■6――聖女奪還作戦 その1
■6――聖女奪還作戦
がたん、がたんと喧しく揺れる列車の中。
およそ「貨物列車」という触れ込みからは程遠い、豪奢な――あるいは悪趣味な緋色で飾り立てられた客車の中央にぽつんと設えられた椅子の上で、私は一人、窓の外を見ていた。
夕日が沈みつつある地平線の端。みるみるうちに車窓を流れていく風景を見ながら、今はどのあたりだろう、と空想する。
帝都を列車で発った後、途中の駅でこの「貨物列車」に乗り換えて、もう数時間は乗り続けている。大陸でも西寄りに位置する帝都。そこから出発したとなればまだ連邦までは距離があるだろうが――とはいえきっと、明日の朝頃には国境付近まで到着するだろう。
カール・マイセンと名乗ったあの男からは何も聞かされてはいなかったが、おそらくは国境付近まで列車で行って、そこから別の足で越境を果たそうというのがその思惑だろう。
列車がトンネルをくぐり、外が暗くなる。頬杖をついてしょぼくれた自分の顔が、窓の外に反射して映し出される。
そして……その手首に巻きつけられた、重厚な手錠も。
ぼんやりと窓の外を眺め続けていると、扉の開く音とともに声がした。
「やあ、やあ、A-009――起きていたんだね! どうかな、体調のほうは」
両手を大仰に広げて入ってきたのは、緋色の軍装に身を包んだ銀髪の男――カール・マイセン。
入ってくるなり舐め回すような視線を向けてくる彼に思わず嫌悪感を顕にしながら、けれど平静を装って私は首を横に振った。
「……別に、どうだっていいでしょう」
「おやおや、つれないじゃあないか」
言いながら、彼は私の目の前まで近づいてくると――いきなり私の首を掴んで、無理やり視線を合わせてくる。
思わず短い悲鳴を上げた私に、彼の表情が愉悦で染まった。
「ねえ、A-009。今の君はもう、僕の所有物なんだよ? ちゃんとお話ししてくれなきゃあ、悲しいじゃないか」
「っ、そんなの、知ったことじゃありません――」
喉元を容赦のない力で掴まれ、息苦しさを感じながらもそう吐き捨てて睨みつけると、彼はしかし恍惚とした笑みを浮かべて深く頷く。
「……ああ、いいね、そういう目。そうだ、それでこそ僕が欲しかった『舞踏する死神』だ――」
何かを満足したのか、彼の手が私の首から離れる。
思わず秘蹟でこの男の顔面を腐らせ落としてやろうかとよぎったが、けれど両手に巻き付いた手錠の感触に気付いて、やめた。
……別段、何の意味もないただの手錠である。それ自体は「腐敗」の秘蹟で簡単に壊せてしまうだろう。だが――
そこまで考えて、私は客車の四隅で直立不動を示している黒衣たちを横目に見る。
あの日の交戦では、戦闘能力を推し量る前に聖痕の影響で倒れてしまったが――とはいえあの時の動きだけでも、彼らが手練であることは分かる。
今この部屋にいるだけで四体、対するこちらは一人。体調はお世辞にも復調したとは言い切れないし、歩行補助用の杖は今は彼らの一人が持っている。
この状況で立ち回るのは少々難易度が高そうだし――そもそも、どのみちそんな選択肢を選ぼうとは思っていなかった。
荒い呼吸で体内に酸素を送り込みながら、私はマイセンに向かって口を開く。
「……『欲しかった』ですか。なぜ貴方は、私を指定して取引を持ちかけたんです」
「おや、そんなことが知りたいのかい。……この前にも言ったはずだよ、君は『最高傑作』だからさ」
そんな彼の返答に、私は思わず失笑する。
「最高傑作、ですか。杖もなければろくに歩くことすらできない私が傑作とは、ずいぶんと見る目のないことを言う」
「そんなことはないよ」
マイセンは即座にそう否定すると、私の耳元に顔を寄せてこう告げた。
「我が師、天才ランダウが直々に設計した一桁台。その中でも実際に戦場で大勢を殺して――それでいて今もなお壊れずにこうして現存している、貴重な貴重な被検体なんだ。欲しがらないはずがないだろう?」
滔々とそう語ったかと思うと、感極まったふうに彼はその目から涙を零しながら天井を仰いだ。
「……ああ、そうとも。ずっと、ずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと、この時を待っていたんだ! 君を手に入れ、君のその美しい体を暴き、犯し、穢し、
そう言って。次の瞬間、彼は何を思ったか私の耳朶をべろりと舐める。
……あまりのおぞましさに、思わず声が漏れた。
「っひぅ……! 何をっ……!?」
「ああ、ふふ、そうか。本物はこんな味がするのか――それに、なんだか少しばかり匂いもあるな。これは何かの花かな、香水とかはつけていないんだね、いいことだ……余計なものをつけていたら、君本来の魅力が損なわれてしまう」
ねっとりとした笑みを浮かべてそう語る彼に、私は今度こそ本気で秘蹟をぶつけてやろうかと思いかけて――けれどどうにか、踏みとどまる。
ここで彼に歯向かえば、せっかくまとまったはずの帝政圏との取引が御破算になる可能性もある。そうなることは、避けたかった。
ぎり、と歯ぎしりしながら沈黙を貫く私を見て、マイセンは嬉しそうに笑う。
「良い判断だね。今ここで僕に歯向かえば当然、他の出来損ない連中の処遇も考え直さなきゃいけなくなるし――何より今の君ではきっと、彼女たちには勝てないだろう」
そう告げると、彼は周りに控えていた黒衣の一人に手招きをして、こちらに来させたかと思うと、いきなりその仮面を剥ぎ取ってみせる。
その下にあった顔に、私は思わず言葉を喪った。
「……わ、たし?」
私よりもだいぶ白の多い薄桃色の髪に、ほとんど闇色にすら近いほどに淀んだ深蒼色の瞳。
左頬の泣きぼくろまで一緒で――それは車窓に写っていた私自身の顔と、悪夢のようにそっくりだった。
そんな私とよく似た黒衣の首を、何を思ったかマイセンは先ほど私にしたのと同じように、ぐいと掴む。
「――、か、は」
表情は一切変えず、しかし苦しげな声を漏らす黒衣。しかしそんな彼女を一切気にすることもなく、マイセンは続けた。
「『
「……まさか、彼女は貴方が?」
そんな私の問いかけに、マイセンはゆっくりと頷く。
「A-099。あれはこの9シリーズの先行試作品でね。『複写』の秘蹟で様々な状況に適応し、一桁台にも比肩するほどの戦闘性能を持つ……はずだったんだけどね。抑制剤を使わないと一日も保たないような欠陥品だったし、肝心の戦闘面でも君に惨敗。やはり所詮、模造品は模造品に過ぎなかった」
大仰にそうため息をついた後、彼は横で首を絞められたまま白目を剥いている黒衣を思い出したように一瞥し、「ああ」と手を離す。
崩れ落ちた彼女をつまらなそうに睨んだ後、彼は私に向き直って薄ら笑いを浮かべて、
「……君が手に入った今となってはもう、こんな劣化コピーを使う必要もない。ああ、楽しみだなぁ。まずは何から始めようか――そうだ」
そう呟いたかと思うと、彼の手が私の胸元を撫で、それからお腹の方へとなぞるように下りていく。
「いいことを考えた。君に、子供を作らせることにしよう。『聖女』に生殖能力があるかはまだ未検証だったしね――それに秘蹟が遺伝するのかというのも興味がある。巧くいけば、『聖女計画』の再編も夢じゃあない……ふふ、実に楽しみだなぁ!」
熱に浮かされたようにそう語るマイセンを、私はただ、睨むことしかできず。
ただ体に触れる彼の手の感触に嫌悪を感じながら耐えて――けれど、そんな時のことだった。
がたん、と。列車がひときわ大きく揺れて、マイセンは怪訝な顔で辺りを見回す。
「……何だ?」
窓の外を見てみると、今の揺れのせいだろうか、列車は停車しているらしかった。
「何があったんだい。機関部に連絡をとって、すぐ出させろ」
そう指示したマイセンに、壁際の黒衣は仮面の耳元を押さえながら何やらぼそぼそと呟いた後、ふるふると首を横に振った。
「線路が破損したと、報告がありました。只今、状況を把握中です」
「破損だって? 何で……」
マイセンが声を荒げた、その瞬間。
列車の前方方向から――聞こえてきたのは明らかな、爆発音だった。
■
……同時刻、「貨物列車」通過エリア近傍。
「――よっし、ドンピシャだぜ」
停止した列車をやや遠くから見つめながら、その男はにんまりと笑みを浮かべた。
短めの金髪を後ろになでつけた、わりあいに整った顔立ちの青年。高めの身長には連邦仕様の強化兵装を着込んでおり、しかしその闇色の装備色ゆえにその姿はよく夕闇に溶け込んでいた。
そんな彼の後ろから、聞こえたのはもう一人の声。
「……ちょっと、火薬多すぎじゃないの? あれで聖女の子が乗ってる車両まで吹っ飛んだら、どうするつもりだったのよ」
赤い髪が印象的な、どこか気の強そうな女性である。こちらも青年と同じく強化兵装を纏っているが、重装甲の前衛仕様であった青年のそれとは異なりこちらはすっきりとしたシルエットが特徴の偵察兵仕様。
隙のない身のこなしとも相まって、どこか猫のような印象を与える姿であった。
「大丈夫だって。ちゃんとそこは俺の綿密な計算がだな」
「あんたには一番似合わない言葉だわ」
「シャ……じゃねえ、エイプリル3。お前それ罵倒してるつもりかもしれないけど、俺としては結構気持ちよくなれるんだからな」
「……うわ、キモ……」
呆れたように呟きながら、とそこで、赤毛の女性が声を上げた。
「あ、敵が出てきた」
その指差した先を見ると、停車した列車の扉から何人か、黒衣を着込んだ連邦兵たちが姿を見せていた。
そんな彼らを見て取るや、「よっしゃ」と気合を入れ直す金髪の青年。
「ここらでもう一丁――こうだ!」
両手に握りしめた遠隔起爆装置をかちかちと握ると、瞬間、停車した貨物列車の周辺の線路から再び爆発が上がる。
先ほどのそれとは比べ物にならない、小規模の爆発。けれどそれは連邦兵たちを牽制するには十分な効果であった。
立ち上った煙で覆い尽くされる、貨物列車。
その様子を見ながら――赤毛の女性は手に抱えた大型のライフルを構えて膝立ちになると、
「じゃ、私もそろそろ、始めますか」
そう呟きながら出てきた連邦兵たちをスコープ内に捉え、無造作に引き金を引く。
銃声が響いた後、黒衣のうちの一体が倒れて。
続けざまの射撃が、他の黒衣たちにも同様に突き刺さる。
一マガジン分を撃ち終わった頃には、既に列車外に動いている敵影は見当たらなかった。
「いい腕してるぜ」
「……セクハラなら、殴るわよ?」
「違うっての!」
そんな軽口を交わした後、双眼鏡で列車周辺を見つめながら、青年――「エイプリル2」の符丁を名乗った彼は、ぽつりと呟く。
「……俺たちに出来るお膳立ては、ここまで。後はあんたたちの仕事だ……俺たちができなかったこと、しっかりとやり切ってくれよな?」
――。
……同時刻、「貨物列車」第四車両。
爆発の振動で電灯が明滅するその車内に――乗車口の扉を蹴り破って、何人かの聖女たちがなだれ込んでいく。
貨物列車と言いながら、およそそうとは思えない客席の並ぶ車内。先頭を切って突入した一人を出迎えるように、奥に潜んでいた黒衣たちが銃火を浴びせかけた。
最新式の自動小銃がセミオートで吐き出した弾丸の雨。食らった聖女は、ひとたまりもなくその場で穴だらけに――は、ならなかった。
空間の、断絶。ありとあらゆる攻撃を、考えうる限り全ての害悪を遮断し防ぐ、「絶対防御」の秘蹟。
六角型の障壁が無数に並んで構成された防御壁を前面に展開しながら、無傷でそこに立っていたのは三七守。そしてそんな彼女の背後から、真っ青なマフラーとサイドで結んだ金の髪をなびかせて飛び出した影があった。
銃口を移動させて、接近しようとするそれを捉えようとする黒衣たち。しかしどうしたことか、もはや目前にその姿はなく。
「……りゃっ!」
掛け声とともに、背後に回った彼女――六花は小銃の銃床で立て続けに黒衣二人を殴りつける。
「加速」の秘蹟が乗ったその一撃は、大幅に加減していたとはいえ意識を刈り取るには十分すぎるほどであった。
車両内で待ち伏せしていた二体が行動不能となったのを確認すると、六花は車両後方にいた私に向かって「おーい」と手を振ってきた。
「おっけーだよ、先生。こっちこっち」
そんな彼女に頷くと――私と、私の背後でしんがりを務めていた八刀とは足並みを揃えて二人の方へと駆け寄る。
六花と三七守、そして八刀と私。この四名が、九重救出にあたっての突入班だった。
私の同行に関しては当然、「先生は危ないから!」と強固な猛反対を受けてはいたが――事情を知る八刀の意見もあってどうにか受け入れてもらえた。
少なくとも、弾除けくらいにはなるだろう。……そんな私の主張を、彼女はたいそう嫌そうな顔で聞いていたが。
他の聖女たちに関しては、戦闘経験のある者は列車周囲での陽動を、そうでない年少組などは後方での通信、連絡を担当している。
ティーの手配した補助要員たちが仕掛けた爆弾によって列車の進行を足止めし、その隙に外部での陽動と内部への突入を同時進行する――というのが、今回ティーの側から提示された作戦プラン。
そしてその進行は、現段階ではおおよそ順調と言えた。
六花が倒した黒衣たちを見下ろす。
気絶しているらしい二体は、しばらくは起きる様子もない。念のためその仮面を外して確認を済ませた私を――否、黒衣たちの顔を横から覗き込みながら、八刀は顔をしかめた。
「……何、これ。こいつらの顔、まるであの子と……」
そんな彼女に、私は静かに頷く。
「9シリーズ」。聖女計画の後追いとしてあのアカデミーの研究者、カール・マイセンが独自に進めていた副次的な研究による産物。
その正体は、アカデミーに保管されていた九重の生体サンプルから造られた体細胞クローンであると、エイプリル2を名乗る彼は言っていた。
そして付け加えるならば、彼女たちは正確には生きているとは言えない――生まれついての聖痕症候群ゆえに生まれて間もなく死んだその肉体に「廃棄物」として処分された聖女たちの臓器や器官を繋げ合わせ、さらに脳には電気チップを埋め込んで無理やりに調整された動く屍に過ぎないのだとも。
「……悪趣味にも、ほどがある」
倒れ伏す黒衣たちを見て、吐き捨てるようにそう呟いたかと思うと――彼女は不意に、弾かれるように車両の後方へ小銃を向けて一瞥すらせず引き金を引いた。
銃声の後。後方車両からこちらに銃口を向けていた黒衣が、その眉間に弾丸を受けてずるりと崩れ落ちる。
気配のなかったその接近にまるで気付いていなかった三七守と六花は、八刀に撃たれた黒衣の屍を見て驚いた顔になった。
「やっちゃん、ありがと……危なかった」
「気をつけなさい、まだ来る。……外の騒ぎが陽動だって見破ったのかしら」
薄青色の瞳から秘蹟の燐光を零しながら、八刀が言う。
「事象視」の秘蹟――狭く薄暗い車内において、全知覚を賦活しながら世界を認識するその秘蹟は必要不可欠と思われた。
後方の扉からこちらに向かってくる複数の黒衣たちを相手に、座席に隠れながら応戦を始める聖女たち。
銃撃の応酬が繰り広げられる中、何やら決心したように、声を上げたのは三七守だった。
「……あのっ、先生! 提案が……」
「『ここは自分が引き受けるから、先に行って』……なんて言わせないよ、みーちゃん?」
三七守が何か言いかける前に、そう釘をさしたのは六花。すると三七守は口をぱくぱくさせて言葉を喪っていた。図星だったらしい。
「もー、みーちゃんはすぐ無茶しようとする」
ぷくーっと頬を膨らませながらそう呟くと、六花は撃ち尽くした弾倉を交換しながら私に向き直って続けた。
「だから先生、私からも提案。みーちゃんと一緒に、ここは二人で時間を稼ぐよ」
そんな彼女の言葉に、今度は驚いたのは三七守の方であった。
「り、六花ちゃん!? ダメだよそんなの、危ないよ」
「む。じゃあみーちゃんは一人でそんな危ないことをしようとしてたってわけ?」
「う……」
口ごもる三七守に苦笑した後、六花は続ける。
「みーちゃんはあの時、皆のためにたった一人で戦ってくれた。……だから今度は、私も一緒。今度は絶対、みーちゃんを怪我させたりは、しない」
眼帯で覆われた三七守の右目を、義手の左手でぎこちなく撫でて――そう語る六花。
「だから先生、やっちゃん。……くー先輩のこと、お願いします」
そんな六花の言葉に、私は数秒の黙考の後、頷く。
任せた。そんな私の言葉に、六花も三七守も大きく頷き返してみせた。
「……閃光弾で目眩ましするわ。その隙に私と先生は先に行く。二人とも、怪我のひとつでもしてみなさい。私と九重で、後でみっちり叱ってあげるから」
「「ひー!」」
すくみ上がる二人に小さく笑った後、八刀は腰から閃光弾を取り出して呟く。
「カウントで、行動開始よ。……3」
座席を削り続ける、敵の銃撃音が続いて。
「2」
六花と三七守は互いに顔を見合わせ、頷いて。
「1……今!」
八刀の投げた閃光弾が、暗い車内を白く染める。
瞬間――後ろで二人が弾幕を展開するのを聞きながら、私と八刀は真っ直ぐに前方車両へと駆け抜けた。
■
……同時刻、「貨物列車」第二車両。
「どうなっている。状況は」
かちかちと、不規則な明滅を繰り返す電灯の下――僅かに苛立った様子でそう呟いたマイセンに、黒衣の一人が平坦な口調で報告を返した。
「列車周囲で爆発を確認。並びに、前方の機関車両及び後方車両にて敵の侵入を検知。対応を継続しています」
「継続している。まだ、制圧はできていないと?」
目をすっと細めてそう呟いた後、彼は椅子に座ったままの私へと向き直って苦笑をこぼす。
「僕の9シリーズと渡り合える敵、となるとそこらの脱走兵上がりの野盗なんかじゃない。……君を取り返しに来たんだろう。A-009――君は何か、知っているかな?」
「……何も」
それは、真実だった。だからこそ、一番驚いているのは私自身だった。
取り返しに来た? それは、誰が?
帝政圏の部隊? それとも……まさか。
憔悴が顔に出ていたのか、私の表情を見ながらマイセンは小さく頷く。
「なるほど。その様子だと、君としても心当たりはないんだね。てっきり最初からそのつもりで僕のところに来たと思ったけれど――まあ、いいや。どちらでも同じことだ」
「……どうする、つもりですか」
そう言って肩をすくめるマイセンに、私は思わず問う。
そんな私に、彼は愉しげに口の端を持ち上げて笑い返した。
「決まっているだろう、皆殺しさ。帝政圏の部隊だとしたら、少しばかり政治的に面倒なことになるかもしれないが……それは向こうとしても同じこと。仮にも連邦の使節団の一人として来た僕に向かってこんな真似をしているんだ、むしろ困るのはあちらの方さ」
言いながら、彼は周りの黒衣に向かって指示を出す。
「襲撃者は、一人たりとも逃がすなよ。全員分の首を僕のところまで持ってこさせること――いいね?」
そんなマイセンの言葉に、黒衣は頷こうとして。
けれどその瞬間――一発の銃声が轟いて、黒衣の体が大きく横に倒れた。
「皆殺し、ですって? ……そんなことはさせないわ」
連結部の扉を開ける音と同時に、聞こえたのは二人分の足音と――そしてそんな、聞き覚えのある声。
マイセンに向けて銃口を向けたその声の主を見て、それからその隣にいる人を見て――私は思わず、声を上げる。
「八刀さん! それに……先生!? 何で……」
そんな私の反応を見て、マイセンは二人へと視線を向けると、愉快そうに唇の端を歪ませる。
「おや。おやおやおやおや……てっきり帝政圏の勢力かと思っていたけれど、そうかそうか。取り戻しに来たのは君たちだったか」
そんな彼に答えることなく、八刀は迷わず銃口を彼に向けて引き金を引く。
轟いた銃声。しかし吐き出された弾丸は――彼の前に立ちはだかった黒衣の軍刀で弾かれる。
そんな応酬を余裕の表情で見つめながら、マイセンは芝居がかった所作で肩をすくめてみせた。
「……ああそうか、A-008。君も一応一桁台だったね。外れの失敗作だと思っていたけれど――ふふ、警告もなしに殺しにくるとは、なるほど兵器としては存外に悪くない。どうかな、予定にはなかったけれど君も一緒にこちらに来るかい? A-009と一緒に可愛がってあげよう」
「冗談。貴方みたいな悪趣味の変質者に、誰がついていくものですか」
露骨に顔をしかめながらそう言い放つ八刀に、「そうですか」と呟いて。
「――では結構。お前たち、脅威を排除しなさい」
そうマイセンが告げたその途端、軍刀を構えた黒衣二人が、動く。
視認することも困難なほどの踏み込み、そして剣閃。
先生の方は脅威に値しないと判断したのだろう、二体ともに、まず狙ったのは八刀。
必中と思われたその一撃、いや、二撃――しかしその双方を、八刀は一本の銃剣の切っ先で難なくいなす。
先に受けた片方の刃を受けて軌道を流し、そのまま次の刃とぶつけ、弾く。そんな曲芸じみた防戦の最中に、後方の先生が拳銃の銃口を動かす。
狙う先は――カール・マイセン。躊躇なしに引き金が引かれたその瞬間、射線上に黒衣の一体が飛び出してその肩で銃弾を受け止め、そのまま床に転がった。
瞬間、八刀と刃を交わしているのは一体。その隙を、もちろん見逃す八刀ではない。
対面する黒衣に向かって至近距離から銃撃。無論それに当たる彼らではなかったが、しかし八刀の方も当然それで仕留められると思っていないだろう。
彼女の狙いは、回避のために身を捩り、攻撃の手数が割かれたその一瞬。
その一瞬の間に、八刀は銃剣の刃を目前の黒衣の喉笛に突き立てる。
出血はない。だがその一撃は――生きていない彼らであっても、その活動を停止させるに値する一撃であった。
がくん、と全身の力を喪ってその場で崩れ落ちた黒衣。その姿を一瞥してわずかに表情を歪ませた後、八刀はもう一体へと向き直る。
「……脅威度判定を、更新。秘蹟を使用し、対象を殲滅」
先ほどマイセンを庇って右腕に被弾した一体が、左腕を前に掲げてぼそりと呟く。
すると――その腕に凝集し始めたのは、まるで私の「万象の腐敗」と同じような漆黒色の霧だった。
「うそ……」
その信じがたい状況に、私は思わず声を漏らす。マイセンは彼女たちのことを、私の劣化コピーとそう評していたが――秘蹟までもがそうであるとは。
「八刀さん、先生、逃げ――」
黒霧を練り上げる黒衣を前に、けれど八刀はまるで動じた風もなく。
次の瞬間、腰から何かを取り出し、声を張り上げて彼女が叫んだ。
「九重、ごめん!」
刹那。耳をつんざくような大きな音とともに、視界が真っ白に染まって、何も見えなくなる。
閃光弾。だとすれば、彼女の狙いは――そう理解が至るのとほぼ同時に銃声が聞こえて、なにかが倒れる音がする。
それが秘蹟を放とうとしていた黒衣だと分かった頃には、既に勝敗は、決していた。
――かくして、辺りに残されたのは八刀が倒した黒衣が三体と、先ほどマイセンに締め落とされた黒衣が一体。
……八刀の、完全勝利だった。
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