第29話 東京→福岡の移動の際に、飛行機ジャーした大阪在住のオタクがいるらしい


 〇


 番組が終わってからしばらく、俺はぽかんと口を開けたまま、テレビを見るでもなく、なんにもない空中に視線をさまよわせていた。

 相武が淹れなおしてくれたコーヒーのマグが、目の前をなんども通り過ぎて、ようやく正気を取り戻す。


「なかなか内容の濃いインタビューだったな」


 御崎千絵里に割り振られた時間はわずか約10分。されどその間に、彼女という声優がどんな思いで演技をしているか、それを垣間見た10分だった。


「これはなおさら『はるかな』が楽しみだな」


 放心する俺をよそに、相武はスマートフォンを取り出して、上機嫌に感想を打ち込み始める。なんとはなしに覗き込んでみると、「#はるかな特番」というキーワードとともに、既にたくさんのツイートが見て取れた。


「御崎ちゃん、高校生ってマ?」

「御崎千絵里、すげーしっかりしてんな」

「これはみさきち推すしかねぇ」


 タイムラインを流れるつぶやきは、もちろん麗役の支倉結花や奏役の日高葉についてのものも多い中、御崎千絵里に関するツイートばかりが目に入ってくる。

 中にはネガティブな反応もないわけではなかったが、大勢にとって、彼女の声優としての意気込みや姿勢は支持しうるもののようだった。

 もちろん、俺もそのひとりだ。


 俺もスマートフォンの画面を開いて、同じハッシュタグを入力したところで、いったん指を停める。

 なんと書こうか、と散々悩んだ挙句に、辛うじて、

「御崎さん、頑張ってください」

 とだけ、タイムラインに紛れ込ませるように呟いたのだった。


「番組の感想戦も大事だが、お前、注意しておけよ。BS放送とはいえ、わざわざ特番まで撮り下ろすほどの力の入れよう、すくなくともお渡し会は必ずある」

「まぁ、そりゃ俺としてもあってほしいけど」

「問題は、それがどこで、何回あるか、ということだ」

「どこでって、そりゃ都内じゃ……」

「あまぁい!!!!」


 突然相武が声を張り上げるもんだから、驚いて背筋が伸びる。腕組みをして立ち上がった相武は、そのまま俺の前に立ちはだかり、


「そのような考え、メープルシロップよりも甘い!! いいか、お渡し会は常に都内で行われる、それは都民の驕りだ! 人気作やプッシュされている作品のイベントは、地方で開催されることも少なくない!」


 都民って、俺もつい最近こっちに来たばっかりなんだが……。


「現に、僕だってこの間みゅーポンのサイン会のために、徳島まで足を運んだんだ。知り合いのオタクの話では、東京、福岡、大阪、北海道、そして名古屋の全国五都市で、毎週末順番にお渡し会が催された作品まであったらしいからな」

「それこそ、地方の人たちのためのイベントじゃ……」

「ぅ甘い! フレンチトーストよりも甘いぞ!! 距離があるから、お金がかかるから、そんなのでイベントを見送ると必ず後悔することになる!!! お渡し会なんだから全通しろ、なんてこすからいことは言わんが、せっかくのお渡し会の機会、棒に振ることなかれ、だ!!!!」


 ものすごい剣幕でまくし立てられて、たまらず鼻白む。とはいえ、言わんとしていることは理解できるので、なんども首を振って頷いておく。


「つ、つまり、行きたいという気持ちがあるのに、準備不足で行けない、なんてことはするな、ってことだな」

「うむ。幸い僕たちは学生で、時間に都合がつきやすいからな。それ以外の障害は極力排すべきだ」


そういえば、以前相武にアルバイトを勧められていたのを思い出す。

実際、高校生にもなって、友達と遊びに行くたびに親からお小遣いをねだるのも心苦しく思っていたところなので、ちょうどいいタイミングかもしれない。


「相武は、なんのアルバイトやってるんだ?」

「僕は週三、四日くらいで居酒屋。お前はなにかアテはあるのか?」


雇ってもらえる心当たりは生憎ないものの、雇ってもらいたい店なら、ある。


「ま、せいぜい警戒しておくんだな。お渡し会が、ブルーレイ予約特典ということもあるからな。……言っておくが、金は貸さんぞ」

「分かってるよ。友達から金は借りるなって、うるさく言われてきてるからな」


そうと決まれば、明日相武と解散したあとにでも、足を運んでみることにしよう。


番組も終わって深夜1時半。そのままリビングでテレビを眺めていたが、襲い来る睡魔にはかなわず、ふたつめのアニメのオープニングが終わったあと(名前すら覚えていない)、気が付けば、眠ってしまっていたのだった。

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