を返す。
丁度その時、携帯端末に着信があって。画面の表示をしばらく一読した後で、スケアクロウは小さなため息をついた。
「なあ、四月」
朝焼けの空を見上げながら、わずかにその目を細めて。
「彼女たちのこと。あんたもそこで……見ててくれ」
その言葉に、答えたのはただ、木々を吹き抜ける風の音だけだった。
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