■3──識別コードA‐037・060(2)


    ■


 A‐060、個体識別名「りつ」。一九三八年製造の中期型である彼女は、前述した通りもりと同じこうしようで製造された個体である。

 体が小さいもりと対照的に、身長は一六五センチメートルと高めで発育も良好。引っ込み思案でやや臆病なきらいのあるもりに対して、性格は竹を割ったように快活で明朗、悪く言えば短慮。訓練成績を見ても卓越した白兵戦能力を誇る一方で、座学に関しては全体でも下から数えた方が早い。

 そんな、もりとは何もかも対照的な彼女であるが──同じこうしようで過ごしたからだろうか、この二人はきわめて仲がい。

 たとえば──


──。

「実は、りつちゃんとちょっと、ケンカしちゃったんです」

 緊張した面持ちのもりの口から飛び出したのは、そんな言葉だった。

 どんな相談かと身構えていた私は、その思いがけない内容にしばし硬直して言葉をうしないかけて──不安そうにこちらを見つめる彼女に気付いて慌てて、続けるよう促す。

「……昨日の模擬戦で、りつちゃんとペア組んでた時にちょっと、あって。仲直りになにかいい方法はないかなって思って──それで、もうすぐりつちゃんの誕生日だから、贈り物をあげられないかなって、思ったんです。けど……どんなものを贈ったらいいか、分からなくて」

 おどおどとした目で問うてくる彼女に、私は腕を組んでうなる。……そうきたか。

 彼女たちのような年頃の(と言っても、実年齢は一桁だが)少女が欲しがる贈り物なんて、想像もつかない。ましてやこの「箱庭」という限られた空間で手に入るもので……となればなおさらのことだ。

 深刻そうな面持ちで、もりはぽつぽつと続ける。

「……りつちゃんにはいつも助けてもらってばっかりだから。なにか、ちゃんと喜んでくれそうなものをあげたいなって思うんですけど……うぅ」

 そうつぶやいてしょげかえる彼女に、何か助言をしてやりたいと思うものの案もない。

 ……恐らく、りつのことだからもりから贈られたものであれば何だって純粋に喜ぶと思うのだが──そんな回答ではきっと彼女は納得しないだろう。

 ならば……と、そこで私は一案を思いつく。

 りつ。彼女も他の聖女と同様、聖痕ステイグマ症候群をかんする一人である。

 彼女のそれは、感覚障害。触覚、温痛覚などの表在感覚を──今の彼女はほとんど、感じ取ることができない。

 そんな彼女にうってつけの贈り物、それは──


「……マフラー、ですか?」

 私の告げた案に、彼女は意外そうな表情でそう返す。

 私の提案したのは、手作りのマフラーだった。

 重度の感覚障害を持つりつは、当然暑さ・寒さに対してもきわめて鈍感。……それゆえにある時などは、真冬日でも半袖のまま出歩いて低体温症一歩手前まで行きかけたこともあった。

 現在は十一月。連邦北東部のこの辺りは、そろそろ本格的に寒くなってくる頃合いだ。彼女に渡す贈り物としては、悪くない選択であろう。

 もりはしばらく沈黙した後、興奮した様子で頬を上気させて大きくうなずく。

「……す、すごいです! それならきっと、りつちゃんも喜んでくれます!」

 きらきらと純粋きわまりないまなしを向けてくるもりに、私は何食わぬ顔でうなずかえす。悪い気はしなかった。

 手編みのマフラーなら、必要なのは申し訳程度の編み物セットと毛糸玉くらいのもの。その程度であれば、上に要請するまでもなくどこかに貯蔵されているはずだ。

 りつに見つかっては困るだろうし、作業に関しては医務室のバックヤードを適当に使ってやればいい。そう言い添えてやると、彼女は気合い十分といった調子でうなずく。

「ありがとうございます、先生! わたし、がんばります!」

 りつの誕生日は、丁度二週間後の十一月二十九日。

 タイムリミット二週間の秘密の戦いが、今ここに幕を開けたのである。

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