第22話 ライブの感想話そうと思って接近したら、「髪切った?」って先制されて、そのあと美容院トークをした凡オタクの話


 〇


 相武を待っている間、さっきまでのお渡し会の内容を思い返しながら、次のアニメでは、彼女はどのような演技をするのかしら、とか、とりとめもなく思いを馳せていた。


 以前観た作品では、気弱そうな女学生の役どころで、それにぴったりのハマリ役だった。

 途中まで原作小説を読んでいた感じでは、今回の作品では、勝気な性格のキャラクターの役で、ずいぶんの毛色が違う。


 声優なのだから、役どころによって異なる声質を演じるのは当然の能力。それを想像するのは、面白い。

 相武が、アニメに、声優にハマっているのが、すこし分かったような気がした。


「おお、相武。早かったな」

「ん……あ、ああ……」


 さほどもしない内に、店舗から出てきた相武は、心ここに在らず、浮き足立っているような有様だった。


「ど、どうした?」

「いや……僕の中でも、いまいろいろな感情がせめぎ合っていてだな……」

「そ、そうか。そういえばみゅーポン、お前のこと覚えてたみたいだぞ」

「ああ。みゅーポンから、聞いた」


 そのままふらふらと歩き出し、目の前でピタリと停まった相武は、俺の方に手を置き、


「……そうだよ、みゅーポンから聞いたんだよ! みゅーポンから!!! 先制を食らって! おかげでせっかく仕込んでいたネタを、なにひとつ話せなかったじゃないか!」


 突然、スイッチが入ったみたいにまくしたて出し、同時に俺の体を前後左右に強かに揺さぶるもんだから、脳みそがシェイク、シェイク。


「おち、落ち着けって。みゅーポンの方から話しかけてもらったってことか? それなら良かったじゃないか」

「そうだ!!! 良かったんだよ! けど、そのせいで、話そうとしてた内容がぜんぶすっ飛んで、カカシ同然の凡接近だ!! しかも、お前がきっかけだということも知って! お前、この僕の微妙な気持ちが、お前に分かるか!?」

「力になれたんだったら、なによりだ」

「そうだ、その通りだ! ありがとう!!!」


 目元は怒りながら、口元は緩んでいるという器用な一芸を披露する相武。しばらく周りをうろうろしたかと思えば、急に俺の方に向き直って、


「今日は、僕はもう帰る。この気持ちの昂ぶりを鎮める。ついてくるなよ」


 そう言い放ち、すたすたと駅の方へ歩き去ってしまった。


 取り残される俺。なんと勝手な奴だと毒づきたくもなるが、あの相武が珍しい取り乱しっぷりだったので、ぐっと飲みこんでおく。


 目的のお渡し会も終わってしまったし、相武と同じ電車に乗り合わせないように駅に向かってもいいけれど、せっかくふだんの行動圏の外に出たのだから、ちょっともったいない。ぶらぶらと都会の街中を散策するのも一興だろう。


 つい数か月前まで住んでいた田舎にあるものといえば、一面に広がる田んぼと畑。電車を乗り継いで二時間ほど行けば、県庁のある市に出るものの、そこですら、いま目の前に広がる光景に比べれば、ささやかなものだ。

 それに比べて、都会にはありとあらゆるものがある。本が欲しいと思えば本屋があるし、ちょっと小腹が空いたなら、両手の指では数えられないくらいの露店がすぐに見つかる。


 一時間ほど練り歩いて、片手にクレープなんて持ちながら、ぼちぼち駅の方へ向かうかと思ったところで、


「アレ? もしかして越尾クン?」


 なんて声をかけられて、振り向けば、


「わっ。やっぱり越尾クンじゃん! こンなところでどしたの!?」


 マリンキャップとマスクで顔の大半を隠したその姿に見覚えはないものの、その特徴的な声と話し方は、


「九重、だよな?」

「うん。そだよ。あ、マスクしてたら分かンない?」

「や、背がちっこいからすぐにわか――」


 ブーツのつま先で脛を蹴りあげられて、もんどり打つ。意外に気にしてたのか。


「いてて……そんな思い切り蹴るかフツー」

「ちっちゃくないし! ちゃんと150cmはあるもん!! で? なにしてたの!」


 適当にはぐらかそうかとも一瞬考えたが、九重とは以前にお渡し会の話題で喋っている。ならばわざわざ隠すでもない。


「みゅーポンのお渡し会に行ってたんだよ。相武は、竹中直人みたいになりながら先に帰った」

「だれ、ソレ? ってか、越尾くんを誘っておいて先に帰るなんて、自分勝手なやつ!」

「みゅーポンに先に話しかけられて、情緒不安定だったんだってさ」

「侑真もまだまだウブよのぉ」


 九重の姿に改めて目を向けると、ふだん学校で見る装いとはすこし雰囲気が違うような気もする。あんまりじろじろ見るのも具合がよくないので、視線を戻して、


「九重はどこか行ってたのか? それとも行くところ?」

「ふっふーん。ボクは、いままで収録だったのさ! あ、もちろんなんのアニメかは内緒ー」

「まぁ、テレビで観れるのを楽しみにしてるさ」

「うむうむ。殊勝な心掛け、ケッコーケッコー」


 腕組みしいしい満足気に頷く九重。

 と、不意に顔色を変えたかと思いきや、


「そだ! せっかくこんなところで偶然会えたンだし、お茶でもしていかない!? 実はボク、行きたかった喫茶店があったンだよね!!」


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