第21話 「殺してください」と言う親
非常にショッキングな話である。
私は夜の看病のときは時間があるので、病院に付属する図書室で本を借りて読むようにしていた。
いつも息子の病室がある小児病棟から、図書室にむかうときに気になる病室があったのだ。
その部屋は、夜中でもいつもあかりが点いていて、絶えず「シューシュー」となりゆきの機械と同じような音が聞こえていたのであった。
この部屋の事を看護婦に尋ねると決まって生返事でうまくかわされるので「これはきっとなにか事情があるな」と思っていたのであった。
そこで思い切って回診に来た山口先生に尋ねてみる事にした。
というのは彼が、よくその病室に出入りしているのを見ていたので当然理由を知っていると思ったからである。
私
「先生、あまりいいたくないんですが・・・」
山口先生
「なんですか?」
私
「図書室の隣の部屋にはどんな子供が入院しているのですか?誰も面会に来てないようですが・・・」
その後の彼の言葉にわたしは耳を疑った。
山口先生
「実は・・・あの子もなりゆきくんと同じ症状なんですよ、治療方法もまったく同じです。ただあの子の場合、病気にかかった年令が生後3ヵ月だったために、両親も引取りにこないんです。その状態でもう3年もたつんですよ。両親は『とにかく先生の方でなんとかいいようにして下さい』と言っているんですよ」
私
「え?『いいように』というのはどういう事なんです?」
山口先生
「つまり、早く楽にさせてやって下さいという事です」
私
「そんな・・・つまり『殺してください』と言うのですか?しかしかりにも自分が腹を痛めて産んだ子なんでしょう?」
山口先生
「そうなんですけど、一緒に生活した期間があまりにも短いんで、家族で共有した思い出が全くないらしいんですよ。ヒドイ話でしょう?だからお父さんたちみたいに一生懸命になっている親の姿をみるといつも『この子には祈ってくれる人が一人もいないんだなあ』と、つくずくかわいそうに思うんですよ」
そんな親がこの世にいる事自体がショックだったが『必ず治癒してみせる』という意気込みで治療をしている、山口先生のひたむきな姿勢に頭が下がった。
結局、私はその病室に入る事はなかったが、いまでもこの子は機械のポンプによって「生かされ」続けているのであろうか。
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