第6話 夕方- 死刑宣告
8月15日 午後6時
大阪医科大学付属病院4階内科
9枚の頭部のスキャン写真をパネルに貼った部屋にて
先生
「お父さんお母さん、これを見てください。高熱でなりゆき君の脳がパンパンにふくれ上がっています。そしてまわりを圧迫しています。『イタイイタイ』と言ってたのはこのためです。ここの部分が正常なところで、黒い部分がいかに大きいか比較できるでしょう」
私
「で、先生。結論はどうなんですか?」
先生
「とにかく今は熱を下げる事です。そして呼吸器もマヒしていますので酸素と窒素の混合比を逆にした空気を吸入します。これによって、呼吸器の負担がだいぶ楽になるはずです。まあだいたい3週間位この状態にしておきます」
この時先生が軽く言った「3週間」という言葉に「えっ、そんなに長いの?」と思ったが事態の重大さをまだよく理解できてなかったのである。
先生
「現在のなりゆきくんの状況は、麻疹の熱によって、視覚、聴覚、嗅覚を支配する脳と手足の動きを支配する延髄が酷い炎症を起こしています。このまま放置すれば、体全部の機能がマヒします。処置としては、まず麻疹の菌を除去する事と、肺炎も患ってますので呼吸器をいったん止めて人工呼吸器をつける事の同時作業になります」
私
「先生、呼吸を止めるといいますと?」
先生
「いったん、強力な麻酔で眠らせてしまうんですよ。ラボナールという麻酔薬ですが人間の本能である呼吸機能も眠らせるほど強力な薬です」
私
「そんな事をして先生、息子の身体は大丈夫なんですか?」
先生
「大丈夫です、逆に本人もそれが一番負担がなくて楽なんですよ。そして眠らせている間に麻疹の菌そのものを除去します」
私
「菌の除去とは、どんな方法でやるんですか?」
先生
「そこでお父さん、お母さんに許可をいただかないといけないんですが・・・」
この後の話を聞くのが正直恐かった。
何を言われるのだろうか?
先生
「お父さん、この際『ガンマ・グロブリン』という薬をを使わせて下さい。現在の医学では麻疹菌の除去にはこれしか方法がないんです」
私
「何ですか、そのガンマ・グロブリンというのは?」
先生
「一般に『麻疹に効く』とされている薬なんです。ただ人工血清剤ですので、場合によっては血友病とかエイズとかの病気になる可能性が全くゼロではないんです」
私
「今、話題になっている薬害感染の可能性があるわけですね」
先生
「はい、そうです。ただ、この薬を使わずにいたらかなり厳しい状況ですので急ぎ決断をしてください。今からなりゆき君に従事する看護婦の中に、まだ麻疹にかかっていない者がおりまして、彼女たちも感染を考えて全員このガンマ・グロブリンを打つ事はすでに了承してくれております」
私
「ちょっと考えさせてください。おいどうする?」
妻
「・・・」
無言の妻
考えるのを放棄しているみたいだ。
私
「どっちにしても、それしか方法がないんでしたらそれでお願いします。担当の看護婦さんたちですら感染のリスクを負っていただいているのに当の家族が拒否する理由がありません」
先生
「わかりました。じゃあ早速その手配をいたしますので待合室でお待ち下さい」
私は放心状態の妻を連れて部屋を出た。
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