■3──識別コードA‐037・060(4)


    ■


 さて、そんな調子で日々は緩慢に過ぎていく。

 最近は聖女たちの訓練の予定も穴が多いようで、強情を張っていたもなんだかんだでよく休憩室に来てはもりを教えている様子。

 十一月も終わりが近付いて、いよいよ冬の到来も本格的になってきた頃合い。

 久方ぶりの出撃を終えたここのが帰ってきたのは、そんなある日のことだった。


──。

「そういえば」

 月下の鳥籠、造花の庭園。

 帰還後のルーチンとなっている診察を一通り終えると、ここのは世間話でも始めるような調子で口を開いた。

「もうすぐ、せいせいせつのお祝いの時期ですね」

 端末に診察記録を入力しながら、私は記憶を巡らせる。せいせいせつ。毎年十二月二十五日に行われる伝統行事の一種だ。

 あいにくと神学にはうといために細かい由来は忘れたが、確か──人類が生まれるはるか以前。世界創世を行った聖人が遠い星からこの地に降り立ったのがこの日だったとか。

 それを記念してか、はたまた単なる乱痴気騒ぎの口実か。最近ではもっぱら後者になっているが、ともあれこの日は祝い事の日とされており、この「箱庭」でも、ごくささやかではあるが毎年パーティが催されているらしい。

「いつもは私が準備役だったんですけどね。丁度この時期に出撃が重なってしまったものですから──困っちゃいました」

 苦笑しながらそう告げる彼女に、無理にやる必要もないだろうと返す。すると彼女は首を横に振って、優しげな表情で続けた。

「駄目ですよ、なんだかんだで貴重な息抜きですから。こういう時に、ちゃんと皆さんを楽しませてあげませんと」

 そういうもの、なのだろうか。

「そういうものなんですよ」

 そう答えると、彼女はそこでいたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。

「それに、せいせいせつは恋人同士がなかむつまじく一緒に過ごす日でもあります。私と先生のらぶらぶかっぽーがこの日を祝わないというのはあまりにも寂しいではございませんか」

 いつカップルになったのかは知らないが。ともあれ、聖女たちの息抜きとしてこういう催しをすること自体には賛成だった。

 思えば、私がここに来たのは丁度去年のせいせいせつの日。

 ……ここを訪れて、もうすぐ一年が過ぎようとしている。

 思い出されたのは──ここのの、れいな瞳。

 敵意ではない。けんでもない。ただ虚無だけがおりのように満ちた目。


「先生、どうしました?」

 小首をかしげてこちらを見つめる彼女になんでもないと返すと、私は話題を今年のせいせいせつに戻す。

「と、そうですねぇ。もうあんまり日にちもないですが……とはいえ今年あたりはぱーっとやりたいですね。なにせ先生と過ごす、初めてのせいせいせつですから──特別な思い出になるようたっぷりと準備しませんと。こうしちゃいられません」

 妙に張り切った様子で立ち上がると、「ではでは」と言い残してそそくさと庭園から立ち去るここの。そんな彼女の背を見送った後、私は記載途中だった診察記録の続きを打ち込む。


 ……左足は、やや悪化。装具を着けているものの、筋力の低下は続いている。

 そして──左足に続いてつえを握る右手の筋力低下も、ここ最近は顕著になっている。母指球筋の萎縮軽度、けん反射の低下が中等度。幸いあまり握力を必要としないタイプのつえのため、つえこうに支障はないだろうが──とはいえお世辞にもいい経過とは言えまい。

 聖痕ステイグマ症候群。こうしている今も着実に、聖女たちをむしばつづけるもの。

 訓練や実戦の中でせきを使い続ければ、その病状の進行は止めようもない。

 ……そう言えば。「もうすぐ戦争が終わる」と──ここのがそう言って、そろそろ半年になる。


 戦争が終わったら、彼女たちはどうなるのだろう。

 そんなことに──私はぼうようと、思いをせる。

 ……その結論など、とうに分かりきっていたのに。

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