■3──識別コードA‐037・060(5)


    ■


 ──通信記録、再生開始。

 <<「管理官コントロール」より「調律官ウオツチヤー」へ。定期報告を。

 >>「調律官ウオツチヤー」より「管理官コントロール」へ。プロトコル108は現在進行中。しかしながらターゲットの警戒が強度であり、実行には至っていない。

 <<……「管理官コントロール」より「調律官ウオツチヤー」へ。早急な処理を要求すると再三通達した。これ以上の遅延が認められた場合、作戦要員の変更も考慮される。

 >>「調律官ウオツチヤー」より「管理官コントロール」へ。……その必要は、ない。

 <<……「管理官コントロール」より「調律官ウオツチヤー」へ。プロトコル108の詳細は委員会クラスで決定されている。貴官に作戦内容への異議申し立て権限はない。

 >>「管理官コントロール」──。

 <<……引き続き、貴官の速やかな目標の達成を期待する。通信終了オーバー

 >>……通信終了アウト

 ──通信記録終了。


    ■


 十一月二十日。今日はもりは来なかった。

 いな、正確に言えば──一度は来たのだが、私が追い返したと言うべきか。というのも、今日は休憩室に先客がいたからだ。


「……うーん、なかなか難しいなぁ、編み物って」

 休憩室の机に身を乗り出すようにして棒針を動かす彼女──りつを前に、私は仮面の奥で嘆息する。

 どうしてこうなったのか……と言えば、事の起こりは二日前。

「内緒の相談があるの!」と、内緒という単語の意味を調べ直せと言いたくなるほどのはつらつとした声で叫びながら医務室に飛び込んできた彼女はそのままの勢いで私をつかまえて休憩室へと引きずり込み、半ば一方的に「相談」とやらを始めた。

 いわく、もりとケンカしてしまって気まずいから、仲直りのために内緒でプレゼントを用意したい。何かいい案はないか……という、どこかで聞いたような話。

 そしてさらに。丁度近くに置いてあったもり用の編み物セットを見つけた彼女が思いついたのが──

「……新しいマフラー、みーちゃん喜んでくれるかなぁ」

 編みかけのワインレッド色のマフラーを広げながら、わくわくとした様子でつぶやりつ

 ……まあ、なんというか。しくもそういうことに、なってしまったのである。


 もりに比べて幸い彼女の方はこういった細かな作業が得意らしく、普段の大雑把な振る舞いとは裏腹に仕事が早い。

 てきぱきと進めていくうちに、ほどなくしてもりの進捗とそう変わらないくらいまで出来上がっていた。大したものである。

「もうすぐせいせいせつだもんね。それまでにはみーちゃんと仲直りしたいし、気合い入れてやらなきゃだよ!」

 そう息巻いて手を動かす彼女に、張り切ってるな、と言葉を漏らす。

 するとりつ向日葵ひまわりが咲いたような笑みを浮かべて、大きくうなずいてみせる。

「そりゃもう! ……何せみーちゃんにはいつも、助けてもらってるからね」

 鼻息荒くそんなことを言うりつに、なんとなく、意外さを感じて。

 さらに何かを言おうとしたところで──私は彼女の手元に気付く。

 はさみを使う時にでも傷付けたのだろうか。彼女の人差し指の腹のあたりがぱっくりと割れて、鮮血がしたたっていたのだ。

 私が指摘すると、彼女は不思議そうに指を見た後その顔に驚きを浮かべる。

「わわわ、気付かなかった」

 ……聖痕ステイグマ症候群に伴う、表在感覚の喪失。それによって彼女は、痛覚を感じることがない。

 それは兵士としては一見利点のようでもあるが──けれどやはり、欠落だ。

 痛覚がない。

 それはつまり、自身に迫る危険に対して鈍感であることに他ならないからだ。


 作業を中断させて指のの処置を行っていると──りつがぽつりと、口を開いた。

「前にも、こんなことあったなぁ」

 なつかしそうに微笑を浮かべてつぶやく彼女に、何のことかと問う。

「あ、うん。先生が来るよりもっと前の話……っていうか、もっともっと前。私とみーちゃんがまだこうしようにいた頃に、似たようなことがあって」

 製造間もない聖女たちはまず、生まれたこうしようで二年ほどの間は成長促進剤による肉体構築と各種基礎検査、そして基本訓練課程を受けることになる。

 ……そうした一連の選定を経た上で、彼女たちは「箱庭」へと送られるのだ。

「私さ、出来損ないだったんだよね。こうしようの基本訓練課程ではいっつも最下位でさ。せきの使い方も、あの頃はまだよく分かってなくて──そんなもんだから、すぐに『廃棄物スクラツプ』に入れられちゃったの」

「廃棄物」。せきを保有していなかった、あるいは保有するせきに有用性をいだされなかった聖女はそう呼ばれてしゆんべつされ──廃棄処分となる。

 ……つまりは、失敗作としてのだ。

 現在製造されている聖女──正確に言えばその製造番号は、098まで。つまり今現在までの間に九十八体の聖女が造られたことになる。

 しかし今、この箱庭に所属しているのは三十五体。過去に病没した個体、現在こうしよう預かりになっている個体を勘定に入れても──およそ三分の一ほどは「廃棄物」として、されるに至ったのだ。

「……『加速』のせき。この力ってさ、とっても怖い力なんだよね。せきで動作の速度を上げることができても、それに体が追いついてくるわけじゃない。ひょっとしたら加減を間違えて、いきなり体中バラバラになっちゃうかもしれない。……だから、あの頃の私はそれが怖くて、せきを使えずにいた」

 ばんそうこうを巻き終わった指を雑につつきながら、りつは続ける。

「でも、『廃棄物』の候補になって。後がなくなった私は──ある日の模擬戦で、力を使うことにした。私が有用だってことを証明しなきゃいけなかったから、出せる限りの速度を出そうとして……それで、力を暴走させた」

 静かな表情でそう告げると、彼女はぎゅっと、拳を握る。

「馬鹿みたいでさ。速さに体がついていけなくて、そのまま壁に激突しそうになって──そんな時、みーちゃんが助けてくれたの。そばで見ていたみーちゃんが『絶対防御』のせきで私を守ってくれたお陰で、壁にぶつかってぺしゃんこ──なんてことにはならずに済んで、こんな風に指にちょっとをしたくらいで済んだんだ。……まあ、代わりに壁に大穴開けちゃったのはすごく怒られたけどね」

 なつかしげに目を閉じて、頬を緩めるりつ

「……ともあれそれ以降、私のせきにも利用価値があるって思われたらしくてひとまず私の処分は保留になった。みーちゃんは模擬戦でいつも私と組んでくれるようになって、どうやって力を使えばいいのかとか、色んなことを教えてくれた。……いつも、私の手を引っ張っていってくれたんだ」

 そう告げる彼女の言葉に、私はやや意外なものを感じる。

 いつもりつの後ろに隠れている印象のあるもりに、そんな一面があったとは──それは私の知らないもりの姿だった。

「あはは、確かにね。みーちゃん、人見知りするところがあるから。……でも、今のみーちゃんもおんなじだよ。今もずっと、みーちゃんはみーちゃんだよ」

 そう言って、彼女はわずかにその表情を陰らせる。

「……今回のケンカもね。私が、悪かったんだ。模擬戦で、調子に乗ってまた速度を上げすぎて──前に出過ぎたのをみーちゃんにたしなめられて。なのに私ってば、『みーちゃんはずっと後ろで隠れてればいい』なんて、売り言葉に買い言葉で言っちゃってさ──それからずっと、なんか気まずくて」

 ああもう、私の馬鹿、とつぶやいて大きなため息を吐き出すりつ

 そんな彼女を前にして、口にはしなかったが。

 ……少なくとも仲直りはそう遠くないだろうと、私は予感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る