■2──識別コードA‐008(6)


    ■


 聖女たちには逃亡防止のため、耳介に小型の発信機が埋め込まれている。

 ランバージャックの話によれば、ここのの信号が途絶えたのはおよそ一時間ほど前のことらしい。

 現在訓練続行中のペアに連絡を取るも、ここのと交戦中のペアはなし。彼女を撃破したという話もない。

 訓練は中止となり、山中にて戦闘を継続していたチームも全員が拠点へと集められたが──やはり彼女の姿だけが、そこにはなかった。


「厄介なことになったな」

 装甲服にヘルメット姿で臨戦態勢のランバージャックは、しかし相変わらずどこか気の抜けた声でそうつぶやく。

「嬢ちゃんがどういうつもりでいなくなったのか──単純に迷子になってどっかでべそかいてるのか、それともマジにマジなのかは知らねえが。どうあれこの状況はあんまりよろしくねぇぞ」

 プロトコル501が発令されている現段階では、行方不明者を捜索し、身柄を「生きたまま」確保することが第一目標となる。

 だが──状況に改善がなかった場合。具体的に言えば、501発令から三時間が経過してなお行方不明者の確保が完了していない場合。

 その場合には自動的にプロトコル502──「聖女の脱走」が発生したものとされ、彼女がどういう意図で姿を消していたかにかかわらず、その身柄は処分対象となる。


「この山を越えたら、帝政圏との国境だ。……そう簡単に越境できるとも思えんが、とはいえこんな場所で姿をくらましたとなれば亡命の疑惑も懸かる。……502が発令されちまったらもう、言い訳のしようがねえぞ」

 ランバージャックの言葉に、私もうなずいて同意する。

 現時点で既に、発令から一時間。

 502が発令される前にここのを保護するためには、あと二時間以内に見つける必要がある……のだが。

「……よりによって、この山ン中。しかももう日も暮れてる。この状況で嬢ちゃん一人を探し出すってのは──ちょいとばかしハードだな」

「箱庭」配属の守衛官デイフエンダーの数は精々一個小隊程度。この夜間に山中を捜索するとなると、数倍の人数は必要だろう。

 ……時間も、人も。何もかもが足りない。

「くー先輩……どうなっちゃうの?」

 不安そうな表情で、りつが尋ねてくる。そんな彼女に、私は返す言葉が見つからずに口を閉ざす。

 こうしている間にも、時間は少しずつ消耗されていく。守衛官デイフエンダーたちは既に捜索を開始しているが──いくら精鋭の彼らでも、この状況ですぐにここのを見つけられるかは分からない。

 では、他の聖女たちを動員するか。……それも、ナンセンスと言うほかない。

 この夜間、しかも豪雨も重なって足場が悪くなりつつある状況。山の中にはきゆうしゆんな沢もあり、この状況では滑落する危険性もある。

 もしも行かせれば彼女たちを危険にさらすことになるし──最悪、二重遭難のリスクまである。


 ──ならば、どうするのが最善か。

 ……簡単なことだ。ここのを、見捨てればいい。

 彼女は「損耗」したと考えて、無かったことに。そうすれば私に課せられた最重要任務も、自動的に完了する。一石二鳥というやつだ。

 それで、全て終わり。何もかもが、丸く収まるのだ。


 ……だが。

「……502への移行を、遅らせて欲しい?」

 私のそんな頼みに、ランバージャックは素っ頓狂な声を上げた。

「そいつぁ無理だ。そんなことが管理官コントロールにバレたら、俺たち全員軍規違反で仲良く銃殺刑だぞ──って、んなこたぁ分かってるって顔だな」

 顔なんてわかんねーけどな、と小さく笑いながらそうつぶやいた後。次の瞬間、彼はその顔から一切の表情を消して──私の胸ぐらをつかんで強引に引き寄せると、周りの少女たちに聞こえないよう耳元でささやくように続ける。

「……どういうつもりだ、『無貌フエイスレス』。てめぇ、自分が何を言ってるのか分かってんのか」

 襟元をつかむ手に力が籠もって、次の瞬間。強化兵装パツケージによってアシストされたりよりよくによって、私の体は簡単に放り投げられる。資材置き場に積まれた木箱に背中から激突して、肺の中の空気が絞り出される。

 呼吸がままならずみながら、顔を上げると──目の前に、7・62mm口径の漆黒色の銃口が突き付けられる。

「先生!」

 こちらに駆け寄ってこようとするりつもりを手で制して、私はその銃口を。そしてその先にある同じ色の瞳を見返して──

 頼む、と。

 ただそれだけ、口にする。

 ランバージャックは無表情のまま、私をじっと、じっと見つめて。

 えいごうのような数秒が過ぎ去った、その後──

「下らねぇ」

 私に向けていた小銃を肩にかつなおして、彼は大きなため息をつく。

「もうあと一時間。それが限度だ。……それと、万が一にバレた時にはてめぇが全責任をかぶって死ね」

 ぶっきらぼうにそう告げると、彼は近くの椅子にどっかりと腰を下ろして腕を組む。

 そんな彼に礼を告げて──するとその時、固唾をのんで周りで見守っていた少女たちがせきを切ったように口を開く。

「先生、わたしたちもここの先輩を探しに行きます!」

 そう言い出したのはもりだった。さらに、

「せっかく訓練中止になったし休みたいデスけど、そうも言ってらんないデスよねぇ」

「駄目ですわ。めんどいですがちゃんと探し出さなければ。場合によってはここのさんに恩も売れますし」

 なんて。普段はこういうことに消極的なまでもがそんなことを言い出す。

 そんな調子で乗り気の彼女たちをいちべつしつつ、けれど私は、首を横に振る。

 彼女たちの申し出は、一助にはなる。だが──単なる人海戦術ではダメだ。もっと確実な手を講じる必要がある。

 夜闇と豪雨に包まれたこの山中。絶望的な視界の中で、たった一人の少女を探し出す手段。


 そんな手段に──幸いにして私はひとつ、あてがあった。

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