■2──識別コードA‐008(2)


    ■


──通信記録、再生開始。

>>「調律官ウオツチヤー」より「管理官コントロール」へ報告。A‐008のメンテナンスにあたって不測の事態が生じた。

<<「管理官コントロール」より「調律官ウオツチヤー」へ。詳細の報告を。

>>A‐008は「調律官ウオツチヤー」に対してきがいてき感情を抱いており、メンテナンス上の障害が予想される。対応策の提示を。

<<……。

>>「管理官コントロール」?

<<自分で考えなさい。

──通信記録終了。


    ■


 深夜一時。聖女の一人──A‐082から熱が出て息苦しいとの訴えがあり往診した、そのかえぎわ

 彼女たちの居住スペースである宿舎棟から、中央の運動場を横切って医務室のある学舎棟へと向かおうとした時のこと、運動場の奥にしつらえられた射撃場から、こんな時間だというのに銃声が聞こえてきた。

 誰かいるのかと見てみると──そこにいたのは、

 初夏とはいえ、まだ肌寒い深夜。騒音防護用のイヤーパッドを耳に当て、運動着の上にジャージを着込んだだけの姿で、彼女は狙撃用のライフルを構えていた。

 体格に不釣り合いな大型のライフルをゆっくりと構え、呼吸を整える。静かに、深く息を吸い込んで──彼女はそこで息を止め、引き金に触れた指に力を込めて。

 そのタイミングで、私は彼女に後ろから声を掛けた。

「きゃあ!?」

 勢いで引き金が引かれて、銃声が夜の空気を震わせる。当然ながら弾痕は、的の端を穿うがっていた。

「なななな何! 何なの! お化け!? お化けなのね! やめて、こっちに来……って」

 ライフルを手離してへたり込んでいた彼女は、そこでようやく私を認識し始めたらしい。

 視覚の代替として他人の気配に敏感な彼女がここまで気付かなかったというのは、つまりよほど集中していたということなのだろう。

 まじまじと、ほうけた顔でこちらを見つめて。それから少しだけ、その顔にあんの色を混ぜて小さく息を吐く。

「……な、なんだ、貴方あなただったの。てっきりお化けかと……」

 お化け?

「違う、何でもない。何も言っていない」

 妙に慌てた様子でそうまくしたてた後、彼女はいつも通りのぶつちようづらを作るとこちらをにらむ。

「で、何の用。用がないなら、話しかけないでくれる」

 隠すつもりが毛頭感じられない、拒絶の言葉。とはいえそれでされていても仕方がないため、私はこんな時間に何をしていたのかと確認する。

「見れば分かるでしょう、トレーニングよ。……何よ。射撃場と火器の使用許可なら、ちゃんと取ってるわよ?」

 銃火器の使用をとがめられていると思ったのか、そう返す彼女。しかし私が問いたいのは、そういうことではなかった。

 こんな深夜にまでトレーニングをする必要性があるのか、と重ねて問うと、彼女は「当然よ」と鋭く返す。

「私たちはいつ戦場に出ることになるか分からないのだから──できる時に、準備はしておかないと」

 そう告げると彼女は再びライフルを構え、標的へと向き直る。

 呼吸を整えて、一射。吐き出された弾丸は今度は、あやまつことなく数十メートル先の標的の、その中心へと吸い込まれる。

 第二射、第三射。流れるような動作ではいきようと撃発を繰り返し──その全弾が、見事に的の中心をえぐっていく。

 申し訳程度のあかりが照らすだけの、深い夜闇。その中でこれだけ正確な狙いを保てるというのは大したものだ。

 自然と、賞賛の言葉が口をついて出る。すると彼女は少しだけ頬を赤らめ、そっぽを向いた。

「この程度、なんてことないわ。私のせきはこういうことに特化した力だもの」

 彼女の持つせき

「事象視」──聴覚、嗅覚、触覚、温度覚など「視覚以外」の全ての生体センサーを賦活化することで周辺の状況を知覚する異能である。

 確かにそのせきもつてすれば、この程度の射撃は当然のことなのだろうが。

 再び標的へと向き直って、は静かにつぶやく。

「この程度じゃ、全然足りない。もっと、もっともっと、けんさんを積まないと──」

 ……その言葉は、きっと兵士としては間違いではない。だが私からしてみれば、完全に肯定できることでもなかった。

 本来休息をとるための時間にまでトレーニングを継続するというのはかえって非効率にもなりうる。ましてや彼女たち──不安定さと常に隣り合わせの彼女たちであれば、なおさらだ。

 けれどはそんな意見を、鼻で笑う。

「それをどうにか取り繕って、私たちを壊れるまで使い潰すのが、貴方あなたの仕事でしょう?」

 敵意を隠そうともしない、彼女の言葉。それを私は、否定することはできなかった。

 ……彼女の言ったことは、この上ないほどに事実だからだ。

 ともあれ。やはり彼女にとって私は、招かれざる客らしい。

 あまり根を詰めすぎるな、とだけ告げて、私は射撃場を後にする。


 その晩、その後。銃声が再び聞こえてくることはなかった。

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