第5話 明朝 - カエルのような腹


8月15日 月曜日   

朝8時


「ちょっと来て、なりゆきのお腹、変よ!」


「ほんまや!何でこんなに、膨れてるねん。カエルみたいになってるやんか?きのうの点滴500mlの水分をよう排出できへんのとちゃうか?」


「こんなに大きなお腹になるなんて・・・」


「とにかく早く医大病院連れて行こ!早よ診てもらわんとえらい事に成るんと違うか?」


私はなりゆきを急いで車に乗せ、家から5分ほど離れた阪急高槻駅前の大阪医科大学付属病院二階の小児科へ駆け込んだ。


病院に着くなり小児科の先生がなりゆきの症状を見て

「これは、いかん!お父さん、なんでここまで放っといたんですか?」


「え?え?」


先生

「兎に角早く処置をしなくては!現在意識レベル200や!このままやったら確実に死ぬぞ!ぼく!ぼく!聞こえるか?ぼく!」

先生はなりゆきのほっぺたを叩きながら何度も連呼している。


このやりとりと、看護婦さんの異常な対応を見た妻は気を失いそうになっていた。


「何?これは一体何が起こっているの?」


先生

「とにかく入院の用意や!酸素マスクを早く!いま小児病棟の空きはあったか?」


「え?入院?酸素マスク?」


看護婦

「いえ!今、小児病棟はいっぱいです」


先生

「そしたら『緊急やから』いうて四階の内科を空けてもらってくれ、急げ!大至急だ!」


看護婦 1

「はい!わかりました」

と看護婦さんの1人が急いで階段を駆けていく。


先生

「それと膀胱洗浄をするから、パイプとバケツ持ってきてくれ。もう膀胱と括約筋が機能していない!」


看護婦 2

「わかりました!」

看護婦さんがまた1人階段を駆けていく。


先生

「すでに意識レベル200やから、脳からの司令がストップしてるんやなあ・・・早よせなあかん!!」


「せ、先生、どうなんですか?」

このやりとりを聞きながら私はおそるおそる聞いた。


先生

「お父さん、もしあと1時間来るのが遅かったらこの子は確実に死んでました。意識レベル200というのは相当ひどい状態です。しかし今でもまだ何とも言えない状態です。なんとかできるだけの事はしますが・・・」


「本当ですか!そんなに酷い状況なんですか!なんとか先生、息子を助けて下さい。お願いします」


先生

「わかってます、お昼から頭部のスキャンを撮影しますので詳しい判断はそれからです。それと2時から背中の髄液を採取します、とても痛い処置ですが、幸い本人はこの状態だと痛みは感じないでしょう」


「わかりました、よろしくお願いします」


「・・・」

顔を覆って無言でうつむいている。


先生

「診察結果は、夕方お知らせしますのでその時は、お父さんお母さん両方揃って聞いて下さい。時間はだいたい6時位になります」


この言葉を聞いて

「なんという事になってしまったんだ」

という無念の気持ちと

「じゃあ、昨日の救急病院のあの処置はいったい何だったんだ」

という憤りの気持ちでいっぱいでした。


ただ、まだこの時には

「とはいっても、危機一髪で連れてきたんだからなんとかなるだろう」

という期待をこめた気持ちがまだあった事は事実です。


その甘い気持ちは夕方には完全に消し飛んでしまいました。


私たち夫婦は夕方まで、阪急高槻駅の喫茶店で不安でドキドキしながら時間を潰して待ちました。

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