第22話 麻酔から覚めない焦り

私たちが一番つらかった時の事である。


強力な麻酔によって息子は眠らされていることは述べたと思う。


要するに「麻酔から眼を覚ますかどうか」がまずは超えないといけないハードルであった。


もし覚めないとそのまま「植物人間」となり、呼吸機械で生かされているだけの生活を強いられる。


しかし麻酔から覚めてもまだ安心できない。


高熱によって損なわれた視覚、聴覚、神経の度合いによっては麻痺により五体がコントロールできないという後遺症を心配しなければならない。


しかし先のことは考えずに、今はまず目を覚ますことが最優先だ。



なりゆきの麻酔の量をどんどん減らしていき最後は一日に注射器の4分の一の量にまで減らしていった。


この量は、そろそろ麻酔からさめて自分で呼吸できるに十分な量である。


だからもうしばらくすれば、自分で呼吸し始めるという期待感が大きくなっていったのである。


山口先生から常に言われていた事がある。

「なりゆき君が目覚めた時の、第一声はなんでしょうかね?」というのがあった。


山口先生は何でも軽く言ってくれるので救われる。


「だいたいその言葉の内容で症状と、睡眠中で知覚機能がどこまで守れたかが判断できるんですよ。こればっかりは、開けてビックリなのでなんとも言えないんですよ」とこれまた非常にスリリングな事を言っていた。


こっちはそんな心境ではなかった。


「もしも麻酔の前の状況と変わらなかったらどうしよう」とハラハラして待っていたのである。


それがついに麻酔の量をゼロにしてもなかなか起きてこなかったのである。


先生や看護婦さんの表情で明らかに彼らもまた、起きてこないなりゆきに対して焦っているのがよくわかった。


今までとは違って、話し方がなんとなくぎこちないのである。


おそらくこのままずっと起きる事無く、植物人間になるかもしれないという共通の思いがあったに違いない。


先生も最初は「だいじょうぶ、ちゃんと起きてきますよ」といってたものの、麻酔をゼロにしてからの三日間は、回診に来てもほとんど無言状態であった。


ただなりゆきの手をとって、二、三回上下に振って、クビをかしげながら出ていくのであった。


こちらもあまり聞くのは、先生を苦しめる事になるので聞かないようにしていたが、一度だけ感情むきだしで聞いたことがある。


「先生、うちの子はいったいなんだったんですか?これじゃあまるで先生たち医者のモルモットじゃあないですか!こんなに小さいのにたくさんのパイプをつけられて、いろんな薬を打ち込まれて・・・」


山口先生

「おとうさん、決してモルモットなんかじゃないですよ」


「でも実際この子の臨床データはいろんな大学病院で今後使われるわけでしょう?」


山口先生

「そんな気持ちでこの子に携わってはいません!」


議論にならない議論であった。

言いながらも自分はなんとひどい事を先生に対して言っているのかと悲しくなっていた。


山口先生あの時は本当にすいませんでした。

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