第7話  覚悟

 「僕は、あなたの旦那さんの不倫相手です。」


 俺のことを彼女は一体どう思ったのだろうか。


 


 圭太さんのマンションには初めて来た。家族と幸せが溢れているだろうマンションを見て、純粋に羨ましいと思った。


 俺の訪問を里奈さんはさぞ驚いたことだろう。インターホン越しに聞こえる声は、不信感と困惑を隠しきれていなかった。それも当たり前だと思う。いきなり夫の不倫相手と名乗る人物が突然現れたら、誰だって困惑する。ましてやその人物が男であるというのだから、困惑なんて言葉では言い表せないだろう。


 果たして信じてもらえただろうか。インターホン越しに話す段階でしっかり話してもらえるとも信じてもらえるとも思っていなかった。だから手紙と写真を用意して行った。手紙と写真は見られないということはないはずだ。会話で信じてもらえないとしても手紙を置いていかれたら絶対に気になって見てしまう。内容は手紙はシンプルな方が伝わりやすいと思い、至極簡潔に書いた。写真を付けるかどうかは迷った。それは大切で、大切にしたいものだったから。でも、写真がないと信じてもらえない。決して多いとは言えない写真の中から大切で好きな写真を選んだ。




 里奈さんはこれからどうするのだろう。今頃手紙と写真を見ているはずだ。俺の訪問以上の衝撃を受け、考え込むだろう。それとも本当のことではないと、何かの間違いだと一切信じずに、なかったことにするだろうか。しかし、信じてもらわなければ困るし、信じてくれると想定して俺は来たのだ。

 里奈さんは圭太さんに俺のことを伝えたら圭太さんもさぞ驚くだろう。今日のことは圭太さんに伝えていないし、俺から伝えるということはない。もし里奈さんから俺のことを聞いたら圭太さんはどうするのだろう。





 そして俺はこれからどうするのだろう。これからどうなるのだろう。これから先は自分だけでなく圭太さんや里奈さんの気持ちや行動が関わってくる。俺にもいくつか想定はあるが、その想定が当たるか、どの方向に進むかは俺も分からない。これは大きな賭けだ。それでも俺は確固たる覚悟と目的を持って今日の行動に移したのだ。



 圭太さんがいつも歩いているだろう道、きっと里奈さんと2人で歩くことも多いのだろう。今にも雨が降り出しそうな雲の下、来た道を振り返ることなく、ただ前を見て歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮タイトル)紫陽花の棘 西山要 @kaname0919

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ