■2──識別コードA‐008(7)


──。

「……ここのが、行方不明?」

 救護テントの中。ベッドから身を起こしてこちらを見返す

 ここの捜索のための最後の手段としてたどり着いたのが──彼女だった。

「事象視」。五感の賦活によって広域の事象を覚知するせき

 この悪環境でここのを見つけられるとすれば、彼女しかいないだろう。


 事の次第を告げて、協力を要請すると──しかし彼女はその青色の目を戸惑いで揺らして、迷いの残る表情で視線をそらす。

「私なんかじゃ、無理よ。……あの子を助けるなんて、できないわ」

 そんなことはない。君にしかできないことだ。

 そう告げると──何かに耐えるように表情をゆがめて、彼女はさらに続ける。

「そうね。そうかもしれない。けどもし、失敗したら? あの時は訓練弾の誤射だったから良かった。……だけど今度は違う。私が失敗したら、あの子は死んでしまうかもしれない。そんなの嫌よ。そんなの、背負いきれない」

 吐き出すように告げた彼女に、私は口をつぐむ。

 ようやく私は、という少女について一抹の理解を得た……そんな気がしたのだ。

 つまるところ、彼女は自分というものを信じていない。

 血のにじむような努力を積み重ねて、技術を磨いて──それでも彼女の心には、過去のあやまちがおりのようにこびり付いている。

 自分は、間違っている。自分は、劣っている。

 そんな彼女の心のさいおうかいて。彼女の後悔を、たりにして。


 だけど今、私はそれを──否定する。

 私は君を、信じていると。ただそれだけ、彼女に告げる。


「……信じてる、ですって。何よそれ。何でそんなことが」

 言えるのか、と。そんな問いは、私に対しては愚問だった。

 彼女の全てを知っているわけではない。けれど少なくとも、私がこの「箱庭」に来てから七ヶ月──その間のことは、知っている。

 私は、傍観者ウオツチヤーだから。彼女たちにまつわる客観的な事実のみに限局すれば──私は彼女たちを、彼女たち自身よりも知っている。


 客観的に述べて、彼女には今、ここのを救えるだけの能力があると。

 調律官ウオツチヤーとしての立場から、私はそれを宣言する。


 はしばらく、ぜんとした様子で沈黙して。それからやがて──盛大なため息をついて、頭を押さえる。

「……あきれた。救いようのない馬鹿だったのね、貴方あなた

 失笑をこぼしながらそうつぶやいて、彼女はゆっくりと、ベッドから降りる。

「……まあ、でも。少しだけ──やる気は出たわ」

 点滴台を支えに立ち上がると、彼女はその顔に不敵な笑みを浮かべて、私へと向き直る。


「見ていなさい、。私がちゃんと、あの子を見つけ出してあげるわ」

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