■3──識別コードA‐037・060(1)


 ■3──識別コードA‐037・060


 識別コードA‐037、個体識別名「もり」。

 製造年は一九三七年。頭髪は肩口までのプラチナブロンドで、瞳はケイバー分類Ⅱ度の薄青色。身長は一五三センチメートルと小柄でたいも薄く、同時期に生産された中期型と比較しても基礎的な体力に不安がねんされる。

 訓練カリキュラムにおける成績を開示。白兵戦闘:クラスB。指揮能力:クラスD。

 品行方正で思想上の問題点もなく、規律違反及び命令違反の実績なし。

 軽度の対人恐怖的気質を認めるが、他個体との関係性においてきわった問題は認められていない。

 当該個体についての追加情報として付記すべきことがあるとするなら、A‐060「りつ」との非特異的な関係性であろう。

 アカデミー第十五号特殊兵器こうしようにて製造された両個体は同施設における基礎課程を経た後に「箱庭」へ配属。その共同生活の期間ゆえか──彼女たちは常に、行動を共にしている。

 寝食も、訓練も常に一緒で片時も離れることのない彼女たち。その関係性は、他の個体間においても観察されていないきわめてまれなものと言える。

 すなわち、類血縁的な信頼関係。

 ──平易に言い換えるならば、二人はまるで、姉妹のように仲がい。


    ■


 ──記録番号1942‐11‐15。


「箱庭」敷地内、学舎棟にある医務室。

 薬用アルコールの匂いがかすかに漂うその空間で、A‐037「もり」は緊張した面持ちで口を開いた。

「……お願いします、先生」

 そう言って、かすかにおびえた様子で愛用のマフラーをほどき、制服の襟元を大きく開けてその白い首筋をあらわにする彼女。

 その首筋には──樹脂製の小さな構造物が、縫合糸で縫い付けられていた。

 上からかぶせられた薄い保護シールで補強されたその構造物は、よくよく見れば彼女の首筋に直接刺さっている。そしてそこから伸びた透明なチューブは、彼女の首にめられた金属製の首輪のような装置へとつながっていた。

 ないけい静脈留置カテーテル、あるいは中心静脈カテーテルCVC。血管内に薬液を注入するための、いわば点滴ラインの一種である。

 聖痕ステイグマ症候群の影響で生まれつき重度の心臓の障害を持つもり。心筋の病的肥大によって致死的不整脈が誘発されやすいその体質ゆえ、首にめられた携帯型薬液ポンプを介して常に抗不整脈薬の投与を行っているのだ。


 首筋に触れ、保護シールの端を指先でめくる。

「ひゃう……」

 びくりと震えるもりに配慮してゆっくりとシールを剥がすと、刺入部の皮膚が炎症などを起こしていないか目視で確認しつつ、私はヨード消毒液の付着した綿棒でカテーテル刺入部をせいしよくする。

 中心静脈カテーテルの留置は大掛かりな作業になるため、頻繁に刺し替えることができない。ゆえに周囲に感染症などが起こらないよう、定期的にこうやって消毒をする必要があるのだ。

 二回消毒を済ませた後、上から皮膚被覆材を貼り直して固定を完了した後、終わったことをもりに伝える。すると彼女はおそるおそる目を開けて、ほぅとあんの息をいた。

 痛かったかと問うと、彼女は困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。

「そういうわけじゃ、ないんですけど。やっぱりまだちょっと、怖いです」

 まあ、そうだろう。首筋に四六時中チューブが刺さっている状況になどそうそう慣れるものではない。

 もっといやり方があればよいのだが──彼女の心臓の障害は重度であるため、内服薬だけでコントロールするのも難しいのだ。

 刺入部隠しのためのマフラーを巻き直しながら、彼女は穏やかな表情で続ける。

「……でも、毎回ありがとうございます、先生」

 礼を言われることではない、と私は首を横に振る。

 困ったことがあれば何でも言うように。そう彼女に返すと──彼女は「困ったこと」とつぶやいて黙り込む。

「……あの、先生。その」

 しゆんじゆんした様子で指先をもじもじと動かしながら、上目遣いにこちらを見つめるもり

 何かあるのだろうか。ああは言ったものの、引っ込み思案なきらいのある彼女がこうして自発的に発言しようとするのは珍しい。

 促してみると、彼女は決心したように口を開いた。


「実は──りつちゃんのことで、相談したいことがあって」

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