第12話 後悔
午後2時
「ご家族のみなさん、処置がおわりましたので、入ってください」
と主治医に言われて入室した時、その光景に圧倒されてしまった。
自分の息子がまるでマリオネットのようなパイプだらけの姿でベットに横たわっていたのである。
右手からは薬剤投与用のチューブ。
右太股からは血液剤投与のためのパイプ。
鼻からは、栄養剤投与のためのパイプ。
オチンチンは採尿のための管。
そしてひときわ目についたのは、口からの酸素吸入用の太い管が大きな機械に直結していた光景である。
その機械は「シューシュー」と規則的な大きな音を病室に響かせていた。
山口先生
「処置は無事終わりましたよ。今、彼は呼吸の機能を止めてあります。つまり彼はこの酸素吸入機によって生かされています」
私は「息がとまっているのか、まるで仮死状態だなあ」と正直その時は思った。
しかしこれが現実に自分の息子の姿だと認識するまでにかなりの時間がかかった。
※
午後7時
いつもであれば、いっしょに夕食をとる時間なのになりゆきは、パイプだらけの姿で「シューシュー」と音をたてている機械の横で眠っている。
規則正しく機械の鼓動に合わせて小さな胸が上下している。
唯一彼が生きている証拠は、ビニールにたまっているおしっこの量が増えていることだけである。
本当に人間とはたいした生き物だと思った。
看護婦さんが時折部屋にやってきては、心拍数と血圧をチェックしていく。
看護婦
「なりくんは、普段はどんな子ですか?」
私
「ええ、もうとにかく元気な子です。いつもはだしで走り回っているんですよ」
看護婦
「わんぱくなんだ」
私
「はい。とにかく電車が大好きで、毎日寝る前に、図鑑を見て全部の電車の名前を知っています。こんな事になるならもっと、たくさん電車に乗せてやったらよかったとつくづく思うんです。今はただ後悔しています」
看護婦
「大丈夫ですよ、きっと元気になりますよ。信じましょう!」
時々「ピーッ」と機械の音が鳴る。
「何事か!」とドキッすると、点滴のチューブに小さな空気がはいっている時である。
あと麻酔薬「ラボナール」の袋の残量が残り少ない場合も同じ音がする。
この警戒音に慣れるまでは常に「ドキッ」とさせられた。
心臓に悪い。
それと1時間に1回くらい、呼吸器の吸引の作業があって、いったん呼吸器の管をぬいてピンセットでさらに小さいパイプを管の中にとおして、吸引してつまったタンやつばを「ズズズズッツ」と、取りのぞくのである。
本人はその作業中、かなり痛いらしくて作業が終わった後は、意識が無いにもかかわらず両目がじわっと涙ぐむのであった。
無言で涙ぐむその姿が不憫で、かわいそうでならなかった。
※
午後9時
「なーくん、図書館で借りてきた紙芝居読んだげるわな、『てんとうむしのテムの話』や。ええか、読むぞ、てんとうむしのテムは森のなかに住んでいました・・・・」
無言で横たわっている息子の頭をなでながら本を読んでいると、涙がボロボロでてきて止まりませんでした。
「もっと、元気な時にいっぱい紙芝居読んであげたかった・・・プールへ行こうと言ったとき連れていってあげればよかった・・・プヨプヨのゲームもっとさせてあげればよかった・・・」と、次から次へと、いろいろしてやれなかった事を回想しては「ゴメンナ、ゴメンナ」と心の中で何度も大声で叫んだ。
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