第21話 お渡し会の品は、洗面器くらいの缶バッチ


 〇


「お前、先行くか?」

「いや、越尾が先に行けよ。僕はお前の無様な接近の様を、すぐ後ろからせせら笑っていてやるさ」

「趣味が悪い」


 俺と相武で続けて小説を買ったから、お渡し会の順番も連続するかと思いきや、それぞれの数字は11番と21番。

 イベントによっては、購入順と整理券番号が同じものもあるらしい。


「相武のことだから、こういう順番は先の方がいい思ってたんだけど、そうでもないんだな」

「トークショーやライブなら、確かに番号の価値は大きいが、お渡し会だからな。何番だろうと接近の価値は変わらん。強いて言うなら鍵閉めの価値があるものの、この番号じゃさすがにワンチャンくらいしかない」


 鍵閉めとは、お渡し会の最後のポジションのこと。対義語は鍵開け。

 イベントの最後だから、という理由で多少接近の時間が伸びたり、声優の印象に残りやすかったりするらしい。


「お前、作品はちゃんと読めたのか?」

「や……ヒロインが剣に変身したあたりで眠くなってきて……」

「まぁ、それだけわかってれば十分だろう」


 刻一刻と開演までの時刻が近づくにつれ、店内の人口密度は増していく。


 前回のイベントでは、専用の催事フロアが会場であったが、今回は、売り場の片隅に3m四方くらいのスペースがしつらえられているだけ。

 店舗自体もそれほど大きくないもんだから、みるみるうちに狭くなっていく。


 周囲に目をやれば、なんとなぁくではあるものの、同じ目的で足を運んだのだろう、という人達が見て取れる。

 同時に、単にお店の商品を買いにきただけの人も目について、気の毒に思う。


 店舗広告の一環としてのイベントかもしれないが、今この時に限っていえば、まったく逆効果ではないかしら、とすら思う、


「柚野みゅーさんのお渡し会に参加される方は、こちらにお並びくださーい」


 ショップ店員の号令に従って、順次、整理券番号順に列を作っていく。

 現在、3時45分。お渡し会の開始時刻自体までには、まだ15分ほどある。


「こないだも思ったけどさ、結構この待ち時間って退屈だよな。しかも、番号が後ろだと始まってからも、意外に待つし」

「バカか。この時間が大事なんだよ。推しに会う緊張のボルテージと推しへの愛を高めると同時に、仕込んできたネタを復習する時間だ」


 相武はスマートフォンの画面をこちらに向ける。メモ帳アプリ上に、箇条書きが並んでいる。


「いざ推しを目の前にして、しどろもどろになる訳にはいかないからな。貴重な時間を無駄にはできん」


 前回の自分の接近を思い起こす。相武には悪し様に評され、自分自身でどんな話をしたのかすらもひどく曖昧だ。


「そういう訳だから、お前と何を話すか考えておいた方がいいぞ」


 そう言い残して、相武は自分の番号の場所へ収まっていった。


「なにを話すか、かぁ」


 もちろん、無難なのはみゅーポンが主役を演じるアニメの話題だろう。実際、ちらりと見えた相武のメモにも書かれていた。

 とはいえ、彼女にとってそんな話は食傷気味ではないのだろうか。でもかといって、突飛なトピックを選んで、困惑されるようなことになってしまっては、それもまた具合が悪い。


「それでは、最初の方どうぞー」


 なんて、考え考えしている内に、結局何も思いつかないまま、列は動き出し、


「わぁ、来てくれたんですねぇ。ありがとうございますぅ!」


 ひとり、ひとりと前へ進んでいく。

 俺の番号は11番。うかうかしていると、この間の二の舞どころか、何も話せずに終わってしまう。それはさすがにもったいない。


「こんにちはぁ。今日は、来てくれてありがとうございますぅ」


 ほかの参加者とみゅーポンの会話を耳にしている内、ふと、気付く。

 それは、みゅーポンの応対に差があること。やや声音が高かったり、はきはき喋ったり。

 すこし憶測めいた見方をすれば、知り合いと話しているような、そんな感じ。


(自分のトークショーやお渡し会に、何度も来てくれてる人がいれば、そりゃ顔も覚えるか)


 ファン心理からすれば、きっと嬉しいことに違いない。


「次の方どうぞー」


 ぼんやりとそんなことを考えていると、いよいよ前の人が歩き出していく。

 しまったと思ってももう遅い。慌てて頭を回しても良案なんて浮かんでくるはずもなく、しかも前の人があっさりと話し終わってしまうもんだから、


「はい、次の方ー」


 頭空っぽのまんま、笑顔を向けてくれるみゅーポンの前に放り出されてしまう。


「こ、こんにちは」

「こんにちはぁ。来てくれてありがとうございますぅ」


 そして、とっさに口を突いて出たのが、


「今日は、その、友達に連れてきてもらって……! あの、ほら、黒縁の眼鏡をかけた、髪型キメキメのオタク野郎なんですけど……」


 我ながら情けないことに相武の話題でほぞを噛む。

 そもそも、みゅーポンが相武のことを覚えていなければ成立しない話題で、そうでなかったら、ただ気まずい空気が流れかねない。


「あー! ゆうゆうさん、かなぁ? お友達なんですね!」

「たぶん、そう。高校の同級生なんですけど……」


 分の悪い博打は幸いにも成功。ほっと胸を撫で下ろす。

 というか、推している声優にも髪型決めてきてるやつとして認識されてるの、面白すぎるだろ。


「深夜アニメって、最近になって見始めたんですけど、すごく楽しみにしてます」

「ありがとうございますぅ! でも、高校生だから、勉強も大切にしたくださいね」


 痛いところを突かれて、たまらず苦笑い。ちょうどそのタイミングで、背後から肩を叩かれ、その場を後にする。


 すれ違うタイミングで相武の目が合ったものの、立ち止まって話し込むのもただの迷惑なので、店の外へ出ることにする。

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