第26話 会話ができた!
その夜、なりゆきは麻酔から醒めた。
あいかわらず目はロンパリでどこを見ているか定かではなかったが
「おとうさんやで、わかるか?」
といったら、大きく首を振った。
私
「首を振ったということは言葉がわかるんだ!」
しかし長い闘病で首がまだ赤ちゃんのようにすわっていなかったため、「ガクン」とうなだれていたままだった。
しかし私を「お父さん」と認識できたことには間違いなかった。
嬉しかった。
「ヒイマ、ナンヒー?」
と急になりゆきがしゃべった。
「なに?なーくんなに?」
と真剣に解読しようとした。
なりゆき
「オホーハン、ヒイマナンヒー?」
私
「『おとうさん、いまなんじ?』や、ついにしゃべったぞ」
看護婦
「よかったですね」
私
「なーくん、7時半やわかるか!」
なりゆき
「ハンハーク、ハヘタヒ」
私
「なに?なんて?」
なりゆき
「ハンハーク」
私
「ハンバーグか、わかったいくらでも食べさしてあげるよ」
会話が成立している。
脳も守られていた。
私
「いま、どこにいるのかわかるか?」
なりゆき
「ははふひ」
私
「高槻といってるよ」
とにかく看護婦さんの制止もきかずに、つぎつぎと質問した。
とにかく涙がボロボロ出た。
看護婦
「話しするのは明日にしてください、疲れてますから」と看護婦さんが言ったので、話しはやめにして、横で看護した。
私
「よかったなあ、話しができて。」
妻
「本当、まだ発音は悪いけど思考は前のままだわ」と今までふさぎこんでいた妻もうれしそうであった。
いままでは単なる「物体」であったのが、会話ができたことによって初めて「人間」と認識できるようになったのである。
その日の夜中、急になりゆきが大きな声でわめきはじめた。
言葉の内容はまったくわからないが、なにか不満があるらしい。
看護婦さんを呼んで理由をきくと、かゆいところがあっても以前のように思うように手が動かないので、もどかしくて大きな声をだすのだそうだ。
その時のなりゆきの目を覗き込んでみたが、まったくどこをみているかわからない目つきであった。
声を出しているときはわたしを、おとうさんと認識できていなかった。
とにかくいろいろなストレスがたまるらしく、一番はがゆかったと思うのは自分の言った単語が発音が悪いためにわれわれに理解されないことである。
今までは一回言ったらみんな理解してくれていたのに「なに?」「なんて?」と何回も聞かれるので最後はいやけがさして大声をだすのである。
目が覚めてから、2日ほどして集中治療室から一般の病室に移動があった。
前の移動ほど距離がなかったことと、パイプ類が少なくなっていたことでだいぶ楽であった。
なりゆきをわたしがだっこして、6号室に移動した。
その時の体重の軽さといったらなかった。
元来、健康体で他の同年代よりは一回り大きかったのに、持ちあげた時ミイラのような感じであった。
それに加えて、両手両足、首がダランとなっていたので、それを見た妻は「なんてかわいそうな姿になったんだろう・・・」と嘆いていた。
わたしも、意識が戻って、口もきけるようにはなったものの、今後普通の子供のように走ったり、運動したり、物を持ったりできるようになるのかと不安であった。
そのことを看護婦さんに言うと
「這えば立て、立てば歩けの親心ですよ、このあいだまでは意識が戻りさえすればいいと言ってたじゃあないですか、これからですよ!ガンバリましょうよ!」と励まされた。
言われるように人間とは現金なものである。
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