第3話 写真と手紙
写真を裏返し、目をつぶって、一度深呼吸する。そして、ゆっくり目を開け、カフェオレを一口飲む。カフェオレは少し冷たくなったいて、さっきよりも甘さを強く感じた。
もう一度写真を見る。今度はじっくりと。写真に写っているのは、圭太とさっきの青年だということはもう間違いないだろう。しかし、加工された写真かもしれない。今どき、素人でも違和感なく加工することは難しくない。背景が歪んでいないか、光の当たり方はどうか、細かく見ていく。ベッド写真の方は出来るだけ全体を見ないように部分部分だけを見ていった。しかし、加工された写真かどうかは分からなかった。
二枚の写真を置き、もう一度深呼吸をしてから、二つに折られた白い紙を広げる。書かれた文字を読んでいく。
「初めまして、中野海と申します。
突然の訪問、申し訳ありません。
一昨年の春頃から圭太さんとお付き合いさせていただいています。僕は男で、信じていただけないかもしれないので、写真を付けさせていただきました。
マンションと里奈さんについては圭太さんから話を聞いていましたが、今回の訪問と手紙に関しては圭太さんにはもちろん話していません。
率直に、完結に、言います。
圭太さんと別れて下さい。」
薄い罫線が引かれた1枚の紙の上部分に、男にしては整った字でそう書かれていた。
これまでの衝撃によって働きが鈍くなった頭でも、すぐに理解できる短い文章。いや、文章の意味は理解しているが、受け入れたわけではない。。
でも、まぁ、不倫している恋人の妻に伝える話は、別れてほしいという話ぐらいしかないだろうと、徐々に冷静になりつつある自分がいる。
ベッド写真と「別れて下さい」と書かれた手紙。なんて陳腐なのだろう。旦那の不倫相手が妻の前に現れ、別れてほしいと伝える、昼ドラでも想像できるシチュエーション。
その相手が男であるということ以外は。
もう一度写真を見る。コーヒーを手に笑顔を向ける圭太は、昨年の春に買った白いロングTシャツを着ているから、昨年の春頃以降に撮られた写真だということは分かるが詳しい時期は分からない。風景はあまり写っていないが、後ろの建物の壁から、最寄りで撮られたということは分かった。駅前で待ち合わせでもしていたのだろうか。デートのスタートに撮られた写真かもしれない。仲の良い友達や恋人に向ける嬉しさや楽しさがにじむ笑顔で、なんとも爽やかな写真だ。
そして、もう一枚のベッド写真。こちらもいつ撮られたのかは分からない。場所はラブホテルだろうか。口は半開きでぐっすり眠っていると思われる半裸の圭太と、白いTシャツを着て自撮りしながら微笑む中野海。インターホン越しに見た時と比べて中野海の顔がはっきり見える。髪は黒く、顔の系統は塩顔といわれる部類で、年はおそらく大学生だろう。格別にイケメンだとか、まして綺麗とか可愛いというわけではない。しかし、大学生としてはモテる方だろう。いわゆる好青年。そんなそこらへんにいそうな青年と自分の夫が写るベッド写真だというのに、写真だけ見ればそれほど強い違和感や嫌悪感を感じない。それは中野海の微笑みのせいかもしれない。その微笑みは、夫を自分という男に盗られた私を憐れむ、馬鹿にする微笑には見えず、むしろ、情事後にぐっすり眠る恋人が愛おしくて自然に出てしまったような、そんな優しい笑顔だった。
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