カクヨム限定特別サイドエピソード
■ex file:インソムニア-XⅥ(1)
◆
――記録番号1942-**-**。
「まーた、あの二人ったら!」
穏やかな日差しが差し込む、「箱庭」の温室庭園。
どうやら時間割では次の時間は実技訓練らしい。いつもの制服ではない運動着姿で、剣幕も荒く入ってきたのはA-008、「
「おや、八刀さんこんにちは」
そんな彼女とは対照的に、のんびりとした様子で中央のティーテーブルに腰掛けていたのは桜色の髪の少女、A-009「
既に戦場に出ており、大規模な実践訓練などでの教導を除いて訓練や座学を免除されている九重は、こうして他の聖女たちが訓練に励んでいる時間もこの温室庭園にいることが多かった。
「どうしました? なんだか随分と、慌ただしそうですね」
そんな九重の問いに、言われた八刀はというと若干殺気立った視線を庭園のいたるところへと向けながら彼女と――そして隣で診察記録を記載していた私にも問う。
「ねえふたりとも。
……その質問だけで、彼女の苛立ちの理由を察するには十分すぎた。
隣の九重を見ると、彼女も何やら得心した様子で二、三頷いて、
「またあのお二人が消えたんですね」
なんて、苦笑交じりに呟く。
「そうなのよ! んもう、毎日毎日毎日毎日……目を離した隙にすぐ二人していなくなって! 守衛官から探してこいって言われる私の身にもなりなさいよ!」
頭を抱えながら叫ぶ八刀の様子を見るに、相当ストレスが溜まりに溜まっているらしい。
現在訓練過程中の聖女の中でも最年長の彼女。もともとの責任感の強さから、何かと下の聖女たちの面倒を抱え込むことも多いのだが――その中でも例の二人は格別らしい。
「あいにくと、こちらでは見ていませんよ。他をあたっては」
「そう……ありがとう、九重。あんの二人……見つけたら今日という今日は許さないんだから。ふふふふふふ、グラウンド何周走らせてやろうかしら…………」
などと眼鏡を怪しく光らせながらキレ気味の笑顔を浮かべて立ち去っていく八刀を見送りつつ、近々一度ストレスチェックをしてやった方がいいかもしれない――などと考えていると、隣の九重が苦笑をこぼす。
「いやぁ、あのお二人は本当に自由気ままですよね。……昔はこんなにフリーダムじゃなかったんですけどねぇ、少なくとも一七葉の方は」
そんな彼女の言を、私は少なからず意外に思って問う。すると九重は「ああ」と訳知り顔で笑ってみせた。
「そう言えば先生は、以前のあの子たちを知らなかったんですよね。……私が言うのもなんですが、だいぶ変わったと思いますよ、二人とも。一六矢さんもですけど、一七葉さんは特にね。あの子、昔はもっと肩肘張ってましたから。ちょっと前の八刀さんみたいに」
八刀さんには言わないでくださいね、と笑いながら告げて紅茶をすする九重を横目に、私は端末で記録を開く。
A-016「一六矢」並びにA-017「一七葉」。よくペアを組んでつるんでいる二人で、ついでに言えばだいたいいつも一緒にサボって授業や訓練のボイコットに勤しんでいる、「箱庭」一の問題児たち。
しかも何が厄介かと言えば――この二人、これだけ色々とサボりにサボっているにもかかわらず、困ったことにと言うべきかなんなのか、実技・座学ともに成績自体はかなり優秀なのだ。
……そんなこの、二人組。どちらも問題児は問題児なのだが、とはいえ見ている限りでは性格はかなり相反している。
のんびり屋で、授業中でもだいたいが睡眠学習と化している一七葉。一方で、出席自体は一七葉同様に稀なものの出てきた時にはしっかりとそつなく授業や訓練をこなしている一六矢。
今の二人を見ている限りだと――九重の言ったことは少し、ピンとこない。そんな思考が態度から透けていたのか、九重はくすりと笑って呟く。
「いやぁ、先生。騙されてはいけませんよ。……一六矢さん。彼女はああ見えてかなり――とんでもない曲者ですから」
とんでもない曲者。この九重をしてそう言わしめるとは、相当のものらしい。
「……今先生、私のこと考えてました?」
ああそうだ、と返すと、何やらにまにまと嬉しがる九重。
何を考えていたかまでは、言わぬが花というものだろう。
――。
それと時を同じくして、「箱庭」某所の雑木林。
造り物の木々がこんもりと生い茂る中――そのうちのとびきりに枝ぶりの良い一本のその枝に大きなハンモックが一つ、吊り下げられていた。
背の高い大樹の枝。普段であれば誰もこんな場所で上を見上げることもないだろう――それゆえにか、全く警戒心もなしにそこでは、二人の少女がだらしなく横になっている。
「いやぁ、今日も風がきもちいーデス」
そう言ってだらんとした笑顔を浮かべながらぷらぷら揺れているのが一七葉。ふんわりとした金髪の、どこか大型犬を思わせる呑気な雰囲気の少女。そして、
「ちょっと一七葉、もう少し詰めなさい。ただでさえ図体がでかいのですから、邪魔ですわ!」
……と、ぶつくさ文句を言いながら彼女と揉み合っている、すらりとした体躯の少女が一六矢である。
やいのやいのと言い合いながら二人でハンモックに揺られているのは、もはや彼女たちにとっては日常的な光景であった。……たとえそれが、訓練の時間の真っ最中であろうがお構いなしにだ。
よく晴れた青い空を見上げながら、一七葉はゆるんだ表情で吐息混じりに呟く。
「ほぇぁ~~。今日も良い天気デス」
「当たり前でしょう、そういう風にプログラムされた偽物の空なんですから」
気化型ホロ・スクリーンが展開された欺瞞の空。そこに曇り空は存在しない。あるのはどこまでも人為的な、嘘くさい青空だけだ。
「イムヤは細かいデス」
「貴方が大雑把過ぎるんです。……ああこら、その無駄に長い手足を伸ばすんじゃありません、人を蹴落とす気ですか!」
自由気ままに伸びをする一七葉を邪魔くさそうに押しのけようとする一六矢。そのさまはまるで、大型犬と猫が日向ぼっこしているようでもあった。
「こうしてると、昔のこと、思い出すデスね」
涼やかな風が吹き抜けるのを目を細めながら感じて、遠く聞こえる聖女たちの喧騒を尻目にぽつりと一七葉が呟いた。
「昔?」
「イムヤと初めて出会った時のこと、デス」
どこか懐かしげにそう告げる彼女を、しかし一六矢は胡散臭げに見つめる。
「なんですの、藪から棒に。貴方に回想なんて似合いませんわ、そんな繊細なキャラでしたか」
「むー、イムヤはワタシのことなんだと思ってるデス」
「駄犬」
「ひっどい即答デスね……」
しゅーんとした後、しかしすぐにそんなこと忘れた様子で「ふにゃあ」と伸びをする一七葉。そんな彼女を横目に、小さくため息を吐いたのは一六矢だった。
「ま、確かに昔の貴方は今よりかは色々と考えていたかもしれませんわね。どちらかと言えば余計なことばかりって感じでしたけれど。ねえ、一七葉――」
そう言いながら隣を一瞥して。しかし何ということだろう、既に一七葉はすやすやと寝息を立てて眠りこけていた。
そんな彼女を呆れた顔で見つめて、もう一度ため息ひとつ、一六矢は肩をすくめて自分も寝転ぶ。
「……全く、この子ときたら本当に、今も昔も、寝顔だけは変わりませんこと」
そう呟きながら、一六矢もまた目を閉じる。
一七葉があんなことを言ったからだろうか、ゆらゆらと不確かな意識の中――夢の代わりに思い出すのは、かつてのこと。
彼女と出会った、あの日のことだ。
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