第27話 最強武術バリツは時空を跳躍することも可能です


 〇


 大声で叫びだそうとして、すかさず息を飲む。

 いまの時刻はもうてっぺんを回っている。なにより、よそ様のお宅である。


 手で口を押さえつけて、視線と表情だけで相武に訴えかけると、返ってくる答えはやはり気だるげで、


「まぁ、黙っていたとしてもいつかバレるだろうしな。あのバカがいつ喋ったものか分かったものじゃない」

「ってことは、九重はやっぱり知ってるのか」

「言ってただろ、あいつが声優を志望するようになったのは姉さんの影響だって。詳細は割愛するが、僕とあいつは家ぐるみの幼馴染だったからな」


 溜息をひとつふたつ、それから相武は思い出したように、


「分かってるとは思うが、誰にも言うなよ。声優TORAKOというのは、お前の思っている以上に、凄まじい人気だからな」

「言わない言わない。けど……」


 本当なら、これ以上この話題には言及するべきではないのだろうけど、しかし、どうしても好奇心の鎌首がもたげてくる。


「相武が声優のファン、オタクになったのも、お姉さんの影響なのか?」

「影響がないといえば嘘になるな。元から、漫画やアニメは好きな質だったが、キャストに注目するようになったのは、姉さんの仕事が声優だってことを認識してからだからな」

「それなのに、仲悪いんだな」

「言ったろ。姉さんはオタクが嫌いなんだ。いや厳密に言うと、僕がこんな体たらくなもんだからな、辟易してるんだと思う」


 目を細めながら、この話は終わりとばかりに相武はチャンネルを回す。


 画面に映し出されたのは、青瓢箪の老紳士が、みかん箱を机替わりにお茶漬けを食べているシュールなシーン。


「御徒町モリアーティ最終話、危うくリアタイを逃すところだったぜ」


 言って、相武はすこしだけ寂しげな声音で笑ったのだった。

 それ以上は、さしもの俺もなにも言うまい。


 それからは、俺も相武も、口数少なくアニメに集中する。

 御徒町モリアーティは、ライヘンバッハの滝から突き落とされたモリアーティが、滝つぼに叩きつけられる直前に、現代日本に転生し、四畳半のアパートの一室を拠点に、再び悪の組織の結成を目指すというストーリーだ。

 その片手間として、隣の部屋に住む大学生と小学生(CV:柚野みゅー)の苦労姉妹の家庭教師を引き受けている訳だが、先週の放送では、モリアーティを煙たがる武闘派半グレ組織がそのふたりを誘拐してしまう、というところでエンディングだった。


「これ、最後どうなると思う?」

「原作では、ホームズの魂が転生した新キャラが突然現れて、ふたりで力を合わせて立ち向かうトンデモ展開らしいが、アニメとしてそれじゃ締まりが悪いからなぁ」


 朝食を済ませたモリアーティ。携帯電話を取り出して部下に連絡を取ろうとするが、いずれも繋がらない。そこにかかってくる非通知着信。それは姉妹を連れ去った半グレ集団で、彼女たちを助けたくば指定する場所に来いとのこと。

 部下を失い、追い詰められたモリアーティが単身向かった先は、茨城県の山奥。と、ここまで来れば、シャーロキアンでなくても最後のオチは予想できるというもの。

 どういう経緯にか袋田の滝の上で組み合うモリアーティと半グレ集団首魁。生前のモリアーティはライヘンバッハの滝から落ちる寸前に、その洞察力でホームズのバリツを学んでおり、見事首魁をねじ伏せるも、逆上した手下たちが姉妹を滝壺に向かって落としてしまう。

 彼女たちを追って飛び込むモリアーティ。空中で再びバリツを披露し、姉妹を安全な場所へ放り投げると、彼自身はそのまま岩肌を滑り落ち、彼が戻ってくることは二度となかった。……


「いやぁ、結構面白かったな」

「途中がオチが読めてしまったが、これはこれで伝統芸という感もあるな。みゅーポンの出番も多かったし、概ね同意だ」

「モリアーティの声優って、もしかして有名な人? むかし、聞いたことあるような気がする」

「有名どころでいえば、『240』の主人公の日本語吹き替えをやってるな」


 アニメが終わったあとは、口々に感想を言い合う。相も変わらず相武の口からは、みゅーポンの演技がどうこう、という話題しか出てこない。


「今回はメインじゃなかったとはいえ、全体的に出番が多くて満足だ。順調に演技も上手くなってるし、やっぱりみゅーポンはああいうキャラが良く似合う」


 腕組みしいしい、うんうんともっともらしく頷いているのを見て、いったいお前は何様だと言いかけたが、相武の口元が緩んでいるのを見つけて言葉を飲む。

 自分の推しが、推しの声がテレビから聞こえてくるというのは、やはり嬉しいことに違いない。そこに冷水をかけるような野暮ではない。

 それに、もう一時間もすれば、俺もどんな顔をしてここに座っているか、分かったもんじゃないのだから。



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