第13話 パンは元気の源です
○
お渡し会に行ってから数日後の学校、昼休み。
お祭りのような
「声優オタクをするにしろしないにしろ、深夜アニメは観た方がいい。心が豊かになる。そうだな、今期の僕のおすすめは……」
と力説する相武のすすめに従って、深夜アニメのリアルタイム視聴を決意した俺は、ひとまず学校に支障が出ないように、ひとつの番組に狙いを定めた。
タイトルは、『
ちなみに、この作品にはもちろんみゅーポンこと柚野みゅーも出演している。モリアーティ教授が根城とする四畳半アパートのお隣さんの娘という配役だ。メインキャラではないものの、継続的に出番があると言って喜んでいた。
おかげで、昼になっても眠くて眠くて仕方がない。よくもまぁ相武はこんなことを毎日続けているものだと素直に感心する。
「それから、ツイッターやっといた方がいいぞ。アニメや舞台の出演情報もそうだし、トークショーやお渡し会の情報も告知されるからな」
ということで、アニメを観る傍らで、いまだに慣れないスマートフォンを操作して、ツイッターも始めてみた。
新しいことに挑戦するのは、手間がかかるものの面白い。おぼつかない手つきで、いろいろと試行錯誤している内に、またたくまに時間が過ぎていった。
お行儀が悪いと思いながらも、右手で箸を操りつつ、左手でスマートフォンの画面をスクロールする。
スポーツから政治や科学、果てはゲームにアニメの話題まで。この世のありとあらゆる出来事が、こんな小さな機械から覗き見できると思うと、ちょっと面白い。言うなれば、話題のるつぼみたいなものか。
そして気になったアカウントを自由にフォローして、自分好みのタイムラインを構成できる、というのも部屋の模様替えのような感じがして、気がつけばついついツイッターを触ってしまっている自分がいる。
フォローしているアカウントには、この間のふたりの声優、柚野みゅーに馬場優希。そしてもちろん――
「なぁに見てンの?」
「おわぁっ!?」
背後から急に声をかけられて、たまらずのけぞった。その拍子にスマートフォンを落としかけて、とっさに両手でキャッチ。
「あっ、いま隠したでしょ。もしかして、エッチなの見てたりしてた? やらしー」
振り返ると、そこにいたのは、
「九重さん?」
「そだよー。九重葵。よかった、覚えてくれてて。もし忘れられてたら、知らない人を急に驚かした、非常識な人になるところだったよ」
この間のお渡し会の帰り際に出会った、同級生の少女、九重葵であった。
右手に総菜パンみっつと、左手にパックジュースを持った姿は、まさにこれから昼食を摂ろうとしているところだろう。
「相席してもいい? どこもいっぱいでさ。教室で食べようかなと思ってたら、越尾クンがいたから、つい声かけちゃった」
「もちろん、いいよ」
そう言うと、彼女はにっこりと笑って、俺の対面に腰掛ける。
「それで、なに見てたの? まさか本当にエッチなやつ見てたりした?」
メロンパンにかじり付きながら、もういちど投げかけてきた質問に正直に答えるのは、すこしはばかられた。
「いや……昨夜見たアニメのことをちょっと調べてただけだよ」
「ふぅん。やっぱりアニメとか見るンだね。それで侑真と仲良くなったカンジ?」
「ま、まぁそんなとこ」
勘違いをしているようだが、曖昧に
「ボクも実は時々見てるンだよ? 最近だと、『御徒町モリアーティ』とか見てるよ!」
「あ、それだったら俺も昨日見た見た。あれ、すごい面白いな」
九重の人懐こい友好的な性格と、共通の話題もあいまって、意外にも会話が盛り上がる。
九重は、ちょっとしたことにも大げさなほどに身振り手振りでリアクションを示して、見ているだけでも飽きない。そのうえ、すこしダミがかった、炭酸の泡がしゅわしゅわはじけるような声音が、耳に心地よい。
「そういえば、侑真は一緒じゃないの?」
「相武は、古典の授業で居眠りしてて、一ノ瀬先生の大目玉食ってる」
「ぷっぷー。ほんとバカだよね。それなのに、学校のテストじゃいっつも点数いいから、頭の中、いったいどうなってンのってカンジ」
アニメはリアルタイム派を掲げる相武は、日中は常に眠たげで、隙あらば居眠りをしている。そして昼飯時になるとすこし元気になりはじめ、放課後になってようやく本来の生気を取り戻す。
「誰がバカだ。バカはお前の方だ。なんだったら、一年の学力テストの点数を超尾に教えてやろうか」
ごちん、と九重の頭の上に拳骨が落ちる。
視線を上げると、相武が肩をすくめている。
「いったーい! 殴った、女子を殴ったね!」
「ああ殴った。女子を殴った。僕は平等主義者だ」
隣のテーブルの生徒たちが、ちょうど食事を終えて空いた席に腰を下ろす。一ノ瀬先生には、よほどこってり絞られたのか、心底疲れ果てたような顔色だ。
「相当キツく怒られたみたいだな」
「あんな子守唄みたいな調子で、古文なんて読み上げられたら、誰だって眠くなるに決まってるだろ。僕は悪くない」
頬杖を突きながら、盛大にため息を吐く。それから、券売機の方を見やると、その列の長さに嫌気が差したのか、もういちど大きなため息を漏らした。
と、その視線が、九重が買ってきたパンの内のひとつを貫き、
「おっ、ちょうどいいところにパンが落ちてるじゃないか。誰だか知らんが気が利くな」
「おいー! それはボクんだ! 食べるんだったら、お金払ってよ!!」
「女子という不可思議な生き物は、どうやらダイエットというものを好んでするらしいからな。僕も一役買ってやろうという訳だ」
「ボクが餓死したら、侑真のせいだかンね!」
「するかアホ。むしろよくもまぁ三つもパンを食べれるもんだ」
「いま、アホって言ったーー!?」
九重のおかげで、学校生活がまた一段と面白くなりそうだ。
ともすれば騒がしいまでの彼女の言動は、しかし見ているだけで、聞いているだけで元気が出てくるような気がする。
そんなことを考えながら、昼食を平らげて手を合わせる。
窓の方を見やった俺の顔は、楽しそうに笑っていた。
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