第18話 何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!!!!
〇
驚きのあまり、口の中の辛さなんて完全にすっ飛んでいってしまい、立ち上がって叫び出した俺とは対照的に、相武は、うどんをずるずるやりながら、冷ややかな視線を浴びせかけてくる。
「すまん。興奮し過ぎた」
「それもそうだが……お前、まさか知らなかったのか」
「う……まぁ。いま聞いたのが初耳だ」
「ふん、カスが」
「いやだって、御崎のツイッターにはなにも更新なかったし……」
ちょうどそのタイミングでスマートフォンがピロンと鳴って、ツイッターを開けば、御崎千絵里の新着ツイートの通知。
『〇おしらせ
2020年7月より放送の、遥か彼方に麗しき、にて枚方遥役で出演させていただきます。
原作の面白さを、アニメでも皆様にお届けできますよう、誠心誠意、頑張りたいと思います。
よろしくお願いします。』
絵文字も顔文字もない簡素な文章は、彼女のアカウントにおける二週間ぶりの投稿だ。
ちなみに、前回の投稿は、『新しいマグカップを買いました』という一言に、猫のイラストがあしらわれたマグの写真が添えられていた。
ツイッターを更新する習慣がないのか、彼女の投稿の頻度はひどくまばらだ。
ほかの声優、たとえばそれこそみゅーポンなんかと比べると、――みゅーポンは二、三日一回程度、今日はなにを食べたとか、どこへ行ったとか、プライベートの一部を話題にすることもある――その差は顕著だ。
すかさずハートマークをタップする。と、その投稿の直下に、みなれたサムネイル画像が目に入った。
『はるかなは、原作が大好きで漫画も全巻読んでます! 御崎さんがどんな演技をされるのか、いまから楽しみです!!!』
御崎千絵里の文章とは対照的に、たくさんの絵文字が散りばめられたツイートは、先程の彼女のツイートに返信する形で投稿されている。
「って、相武じゃねーか! 声優にリプライを送るのって、アリなのか?」
「ツイッター上に公開している以上、アリに決まってるだろう。声優によっては、返事をしてくれる人がいたり、いいねを押してくれる人もいたりする。そうでなくても、まぁ、目は通してくれているだろうさ」
スマートフォンを覗き込む。画面に表示される吹き出しボタン、これを押せば、俺も相武と同様、彼女に応援の言葉を贈ることができる。
「俺はやめ……とくよ。なんて書けばいいか分からないし」
「まぁ、それは個人の自由だ。好きにすればいい」
もうすこしその投稿を見つめた後、俺はスマートフォンの画面を消した。
「そういえば、相武はなんで先に知ってたんだ? まさか九重から……」
「バカか。先にアニメの公式アカウントから告知があったんだよ。アニメ化するのはずっと前から決まってたし、僕は原作のファンでもあるからな。だいたい、だれが葵なんかにそんなことを聞くか」
一瞬、業界人からのリークを疑ったが、その答えは俺自身の情報検索力を咎められただけだった。
「んー、なんか名前を呼ばれた気がするなぁ。もしかして、ボクのファンがどこかで呼んでいるのかなぁ」
「呼んでいないし、ファンでもない。今日の僕は気分がいいから、さっさと去ね」
ひょっこり顔を出したのは、ちょうど話題に上がった九重葵その人。肩から鞄を下げてのご登場だ。
するりと相武の隣の椅子に座ると、お盆の上に載せているプリンを見つけて、ただでさえ大きな瞳をさらに見開いて、
「うえ゛ぇっ!? 侑真がプリンなんか買ってる!? あっ、もしかして、収録終わりのボクへの差し入れ? いやぁ、悪いなぁ」
「黙れバカ。お前はカレーでも食べておけ」
「ここのカレー辛すぎて、食べられたもンじゃないよぉ。って、越尾クン、食べてるし!」
相武にしてもそうだが、そういう大事な情報は事前に教えてほしかったものだ。なんとか完食しきったが、後半はもう味なんてしなかった。
「それで、なんのお話してたの? ボクの今後の出演作は、教えてあげないよ」
「自意識過剰女乙」
「夏に始まるアニメの話してたんだよ。『遥か彼方に麗しき』ってやつ」
「あー! 知ってる知ってる。女の子三人が主人公のヤツ! 百合ものだっけ?」
「言葉に気を付けろよ。あの作品は、彼女たちの気持ちは、そんな一言で言い表せるものじゃない」
曰く、『遥か彼方に麗しき』という作品は小説が原作で、コミカライズなどのメディアミックスを重ねながら、去年の暮れについにアニメ制作が始まったらしい。
近頃アニメを見始めたばかりで、そういった方面にはまだまだ疎いが、口さがない相武が、皮肉を交えながらも饒舌に語るところを聞くに、面白い作品に違いない。
「そういや、侑真って原作から追いかけてなかったっけ。アニメ化は歓迎の人?」
「……まぁ確かに、アニメになると制作の都合上、どうしても物足りなくなりがちだが、僕をそこらのオタクどもと一緒にするなよ」
プリンを平らげた相武が、眼鏡の奥で目を光らせた。これは長くなるやつだ。
「小説がアニメになるということは、いままで文字の上でしか存在できなかったキャラクターが、肉体を持って動き出すということだ。それはすなわち、概念が受肉したといっても過言じゃない。それだけでも尊いというのに、更に、そこに声優の演技が加わることで、キャラクターに深みが生まれる。
原作者がどれほど精緻に綿密に、そのキャラクターを創造したとしても、所詮一個人の想像力と知識から生み出されたものに過ぎない。しかし声優がキャラクターに声を与えることで、声優自身の持つ人生経験や主義思想、それらが合わさり、一層の深みが生まれるんだ。それはさながら核分裂、いや核融合のように!」
いつにない熱弁でもって、息継ぎなくひと息に相武はまくしたてた。ふだんは斜に構えたような態度で、嫌味っぽいことばかり口にするのに、自分の好きなものを語るときには、一種の頼もしさのようなものすら感じる。
けれど、やはり恥ずかしかったのか、もうほとんど水の残っていないグラスを手に取り、それに気が付くと、
「喉が渇いた。水を入れてくる」
ぽつりとつぶやいて、俺とも九重とも目を合わさずに、席を立ったのだった。
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