第17話 マクロスFではないです


 〇


 九重が、高校に通いながらも声優として活動しているという事実を知った以上、いやがおうにも頭に湧いてくる疑問がある。


 彼女は、いったいどんな作品に出演しているのだろうか。


 すくなくとも、現在視聴しているアニメに、彼女は出ていない、と思う。

 九重の特徴ある声質ならば、聞けばすぐに同定はできずとも、なにか勘づくはずだ。


 こういうことを本人に尋ねるのは――あるいは、九重の性格ならば答えてくれるかもしれないが――、やはりすこし憚られる。

 相武に訊いてみようかとも思ったが、素直に答えてもくれなさそうだし、以前声の聞き分けも披露した手前、なんだかすこしきまりが悪い。


 これ以上観るアニメを増やして、それで学校生活に支障をきたすのも本望ではない。なんてことを考えている内に、また一週間と経ち、暦は五月、つまり、ゴールデンウィークの到来である。


 これぞ好機。この連休の間に深夜アニメというアニメを鑑賞し、九重を探し出してやろう。

 そう意気込んで、ふだんはめったに飲まないエナジードリンクなんかも買い込んで準備万端。


 いまやスマートフォンを習熟した俺は、もはや誰に頼ることもなく、深夜アニメの情報をキャッチできる。

 とはいえ、一応それとなく相武に話を聞こうとしたところ、いまは徳島に旅行中で忙しいということで取りつく島もなかった。家族旅行だろうか。


 そういう訳で、たっぷり昼寝をして夕方くらいに置き出し、そして明け方近くに眠るという昼夜逆転生活を一週間送った結果――


 ゴールデンウィーク明けの登校初日、目が覚めた時刻は午前九時半。それもそのはず、すっかり夜型の生活習慣が身についてしまったせいで、そもそも眠ったのが、アニメを見終わった午前二時過ぎ。

 アラームを設定していたものの、スマートフォンを操作した形跡すらなく華麗にスルー。


 目が覚めた瞬間、カーテン越しの太陽の加減で遅刻を察した俺は、いっそのこと二度寝しようかとも思ったが、胆力を振り絞って玄関を扉を開けた。


「おはよーっす……」

「連休明けの初日から重役出勤とは、良いご身分だな」


 学校に着いた時には、ちょうど二限目と三限目の間の休憩時間で、自分の席に座りなり、トイレから帰ってきた相武に嫌味を浴びせられる。


「昨日は、『このおん』が意外に面白くってさ。……このゴールデンウィークで、すっかり昼夜逆転だよ」

「一カ月前は、授業がどうだの言ってたやつが、まるで見違えるようだな」

「連休の間だけだって。まぁ、おかげで遅刻しちゃった訳だけど……。そういえば、徳島行ってたんだよな。どうだった?」

「ラーメンが美味かった」


 なんて雑談をしている内に、三限目のチャイムがなり、数学B担当の担任教師が入ってくる。おそるおそる遅刻を報告するが、初犯ということで幸いにも軽く叱られる程度で済んだ。

 ぺこりと頭を下げる。自分の席に戻る。くあと、大きなあくびを噛み殺した。


 睡魔と格闘しながら、三限目、四限目をやり過ごし、ようやく昼休み。急いで出てきたものだから、胃袋が唸り声を上げるくらいに空腹だ。

 のろまな相武を置き去りにして食堂へと駆け込み、今日のメニューも確認せずに食券を購入。素早くおばちゃんに手渡すと、出てきたのは麻婆カレー。麻婆カレー?


 学校の食堂で出すのにはふさわしくないカプサイシンの量を舌の上で転がしながら、白米と豆腐を大量にかっこむ。あまりの辛さに水をガブ飲みするが、余計に引き立つだけで逆効果だった。


「うわ、越尾。お前カレー食べてるのか?」

「はんはほ(なんだよ)」


 遅れてやってきた相武が、俺を見るなり訝しそうな声を上げるもんだから、カレーを口へ運びながら睨みつけてやる。


「ここのカレーは異常に辛いから、食わない方が吉だぞ。僕は辛いのがてんでダメで、臭いをかいでるだけで頭が痛くなってくる。しっしっ」


 小食かつ倹約家の相武は、たいていネギを散らしたかけうどんをお盆の上にひとつ載せているか、もしくはカフェオレを一本だけ手に持って、着席する。そんなのでよくもまぁ足りるもんだといつも感心しているが、今日はちょっと様子が違う。


 なんと、うどんの上にかき揚げが乗っているではないか! しかも、どんぶり鉢の横にはプリンまで!


 俺がそれを視線で見咎めていることに気付くや、相武はちょっと得意げになって、


「ふふん、今日はお祝いみたいなもんだ」

「もしかして、今日誕生日だったりするのか?」

「馬鹿が。自分の誕生日でこんな無駄遣いをする訳ないだろう。それに、僕の誕生日はまだ先だ」


 だとすればなんだろうか。わざわざ含みを持たせたということは、俺でも推測可能な範囲の出来事ということだろう。


「みゅーポンの誕生日?」

「違う。みゅーポンは11月2日生まれだ。次間違えたらぶっ殺すぞ」

「わ、悪かったよ。で、答えは」


 いつも死んだ魚のような相武の目に光が宿る。どうやら、みゅーポン関連の出来事で間違いはなさそうだ。


「ふっふっふっ。今日は、今日という日はな……『みゅーポン、初アニメ主役おめでとう』記念日、だ!」

「お、おおー?」

「なんだその反応は。お前、まさか馬鹿にしてるのか?」

「滅相もない」


 馬鹿にはしていないが、そこまで誇らしげに相武が言うことなのか、という疑問はお口をチャック・ノリス。


「ああ、それから、」


 うどんを口へ運ぼうとした相武が手を停めて、ふと、なにかを思い出したように、


「お前もおめでとう。みさきち、夏アニメで主役だな。デビューして二年目で主役って、大したもんだぜ」


 なんでもないふうに、本当にちょっとしたことを言うような具合で、そんなことを言うもんだから、


「ああ、ありがとう。そうかぁ、夏アニメって――」


 あやうく聞き流すところだった言葉を、なんとか引き止める。


「いま、なんて言った!?」

「あ? だから、御崎千絵里が、来季の『遥か彼方に麗しき』で、メインヒロインにキャスティングされただろ。やはり僕の目、いや耳に狂いはなかったな」


 御崎千絵里が主役!? 今期ではモブでの出演どころか、学校内ですれ違うことすらなかった彼女が!


「なんだってぇ――――――!!!!!」

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