第15話 病院の日常

毎朝の日課


まず部屋に看護婦さんが四人来て、眠っているなりゆきの体拭きが始まる。


この作業から一日がスタートする。


最初に体拭きした時は、なりゆきはTシャツ型のパジャマだったのでたくさんのパイプが邪魔して、服が脱げない状態であった。


そこでハサミで、Tシャツをカットしてからの作業であった。


パジャマはその後、胸開きタイプのものを使うようにした。


それと床ズレしないように体の向きをかえるのも目的であった。


その時にたくさんのパイプ類が邪魔して思うように体が拭けないんじゃあないかと思ったがそこはさすがプロの看護婦さん、パッパと手際よくこなしていった。


プロの仕事を見た。


同時にオシッコの量と、ウンチの量を確認する。


「なあくん、よおオシッコしたなあ。がんばってるなあ」と唯一生きている証拠を見る場面なので感動的であった。


お尻から剥がしたT字帯についてるウンチが妙にいとおしく見えた。


昏睡状態なので本人が生きていると確認できる場面は、排泄物の確認と目を開いて懐中電灯を照らした時に瞳孔がキュッと小さくなることである。


胸の上下は機械によって空気が送られているため彼の生命力とは無関係であった。



看病中、私の仕事は各地から集まった鶴に糸をとおして100ずつにして吊る作業である。


時々ハプニングがあって、一度は痰が呼吸器に詰まり脈拍が急に上昇してしまい心不全の一歩手前までいき本当に慌てたことがある。


昏睡状態のまま、いろいろな薬を投与しているため、肝臓の負担が想像以上に大きいものらしく、肝数値を測定するのであるがその数値が一向に下がらない時があった。


つまり薬物投与をやめなければ先に肝臓がやられてしまうのである。


神様はこの子に薬も与えてはくれないのかとやり場のない憤りすらおぼえた。


まさに「四面楚歌の状態だなあ」と半ば諦めかけていたがその矢先に数値が戻ってきたので一安心。


次の夜は交替で妻がつききりで看病した。


翌朝、いきなり妻がわたしとわたしの父親に対して「おとうさんたち、いまから田舎の四国に行ってお墓参りしてきてください」とすごい剣幕で迫ってきた。


理由を聞くと、明け方にかけて病室内で女の人の声で「さみしい、さみしい」という声が聞こえてきたそうである。


その声の主を8年ほど前に死んだわたしのおばあちゃんの事だと思ったそうである。


あまりの急な話なので「今すぐ四国までは行けないよ」といっても本人はまったく聞き入れない状態であった。


「いくつぐらいの声だった?」と聞いてもよくわからなかったので、知り合いの高野山の館長さんに電話して相談にのってもらう事にした。


新幹線の中であったにもかかわらず、館長さんは携帯電話で相談にのってくれた。


妻とも直接話をしてくれた。

その内容はどうも病室の地縛霊が人のやさしい心に呼びかけているそうである。


さっそく大阪に帰ったらお祓いの祈祷となりゆきの回復の祈祷をしてあげるから安心しなさいというものであった。


本当にそんな事が現実にあるのかどうか疑わしいが、全員がそれだけ霊が寄り付くほど「やさしい心」になっていたのは事実であった。

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