第12話 ボクっ子はだいたい家族や幼馴染の影響



「『げ』、とはご挨拶じゃん」

「うるさい。なんでお前がこんなところにいるんだ」

「ボクがいたら悪いっての?」


 突然、ゴングが鳴ったように皮肉の応酬おうしゅうを交わす相武と少女。

 どうすればいいか分からず、俺はというとふたりの顔を交互に見比べるばかり。


 すると、突然、少女がこちらを振り返り、


「あ、思い出した。こないだ、駐輪場で会った人だ」

「なんだ越尾。お前、あおいと面識あったのか?」

「うっさいな。いまはボクが喋ってンでしょ!」


 ああそうだ。駐輪場でも、同じように道を塞いでいて注意を受けたのだった。


「越尾は、僕の、そう友達だ。お前に話しかけられる筋合いはない」

「なンそれ! てゆーか、侑真友達いたんだ」


 放っておくと際限なく口げんかを繰り広げていきそうだ。息ぴったりの漫才を見ている気分でさえある。


「えっと、相武。この子は?」

「ん……まぁ、腐れ縁だ。以上。言うことはなにもない」

「そう。本当に腐れ縁。なんでこんなオタクと幼馴染なのかしら!」


 ふたりが目を合わせるとたちまち火花が飛び散る。


「はぁ。侑真と喋ってても疲れるだけだわ。……ボクは九重ここのえ葵。同級生って、前言ってたよね? よろしくね」

「よろしく。俺は、越尾拓史」

「侑真と友達ってことは、……ふーん、越尾クンもオタクなんだ」

「いや、俺は……」


 否定しようとして、しかし半強制的に連れてこられたとはいえ、声優のお渡し会にまで参加した身で、果たして客観的に見てそうでないと言い切れるのか。


「ダイジョーブ! ボク、オタクには理解あるから!」


 ついさっき、オタクに対して否定的な発言してなかったっけ?


「それで、越尾クンはここになにしに来てたの?」


 一段下から、覗き込むように見上げられる。その大きな瞳に吸い込まれるような錯覚がして、くらりと来る。


「お、俺は、おわ――」

「越尾、そいつに付き合わなくていいぞ。もうやることは済んだんだから、さっさと帰るぞ」

「いやでも……」


 ぐいと相武に首根っこをつかまれ、踊り場の方まで引っ張り上げられ、


「(いいか。前にも言ったが、オタクには市民権がない。その中でも声オタとなれば格別だ。〝コンプラ〟や〝コンプラ〟みたいなものだ。どういう意味か分かるな?)」

「(お、おーけー)」


 ヘッドロックまでかけられて耳打ちされた内容に、こくこくと頷く。

 俺自身は声優オタクが悪い趣味だとは思わないが、世間様がどのような目で見ているかはまた別の話、という訳だ。


「なンだよー、ボクだけのけ者にして」


 唇を尖らせ、不平をあらわにする九重。本人の背格好が低いのもあいまって、まるで小動物のような印象を受ける。例えるなら、人懐こいチワワみたいなイメージ。


「しっ、しっ。さっさとどっかへ行け。どうせお前は『このおん』のブルーレイを予約しに来ただけだろう」

「ちぇっ、つまンないの。侑真なんか、推しから塩対応されればいいのに!」


 よくわからない捨て台詞を吐いて、九重は俺たちの横をすり抜けて二階フロアへと消えていった。最初から最後まで騒がしい少女に違いなかったが、学校内の知り合いが増えたのは嬉しいことだ。


「葵はああいうやつなんだ。構うとつけあがるから、それなりの対応を心掛けるように」

「そんな動物をしつけるみたいな……。幼馴染、って言ってたっけ?」

「小学校が一緒で、中学で別れて、そしてまた高校で合流しただけだ。まぁ、昔は家も近かったが」

「へぇ……」

「なんだその顔は。言っておくが、あいつに限ってそういうベタな幼馴染フラグが立つことなんてありえないからな! そもそも、僕は声優オタクで――」


 心底不愉快そうにしつつも饒舌に話す相武はちょっと面白い。


「今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった、し、なんか、新しい世界が見られた」

「当たり前だ。みゅーぽんのお渡し会をつまらないとか言っていたらぶっ殺すぞ」

「こういうのって、どんな声優でもやってるものなのか?」

「新人女性声優なら、何かにつけて毎週のようにやってるぜ。まぁ、僕もぜんぶをぜんぶチェックしている訳でないが、……まぁ、またなにかイベントがあったら誘ってやるよ。いろいろ手伝ってもらうことになると思うけどな」

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