■4――最後の聖女 その2
■
やはり体調の思わしくない九重を休ませるよう、ティーに任せた後――私と八刀は皆を食堂に集めることにした。
幸い休日であったこともあり、集まるのにそう時間は掛からなかった。何よりも八刀が「皆に関わる重要なこと」と言って集めたのも大きかったろう。
声をかけ始めてから十五分ほどで、食堂には今この孤児院にいる全ての聖女たちの姿が並んでいた。
皆を見回しながら、私に代わってことの経緯を話す八刀。彼女には、詳しい事情は皆を集める間の少しの時間で伝えただけだったが――今この状況では、私はちゃんと、ありのままに事実を伝えることができるとも思えなかった。
連邦が、まだ聖女を諦めていないこと。
彼らは九重の引き渡しを要求していて、従わないなら他の聖女たちに危険が及ぶかもしれないということ。
そして――その要求を、九重本人は受け入れようとしていること。
「……そんなの、ぜったいありえないんだけど」
ひととおりの説明を受けた後、真っ先に声を上げたのは年少の聖女、陸九だった。
そうだそうだ、と口々に言う小さな聖女たちに囲まれて、不服げな様子で唇を尖らせながら、彼女は私の方を見てぶんぶんと首を横に振る。
「わたしたちだって聖女だし。九重に守られるだけって、なんかすっごくむかつく!」
「むかつくって、陸九ちゃん……言い方がとげとげしてるよ」
「じゃあやちよんはそれでいいの!?」
「それは……その」
陸九の剣幕に圧される八千代。そんな二人の口論を、近くの三七守が仲裁しようとして――しかしその前に、別の方向から声が上がった。
「よくない、と言うのは簡単だけど、それならこれから、ぼくたちはどうすればいい?」
手を挙げてそう質問を発したのはA-043「
「状況が八刀先輩の言ったとおりだとするなら、明後日までに何かしらの手を講じないと、連中は何か仕掛けてくるってことになる。……そうしたらまた、この中の誰かが死ぬかもしれない。いや、それだけじゃない――帝政圏としても九重先輩の引き渡しを検討しているなら、それをぼくたちが拒んだら最悪帝政圏とも対立することになる。そうなれば、ここにだって住めなくなるかも」
「住めなく……それってどうなっちゃうの!? もしかしてあたしたちまた流浪の民っちゃう!? 激ヤバ感じゃない!?」
「君の言語センスは大概意味が分からないけど、まあ多分激ヤバだと思うよ」
表情豊かにリアクションするA-051「
そんなやり取りの中、すっくと手を挙げた者がまた一人。
「いいこと考えたッス!」
背の高い、少年のように髪の毛をショートでまとめた赤毛の少女。A-024「
「そのナントカって連邦のヤツのところに乗り込んでいって、ぶん殴る。これで全部解決ッス!」
「話がこじれるだけでしょうが」
「えー、ダメッスかね」
「ダメに決まってるわよ。向こうは連邦の使節団の一員として来てるのよ。そんなことしたら国際問題……というか、最悪この停戦自体が白紙になるかもしれないわ」
呆れ顔でたしなめる八刀に、「そっかぁ……」と残念そうに挙げた手を引っ込める仁夜。
良くも悪くも直情傾向なきらいのある彼女らしいアイデアと言えたが、とはいえ今回はそう話を単純化するわけにもいかない。
「……でも、やっぱり。九重先輩が一人で犠牲になるなんて、そんなの――嫌だよ」
ややあってそう呟いたのは、四詠に問い詰められた後しゅんと項垂れていた三七守だった。
そんな彼女の言葉を受けて、四詠はその鋭い目で三七守を見返しながら口を開く。
「……当たり前だよ。ぼくだって、そんなの――九重先輩がいなくなるなんて、そんなことを許容するなんて、嫌だ。だけど今は……皆を守るためにはそれしかないって、あの九重先輩自身がそう思ったんだ。なら――」
拳をぎゅっと握りしめながら、そう告げる四詠。
「箱庭」にいた頃から、彼女は九重の熱心な信奉者だった。
兵器として、聖女としてこの上なく正しいあり方を保ち続けた九重という聖女。そんな彼女に、生真面目な彼女はただまっすぐに憧れていたのだ。
だからこそ、だろう。彼女はその九重の判断と、自分の願いとが相反していることに葛藤しているのだ。
四詠の、そんな引き絞るような言葉に。
眼帯で覆われた右目を撫でながら、三七守は言葉を選ぶようにして、静かに首を振る。
「わたしも、九重先輩の気持ちは、分かると思う。……わたしもあの時、そう思ってたから。自分が犠牲になって皆が助けられるなら、それでいいって思ってたから。けど――やっぱり、こんなのは間違ってる。わたしたちはもう、誰もいなくなっちゃダメなんだよ」
いつになく落ち着いた声で、そう告げて。
首元のマフラーをぎゅっと握りながら、三七守はさらに言葉を重ねていく。
「たしかに、九重先輩はすごいけど。だけどわたしたち皆が一緒になって考えれば、九重先輩が思いつかなかったような答えだって、見つかるかもしれない。……ううん、絶対に見つけられるよ。だってわたしたちは、18人もいるんだもの」
そう告げてぎこちなく微笑む三七守に、四詠ははっとした顔で言葉を喪い。
そんないくばくかの沈黙を、三七守の隣にいた六花が元気な声を上げて破る。
「よみちゃんは頭いーから色々考えちゃうかもしれないけど。そんなに考えなくても、多分なんとかなるって。なんせ私たちは聖女なんだからさ」
「貴方はもうちょっと色々考えた方がいいと思うけど」
「やっちゃん今そういうこと言う!?」
そんな八刀と六花の気の抜けたやりとりに、くすくすと笑い声が上がって。
柔らかくなった空気の中で、三七守が皆を見回して告げる。
「とにかく、考えよう。九重先輩が行かなくて済む、そんな方法を」
彼女の言葉をきっかけに、あちらこちらから手が挙がり始めた。
「身代わりで誰かが行って、適当なところで逃げてくるとか。私の秘蹟ならセンパイに化けられるし――」
「
「うぐ……まあ、そうだけどぉ」
「あ、あの……こ、ここのえさんが死んだってことにするとか……」
「縁起悪くない? でもアリといえばアリかも……」
「やっぱり連邦の奴ら一発ぶん殴るのがいいッスよ!」
「あんたはそればっかね」
わいわいと、あれこれ話し合いを始める聖女たち。
どうすれば九重を守ることができるのか。ただそれを、彼女たちはひたすらに考えていた。
もう、誰一人欠けないために。
その願いはきっと、あの「箱庭」にいた日々で。そして「箱庭」が壊れたあの時に、たくさんのものを喪ってきた彼女たちだからこそ――より強く、抱くものなのだろう。
彼女たちは、私が思っているよりもよほど、成長している。
こんな世界にあってなお、自分たちの力で、暗闇を切り開こうとしている。
そんな、彼女たちならば、もう――
「ねえ先生。先生は、どうすればいいと思う?」
不意にそう振られて、私はなにかを、喋ろうとして。
しかし、そんな時だった。今自分が何を言おうとしていたのかが浮かんでこずに、私は思わず固まってしまった。
「先生?」
すまない、と謝ろうとして、けれど喉がその言葉を吐き出すよりも早く――まず襲ってきたのは違和感で。
その次の瞬間、視界がひどくゆっくりと傾いて、体全体に衝撃を感じるのと同時にどさり、という音。
マイセンたちとの戦闘で頸を折られた時と同じように、全身の感覚がひどくあやふやで、頼りない。
だから私は――自分が倒れていたらしいことにすら、しばらく気付かなかった。
「……先生!?」
真っ先に叫んだのは、おそらく八刀。おそらく、というのは単に、うつ伏せに倒れたまま顔を動かすことすらままならなかったからだ。
全身が朦朧としていて、世界との繋がりを、ひどく曖昧にしか感じられない。
以前にも一度、感じたことのある感覚。あの雪の山で――A-099に殺されそうになった時と、同じような。
私を呼ぶ、聖女たちの悲鳴。
それをどこか他人事のように聞きながら――私の意識はそのまま、引きずり込まれるように、暗がりの中に沈んでいった。
■
――目を開けると、そこは真っ暗だった。
四方を闇が覆い隠した、静かで暗い場所。
見覚えはないはずだけれど、私はその場所を、よく知っているような気がした。
ゆっくりと、手を伸ばして辺りを探ろうとする。
闇が蠢くばかりで、どこまで指先が伸びているのかも定かではない。私という個が、そこに実在するのかどうかすら曖昧な空間。
だから――私が感じたのは、猛烈な寂しさだった。
胸を締め付け抉るような、居ても立っても居られないような猛烈な寂寥で、たまらず私は慟哭する。
誰か、私を見つけてくれ。
誰か、私に触れてくれ。
誰か、私の叫び声を聞いてくれ。
私を――一人に、しないで。
そうしてどのくらい、叫び続けていただろう。
不意に――伸ばしていた手の先に、触れたことのないような温かなものが感じられて、私はそれを見る。
そこにいたのは、一人の少女だった。
くすんだ金の髪に、漆黒色のドレス。蒼銀色の瞳がはまったその顔立ちはまだあどけないが、一方でどこか芯の強さのようなものを感じさせた。
――お願い。
私以外の声が響いて、初めて世界の風景が変わる。
薄暗いのは変わらない、けれど実体のある場所。蛍光灯の明かりで照らされた、そう広くはない倉庫のような空間。
私の前に座り込んだ少女は、私の手を握ったまま、静かに呟く。
――お願い。どうか、あの子たちを――私の代わりに、助けてあげて。
それはひどく、懐かしさを感じる情景。身に覚えもないはずなのに、何度も何度も胸に刻み続けてきたかのような奇妙な既視感。
そうしているうちに、彼女の姿がだんだんとおぼろげになって、かき消えていく。
たまらず手を伸ばそうとして、けれど不思議と、その手は届かない。
私はそれを、知っていた。
この手が二度と、彼女に届くことがないことを知っていた。
伸ばした自分の手を、初めて私は認識する。
そこにあったのは、闇。
不定形で曖昧な、闇と混沌とのまざりもの。
その認識で、ようやく私は、私というものを理解する。
……ああそうか。これは、私ではなくて――
■
目を覚ますと、見知った天井が視界に入ってきた。
孤児院での、私の自室。普段は夜寝る時くらいしか使わない、家具といえばベッドとクローゼット、あとは簡素な丸机くらいしか置かれていない我ながら殺風景な部屋。
ベッドの上に横たわっていた私は、まだぼんやりする頭のまま身を起こそうとして――するとその時横合いから、声が降ってきた。
「まだ寝てたほうがいいですよ、先生」
顔を向けると、ベッド脇に座っていたのは九重だった。
これはどういう状況だろうか。まだはっきりしない意識のまま、思い出そうとする私に――先回りするように彼女が口を開いた。
「先生、皆の前で倒れたそうです。八刀さんと六花さんがこちらに連れてきてくれたので、私が看病を」
ようやく流れを飲み込んで、私は彼女に体調を尋ね返す。私よりも、彼女の方が今は重症のはずだ。
「もう、先生ってば心配性が過ぎます。嬉しいですけど。……大丈夫です、ちょっと寝たらだいぶ体は楽になりました。今日のデートが楽しすぎて、ちょっとはしゃぎ疲れただけです」
そう言っていつもどおりにゆるゆると笑うと、彼女は私の右手にそっと自分のそれを重ねながら、ぽつりと呟く。
「……私なんかのことより、先生です。先生は――大丈夫、なんですか?」
こちらの顔を覗き込んで、不安げにそう問うてくる彼女。そんな彼女に、私も同じように返す。
色々なことがあったから、疲れが溜まっていたのだと。そんな私の説明に、九重は肩をすくめて、大きなため息を吐き出した。
「……もう。先生は、顔に出さないくせに頑張りやさん過ぎるんです。先生が倒れたって聞いて、本当に……本当に、心配したんですからね」
いつものように軽口を交えることもなくそう告げた彼女に謝罪しながら、彼女の様子を伺う。
……反応を見るに、どうやら八刀は真実を伏せたままにしてくれているようだった。
体の痛みなどのないことを確認しながらベッドを出ようとする私を、けれど九重がそっと押し止めた。
「まだ、安静にしていてください……って、先生はいつもそう言うでしょう?」
いたずらっぽくそう告げる彼女。大丈夫だと主張するも一向に「ダメです」と言うので、仕方無しに私はベッドの上で身を起こしたまま肩をすくめる。
そんな私をじっと見つめたまま、九重が再び口を開いた。
「……ねえ先生。久々に、ちょっとお話しましょう?」
今はそれよりも、彼女を守る方法を考えたい――そう思いこそしたが、けれどそうは言い出せない、有無を言わせぬ雰囲気が感じられた。
大人しく頷く私に、九重は言葉を続ける。
「……さっき、私が連邦に行くって皆に言ったら、大反対されちゃいました。皆、肝心なところで頑固なんですから困っちゃいますよね」
ぼやく九重に、それはお前も同じだと言ってやる。「そんなことないです」と唇を尖らせた後、彼女は微笑を浮かべた。
「まあ仮に私が頑固だとしたら。それはきっと、先生の頑固さがうつったんじゃないかと」
頑固なつもりは、ないのだが。そう否定すると、「頑固ですよ、先生は」――そう呟いて九重は、静かに続けた。
「ねえ、先生」
海のような深い青色の瞳が、月明かりに照らされて静かに煌めく。
「先生、何か、隠し事――してますよね」
そんな彼女の問いかけに、私は、答えなかった。
無音の夜。彼女と視線を合わせないまま、沈黙を貫く私に――やがて九重はくすりと苦笑をこぼす。
「……もう、否定してくださればいいのに。先生は本当に、嘘をついたりするのが下手ですよね」
穏やかな表情でそう言う彼女。答える代わりに私は、なぜそう思うのかと問う。
「それは勿論、愛の力ですよ。好きな人のことは、つい目で追っちゃうものですから――ほんのちょっとの変化でも、分かってしまうのです」
恥ずかしげもなく恥ずかしいセリフを吐いた後、彼女はほんの少しだけ、私の手を握る力を強くして続けた。
「……別に、先生が何かを隠していても、私はあえて追及はしません。きっと先生にも、何かお考えがあってのことでしょうから。……でも」
彼女の手が、仮面を撫でる。
「先生が何か、一人で抱え込んで。一人で無理をしようとしているなら――それは見過ごせません」
そう言って真っ直ぐに見つめてくる、その双眸。
思わず目をそらそうとして、けれどそうすることも躊躇われて、私はただじっと彼女と見つめ合い――やがて一言だけ、謝罪の言葉を返す。
それしか、今の私にはできなかった。
「……ほら。やっぱり頑固なんですから、先生は」
そう呟いてため息を吐きながら、九重はその場でゆっくりと、椅子から立ち上がった。
立て掛けてあった杖をとり、窓辺へと数歩歩いて。
「ねえ、先生。代わりに、と言っては変ですけれど……ひとつ、私のお願いを聞いて下さいますか?」
背を向けたままそう告げた彼女に、何かと問う。
すると、ほんの少しばかりの間の後。
「……その。私と一緒に、寝てくれませんか?」
彼女にしては珍しく、歯切れの悪いそんな呟きに、私は特に何も考えず、了承を返す。
すると彼女はちらちらとこちらを伺いながら、続けてこう呟いた。
「…………じゃあ、その。少しだけ、私がいいって言うまで、こっちを見ないで頂けますか」
奇妙な頼み事だったが、それもまた了解して、私は壁の方へと顔を向ける。
ぱさり、ぱさりとわずかに聞こえる衣擦れの音に違和感を覚えていると、やがて「大丈夫です」と九重の声。
視線を戻してみると――そこには下着姿になった彼女の姿があった。
突然のことに、私は何も考えられずにただ彼女をじっと注視する。
真っ白で、ほっそりとした体躯。胸元や腰つきは多少女性的な膨らみと丸みとを帯びてはいるが、「箱庭」にいた頃からそう成長もしていない。
着用している下着は真っ白で、月光に照らされてわずかに青みがかった色味を見せる。
デザインとしては簡素すぎも派手すぎもせず、ワンポイントに可愛らしいレースやリボンなどのあしらわれた上品なそれ。「箱庭」にいた頃は皆支給品の飾り気ないインナーであったから、きっとこちらに来てから手に入れたものなのだろう。
「……もう、先生。見すぎです」
照れるようなその声で、ようやく我に返る。真っ白な頬を上気させた九重が、半眼でこちらを見つめていた。
かつ、と杖の鳴る音。ゆっくりと近づいてきて、彼女が私のベッドの上に乗る。
ベッドを軋ませながら、横たわる私に馬乗りになるような格好でしばらく私を見下ろした後――決心したように、ぐいとその身をぎこちなく寄せてくる。
シャツ越しに伝わる、彼女の体温。それは温かな、命の証左。
ふるふると、わずかに震える彼女の体を――私は無意識に、抱きしめていた。
ほっそりとした、折れてしまいそうな体躯。こわれものを扱うように慎重に、慎重に抱きしめてやると、「ひゃっ」と彼女が声を上げた。
我に返って謝る私に、彼女は慌てた様子で首を横に振る。
「だ、大丈夫です……ただ、先生が意外にも積極的で、びっくりして」
おっかなびっくり、しばらくもぞもぞとした後。いい位置に落ち着いたのか、腕の中で彼女は小さく息を吐く。
「……ふふ、先生、あったかいです」
楽しげに呟く彼女をじっと見つめながら。やがて私は、彼女を抱きしめたまま問う。
どうして急に、こんなことをしたのかと。
そんな質問に――彼女は困ったような笑みを浮かべて口を開いた。
「だって、これがきっと最後のチャンスですもの」
どういう意味だ、と。答えは分かりきっているのに、そう訊ねずにはいられなかった。
そんな私にもう一度微笑むと、彼女は私の胸元に顔を埋めながら、静かに呟く。
「先生。もうひとつだけ、私のわがままを聞いてもらっても?」
聞くだけなら。そう答えると、「それでもいいです」と笑って彼女は言う。
「私を、連邦に返却してください」
どうしてだ――と。そんな私の問いかけに、「わかってるくせに」と彼女。
「さっきも、言ったじゃないですか。連邦は私を欲しがっていて、私が行けば、何もかもが丸く収まる。ならそうするのが、一番いい。それに」
言いながら、彼女はその右手の指を、私の左手に絡めて握る。
ひどく、弱々しい力。思わず握り返すと、彼女は幸せそうに微笑んで――目を閉じながら、言葉を継ぐ。
「自分のことだから、分かるんです。私にはもう……先なんてないって。だけどあの子たちは違う。あの子たちには、まだまだ先がある。叶えられる夢も、たくさんある。だから私はどんな手を使ってでも……それを守ってあげたい。私には――ただの兵器でしかない私には、それくらいしか、できないから」
そんなことはない、と首を横に振る私に、困ったように笑いながら九重は目を伏せる。
「そんなこと、ありますよ。だって私はそういうふうに生まれて、そういうふうに生きてきたんですから。まだ兵器として未完成だったあの子たちと違って、私はもうとっくに、完成され切っている。だから……だからもう、夢を見るのは、ここでおしまい。『九重』ではなく、『A-009』として、最後の
静かに、けれど有無を言わせぬ口調でそう告げると。
何か言おうとする私の目の前に――彼女の顔が近づいてきて、わずかに触れた。
「……ふふ。これで私も、キス経験済みです」
そう言って照れ隠しのように微笑むと、彼女は再びぎゅっと私に体を寄せる。
「ねえ先生。今日は……私のこと、寝かさないで下さいね?」
馬鹿なことを言うなと返しながら、私も彼女の体を抱いたまま、その温度を感じ続けてゆっくりと目を閉じる。
ひとつになって混ざり合うような、命同士の触れ合い。
お互いに、お互いがまだ生きていることを、抱き合ったままに感じ続けて。
それから私が再び目を覚ましたのは、およそ一日が過ぎたころ。
朝の光が差し込む中――抱きしめていたはずの温もりは、もうそこには、いなかった。
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