■5――世界は少女を、兵器と呼ぶ。


     ■5――世界は少女を、兵器と呼ぶ。


 実際、疲労が蓄積していた分もあったのだろう。あの晩から次に目を覚ますまで、私は一日以上もの間、こんこんと眠り続けていたという。

 だから目を覚まして状況を把握したのも、何もかもが終わってしまったその後だった。


 色々なことがあったあの日から、丁度丸一日が過ぎた早朝のこと。

 九重がいなくなったことを私に告げたのは、昏睡する私を看病し続けてくれていた八刀だった。

「『先生のことを見ていてほしい』って私に言ったっきり、あの子……孤児院のどこにもいなくて。前に使っていた軍服も無くなっていたから多分……ううん、間違いない。あの子、連邦の連中のところに行ったんだわ」

 憔悴した様子で私にそう告げた八刀をなだめながら、私は他の聖女たちにも話を聞く。

 彼女の姿を最後に見かけたのは、早朝から庭で自主トレーニングに励んでいたという仁夜ふたよ

 その証言からすると――九重がここを出ていったのは丁度、昨日の朝だという。


 すでに平日であったが、幸い今日は帝政圏の統一記念日であり学校は休みらしい。

 幸か不幸か、聖女たちは学校に行くこともなく皆、落ち着かなそうに孤児院の中で過ごしていた。


「失礼、ナイ」

 医務室で座っていると、扉をノックする音と同時に入ってきたのはティーだった。

 ひととおりのことは聞いている、と告げると、「なら話は早いです」と彼女は手に持っていた端末を机の上に提示する。

 そこに映っていたのは――画素の荒いいくつかの写真。

 混雑した駅で、列車に乗り込む人の影。よくよく見るとそこには九重と、あのカール・マイセンという男の姿が見てとれた。

「昨晩、中央駅で撮影されたものです。……どうやらあの男は、九重さんを連れて一足先に連邦に戻るみたいですね」

 そう告げたティーに、そうかとだけ返して、私は椅子に深く腰掛ける。

 そんな私の反応に、ティーはわずかに怪訝な表情を示した。

「……今も、こちらの手の者が把握はしています。恐らくは今日の夕、近隣の駅から出る長距離列車で国境まで行くものと。……どうなさいますか、ナイ?」

 無言のまま、やはり私は俯いたまま。

 どうも、しない――そう答えると、ティーの眉間のしわがいよいよ深くなる。

「聞き間違い、でしょうか。貴方は事態を静観すると……九重さんをこのまま連邦に引き渡そうと、そうお考えで?」

 ティーの問いに、私はゆっくりと頷いて返す。

 結局のところ、彼女にとっては帝政圏への亡命は、変化たりえなかった。

 連邦にいても、こちらにいても、結局彼女には「兵器」として以外の在り方などなくて。変化といえばただ戦い続けるかあるいは、この狭い箱庭に閉じ込められるかの違いしかない。

 そして――そうしたのは、私たちだ。

 彼女がこういう手段を選択するしかなかったのも、私たちのせいだ。

 ならば今更、どんな理屈を講じて彼女を止めることができるだろう?


 私の吐露に、ティーは無表情のまま、小さく息を吐いた。

「ええ、そうですね。彼女の返還は帝政圏われわれにとっても都合のいいことではありますし――それが賢明な判断というものでしょう」

 あくまで事務的な声音のままそう告げると、さっと踵を返して医務室を出ていこうとして。

「かくして『白夜姫』は空に上る。貴方がそれを望むなら、それがこの物語の結末ということなのでしょう」

 出ていきざまにそう呟くと、それきりその背中は扉の影に隠れて見えなくなる。

 『白夜姫』。連邦でも知られている、有名な話だ。とはいえ最後に聞いたのは随分と前のことだったから、細かい内容は覚えていないが――少なくとも、あまり後味の良い話ではなかったと思う。


 彼女が去っていって、再び静けさを取り戻した医務室。

 しばらくじっとしていると、また全身が疼いてきて。その不快感から逃れるようにして、私もまた部屋を後にする。

 きしむ薄暗い廊下を抜けて、外へ。しんと冷えた庭の空気が、わずかばかりか疼きを和らげてくれる。

 そうして当て所なく歩いていると――気付けば目の前には、温室庭園があった。

 立て付けの悪い扉を開けて、中に入る。「箱庭」のそれと比べるとずいぶんと簡素で、こじんまりとした作り。

 こちらに来てからも、彼女はいつも、ここにいた。

 だからだろうか。思わず中央のティーテーブルに視線を向けて――けれどやはりそこには、誰の姿もありはしない。

 入り口の扉に背を預けたまま、私はその場でずるずると座り込む。

 ……立ち上がる気力は、もうなかった。

 やることは、あったはずだ。そのために命を削っても、這ってでも成し遂げよう――そう思っていたはずだった。

 だというのに何もかもが虚ろで、意味のないものにすら思えてくる。

 せっかく九重が、自身をなげうってまで聖女たちを守ってくれたというのに。

 私は――今自分がどうすればいいのかすら、見失ってしまった。

 我ながら、なんと安っぽい情熱であったのか。

 今までだって、救えなかった者は大勢いたはずだ。あの戦争の最中も、「箱庭」からの逃亡でも。

 何人も、何人も、私の手からすり抜けていった。けれどそれでよかった。私はただの、傍観者だから。そう言い聞かせながら、見送り続けてきた。

 ……だというのに、何を今更後悔して、心が折れたような振りをしてみせる?

 運良く【神】とやらの力を手に入れたものだから、勘違いしたのか。人であることをやめれば、今まで救いきれなかった何もかもを拾い上げられると、そんな傲慢を感じていたのか。

 ――笑わせる。私は【神】でもなんでもない。

【神】を僭称する得体の知れないモノを混ぜ込んだだけの、ただの人でなしに過ぎない。

 神様のように誰かを救う力なんて――ありはしないというのに。


 己の右手を頭上に掲げて、割れた天井から見える夜明け空を透かす。

 人の皮を被った、異形の手。たった一人のために人をやめて、なのにそのたった一人の手すら掴みそこねた、人でなしの手。

 ならばそんなものに、何の意味がある。

 彼女に、ほんの少しの夢すら与えられなかったこんな手に――何の意義があるというのか。


 <じゃあ今、ここで終わりにしてしまうかい?>


 頭に、声が響く。姿はないが、気配は感じる。

 掲げた右手が私の意思とは無関係に蠢いて――瞬く間に漆黒色に変色したかと思うと、その掌に闇が握られる。

 黒で形作られた、鋭利な刃。その切っ先は、私へと向いていた。

 <君が諦めるというならば、今すぐにでも全て投げ出すといい。後は全部、私が引き継いであげるよ>

 ……それが、お前の狙いか。そう問いかけると彼女はくく、と喉を鳴らして笑う。

 <今の私では、こうして君の肉体を通さなければ世界に干渉することができない。……私一人じゃあ、スプーンひとつ動かすことだってできないのさ。だから私は、体が欲しい。君がそれを捨てるというなら、喜んで貰ってやろう>

 冷ややかな感情の込められたその言葉に、けれど私は、何を感じることもなかった。

 彼女がそうしたいのならば、そうすればいいとすら思えた。私には果たすべきことはもうなくて、彼女にはそれが、あるのだから。

 彼女の声が、響く。

 <……聖女たちのことは、私がちゃんと引き継ごう。君は安心して、眠りにつくといい>

 ゆっくり、ゆっくりと、近づいてくる黒刃。

 その刃先をただ見つめながら、私はふと、視線を彷徨わせて。

 すると――からっぽのティーテーブル。その備え付けの椅子の上に何かが乗っていることに、その時私は初めて気付いた。

 安っぽい、おそらくは子供のおもちゃ程度のポラロイドカメラ。それはあの日、九重が持っていたカメラだ。

 あの晩にここに置かれて、そのままになっていたのだろう。それを目にして私は思わず、左手で右手を掴んで抑える。

 <……おや、抵抗するのかい?>

 そんなつもりは、ない。ただ少し――気になったのだ。

 <ならいいさ。気が済むようにしたまえ>

 彼女がそう言うと、あっさりと右手から力が抜けて、思い通りに動くようになる。

 体を起こしながらテーブルへと駆け寄って、椅子の上に乗ったポラロイドカメラを手に取る。するとその下に敷かれるようにして、一枚の写真が置かれていた。

 被写体になっているのは、二人。……言うまでもない、あの日に街中で撮った写真だ。

 仮面をつけた私の横で、九重が満面の笑みを浮かべている。

 ……幸せそうな、笑顔だった。


 <満足かな>

 ナイの問いかけに、私は何も答えずに。

 ただ――何気なくめくった写真のその裏から、視線を外せずにいた。


『1943/4/29。また来年も、この日に先生と』


 弱々しい筆跡でそう書かれた上から、ぐしゃぐしゃと斜線で消された短い言葉。

 ……それは間違いなく、九重の字だった。

 。一度はそう書いて、彼女はそれを、消した。

 そんなことは決して叶わないと、分かっていたから。

 けれど――


 それ以上は、考える必要もないことだった。

 ただ私は右手を握りしめて、ナイに告げる。

 体を明け渡すわけにはいかなくなったと――そう伝えて、握りしめた刃を投げ捨てる。

 飛んでいった黒刃は、地に落ちるより先に霧散し消えて。

 <そうかい。ならばまだ足掻いてみせたまえ、人でなし>

 どこか愉しげなそんな台詞を最後に、ナイの気配もまた消える。

 ……掴みどころがないのは相変わらずだが、彼女について、少なくとも分かることがひとつある。

 この自称【神】は相当に性根がひねくれていて、そのくせ相当に、お人好しなのだ。

 苦笑混じりにため息を吐き出すと、私は写真とカメラとを手にとって振り返る。

 すると――ちょうどその時、温室庭園の扉を開けて八刀が飛び込んできた。

「先生っ、よかった、ここにいた……じゃなくて! ティーさんから聞いたけど、九重のことを諦めるって、どういう――」

 そう言いかける彼女を途中で制して、代わりに皆を集めるようにと伝える。

 突然の指示に当惑した様子の八刀に代わって、その後ろから入ってきたのはなんと、三七守だった。

 いつもの学校の制服ではなく、私にとっては見慣れた、「箱庭」時代の訓練服。

 しかも関節には訓練用のプロテクターを装着し、手には当時から使っていた軍用ライフルを携えた臨戦態勢だ。

 私を見つめながら、三七守が珍しく唇をへの字にして告げる。

「……先生、止めても無駄です。わたしたち、決めたんです――先生が何と言おうと、九重先輩を取り戻しに行くって」

 いつにない強い口調でそう言い放ち、私を睨む三七守と八刀。

 そんな二人から睨まれながら私は思わず苦笑を零して。

 それから――そうだな、と首を縦に振った。

 九重は確かに、自分の意思で連邦に帰ることを決めた。けれど、それでも――彼女が完全に納得したなんて、そんなはずはない。

 あんなにもしつこくて、恋愛脳で、悪知恵も回って、いつも人を振り回してばかりの六歳児が。そんなに簡単に、何もかもを諦めきれるはずがない。

 だから彼女は、書いたのだ。「また来年も」、と。

 ほんの小さな、取るに足らないかもしれないものだけれど――未来に向けて、願ったもの。

 それを夢と言わずして、何と言えばいいだろう?


 それに――それだけじゃない。

 私は彼女と、約束をした。一緒にもう一度、オーロラを見ようと。

 ……その約束を果たさずには私も、きっと九重だって、死んでも死にきれない。


「ええと、それってつまり?」

 私の言葉に、呆然とした表情で仲良く揃って首を傾げる三七守と八刀。

 そんな二人に、私は頷きながら告げる。

 ――九重を、迎えに行こうと。


 ……するとその時、彼女たちの後ろから、わいわいと賑やかな声が漏れ聞こえてきた。

 今の今まで気が付かなかったが、よく見ると入り口周りのすりガラスの向こうに、何やら大勢の人影が透けて見える。

「え、なに、どうなったの?」「わかんねッス。ここからじゃあんまり聞こえな――」「ちょっと仁夜、押さないでって!」「あっ、やば……」

 がしゃん、と大きな音とともに、温室庭園の壁の一部がパネルごと外れて倒れた。

 その向こう側から雪崩のようにまろび出てきたのは、三七守と同じように装備を固めた六花と仁花、そしてその後ろで聞き耳を立てていたらしい他の聖女たちだった。

「ふ、ふたりとも大丈夫……!? 怪我とかしてない!?」

 心配そうに駆け寄る三七守に、Vサインを出しながら答えたのは仁夜の下敷きになっていた六花。

「大丈夫、大丈夫! ガラスは割れたけどだいじょーぶ!」

「大丈夫じゃない!」

 もともと立て付けの悪かった扉ごと、入り口周りのガラスパネルが見事に外れてしまっている。ガラスも粉々に割れていたが、奇跡的にふたりとも怪我はなかったようだ。

 脳天気な笑顔を浮かべながら立ち上がる六花に、八刀が呆れ顔で詰め寄る。

「……ねえ六花。貴方たちが押しかけてくると話がこじれそうだから待ってて、って言ったはずだけど」

「いやぁ、話し合いがどうなったか気になって、つい……あのやっちゃん、目が怖い」

 脂汗を垂らす六花を睨んだ後、頭を抱えて大きくため息を吐き出す八刀。

「……ああもう、あの子のお気に入りの場所なのに。帰ってきたあの子に、どう報告すればいいのよ……」

 あいも変わらず苦労性を背負い込んでいる彼女に思わず苦笑しながら、私は言ってやる。

 彼女が帰ってきたら――また皆で、直せばいいと。

 するとそれに同調して、六花が大げさに頷いてみせた。

「そうそう。もともと壊れかけだったし、一回壊したほうがむしろ直すきっかけになるっていうか? そんな感じじゃない?」

「六花。あんたはこれを直すまで、おやつ抜きだから」

「えぇ!?」

「いやぁ、六花ちゃん災難ッスね」

「仁夜。あんたも皆同罪よ」

「えぇ!?」

 揃ってショックを受けてしゃがみ込む二人を無視して、八刀が私に向き直る。

「それはそれとして、先生。確認するけど……私たちは九重を、助け出す。それでいいわね?」

 彼女の言葉に頷こうとして、私はわずかに逡巡する。

 ……それを認めることはすなわち、理由や目的はどうであれ――彼女たちに「戦え」と命ずることと同じ。

 兵器たれと、そう宣告することと変わらない。

 「箱庭」から逃げて、人としての生き方を今まさに始めようとしている彼女たちに、それをさせることがはたして正しいことなのか。そんな疑問がよぎって、けれど。

「また何か余計なこと考えてるんでしょうけど、勘違いはしないで。私たちは、誰に命令されるわけでも、指示されるわけでもない。私たちが、自分の意思で選んで、あの子を迎えに行くの。……だから先生、貴方がそうやって背負い込もうとするのは、筋違いってものよ」

 私の考えを先読みするかのように、びしりと指を突きつけて言い放つ八刀。

 そんな彼女の言葉に、後ろに並んだ聖女たちも皆思い思いに頷いていた。

 私を見つめる、いくつもの青い瞳。

 その視線を受け止めながら、私はやがて、今度こそしっかりと首肯する。


 そんな私に、どこかほっとした様子で頷きながら、八刀は思案げに腕を組んだ。

「……けど、それならそれで色々と考えなくちゃいけないわね。今九重がどこにいるのかとかもだし、そもそもどうやって連邦の連中から助け出すのか――」

 彼女の懸念は、もっともだった。

 今から九重の居場所を特定し、追いついて、恐らくは控えているであろうあの護衛の黒衣たちともやり合わなければならない。

 「箱庭」からの脱出を生き抜いた彼女たちであれば、戦闘力自体は決して引けを取らないだろうが……とはいえ九重の元に辿り着くために、必要な情報がまだ足りていない。

 帝政圏側の協力が得られれば話は別だが、ティーの様子を見る限り、それも――


「お話はまとまったようですね、皆様がた」

 ……そんな思案のさなか。

 聖女たちの後方から声がして視線を向けると、腕を組んでそこに立っていたのは、ティーだった。

 聖女たちをかき分けて、私の方へと歩み寄ってくる彼女。

 珍しくその顔にわずかに呆れたような色を浮かべて――眼鏡をくいと直しながら、彼女は私に一枚の端末を突き出してきた。

「こちらを、お貸しします。アカデミーの一行の現在地情報と、そこまで向かうための移動ルート。ついでに勝手ではありますが、こちら側で奪還作戦のプランも組んであります。情報部の関係各員との連絡も可能ですから、詳細はそちらと打ち合わせて適当にやって頂ければ」

 一方的にそうまくしたてる彼女にしばし圧倒されながらも端末を受け取ると、ちょうど着信が入る。

 頷いたティーに従って応答すると、聞こえてきたのは若い男らしい声だった。

『あー、もしもし。こちらカ……じゃなかった、『エイプリル2』。聞こえてるか? そこのから言われたんでな、今回は俺らがあんたのサポートにつくことになった。よろしく頼むぜ、調律官ウォッチャー

 どこか緊迫感に欠けた明るげな調子で一方的にそうまくし立てると、『また後で落ち合おう』とやはり一方的に通信を切る彼。

 ティーの方を見ると、彼女はどこか冷ややかな表情で首を横に振る。

「記者云々は忘れて下さい。詮無きことです。……それよりも、中の確認を」

 嵐が過ぎ去っていったような心持ちになりながら、私は言われた通り、端末の内容を確認する。

 内蔵されていたのは、彼女の言った通りマイセンたちの詳細な移動経路と、予測される今後の移動パターン、それに各地点への到達予想時刻など……おそらくは彼女の手の者たちがリアルタイムで集積しているであろう情報の数々。

 これがあれば、一気に状況は変わってくる。九重の救出も、より現実味を帯びてくる。

 だが――用は済んだとばかりに踵を返そうとするティーに、私は問う。

 ……なぜ彼女が、協力してくれるのかと。

 こちらに振り返ると、彼女は眉一つ動かさないまま、普段と変わらぬ冷たい口調のままこう告げた。

「帝政圏として見るならば先ほども申し上げた通り、彼女の奪還はむしろ今後の連邦との関係に不和を生みかねない――到底許容すべきものではありません。ですが、それは理屈です」

 緑青色の瞳を煌めかせて、ティーは私に向かってずいとにじり寄る。

「いつぞやも申し上げた通り、私はあくまで第一皇帝……この帝政圏の宗主である我が帝の勅命によって動いております。そしてそれは、議会の中で平均化されたとは似ていて非なるもの。つまり」

 そう区切ると、彼女は私の鼻先に向かってその右拳を突きつけて――こう続けた。

「『思う存分、ブチかませ』と。我が主はそうおっしゃいました。……理由はそれだけで、十分でしょう」

 そんな彼女の言葉に、やや呆気にとられながらも頷いて。

 そんな私の隣で八刀が、皆に向かって檄を飛ばす。

「さあ。そうと決まったら、さっさと動き始めるわよ。……私たちの力で、九重をあっと言わせてやりましょう!」


 ――。

 聖女たちが庭園を後にした後。同じく立ち去ろうとしていたティーを、私は呼び止めた。

 すぐにその意図を理解したらしく、聖女たちの姿がないことを確認するとすぐに「なんでしょう」と問うてくる彼女。

 いくつかのことを耳打ちすると――わずかに目を見開いた後、彼女は露骨に眉をひそめた。

「なるほど、確かにそうすれば目下の問題はほとんど解決するでしょう。ですが、それは……、貴方は?」

 そんなはずがない。だが今は他に、やりようもない。

 首を横に振る私を呆れ混じりに睨んだ後、ティーは肩をすくめて静かに息を吐く。

「……まあ、貴方がそう言うのであれば、我々としても受け入れない理由はありません。いいでしょう、引き受けましょう」

 やや不承不承な様子でそう言い捨てて去っていく彼女を見送った後、私は一人、ティーテーブルに座って空を仰ぐ。


 ああ、そうだろう。きっと今選ぼうとしているそれは――ひどく不格好で不出来で、おそらく今考えうる限りの最低の選択肢。彼女たちに対する、大いなる裏切りだ。

 ……けれど、それでも私は、やらなければいけない。

 私がまだここに、在るうちに。

 私はもう一度――彼女たちをとして、仕立て上げなければいけないのだ。

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