第2節 高校生声優

第11話 目と目が合う~瞬間好きだと気付~いた~


 〇


 次に気が付いた時には、いつの間にか受け取ったポストカードを大事そうに握りしめ、七階会場出入口で、呆然と立ち尽くしていた。


「よう、糞みたいな凡接近ぼんせっきんだったな」

「あ、ああ。相武か……」


 ふだんのしかめっ面からは想像もつかないほどにほがらかな相武に声を掛けられ振り返る。


「で、どうだった。初めてのお渡し会は。楽しかったか?」

「うん、たぶん、そう。部分的に、そう」

「だからそのアキネイターみたいな答え方をどうにかしろ」


 ステージに上がってからというもの、記憶がひどく曖昧だ。

 柚野みゅーに、こんにちはと挨拶をされたところまでははっきりと覚えている。けれど、そこから先は、ちゃんと自分が挨拶を返せたのかすらもおぼろげだ。どんな話をしたのかなんてもちろん覚えてないし、あまつさえ、彼女たちがどんなリアクションをしたのかも。


「僕はもうちょっと周回してくるから、下で待っておいてくれ」

「周回?」

「お渡し会の参加券はCDの購入特典だからな。二枚買えば、当然その権利も二回分発生するんだ」


 言いながら、相武は同様のチケットの束を掲げると、そのまま列の最後尾へと並びに行く。

 ほかにも相武と同じように「周回」をする参加者らはいるらしく、列の長さは最初よりもずいぶん短くなったものの、それでもなお健在だ。


 俺は、再び舞台に上った相武を見届けると、ひとり階段を下りていく。

 ともすれば、踏み外しかねないような足取りだったから、手すりにつかまってしっかりと一段一段踏みしめていく。


 そして、人と物でごった返す一階フロアをすり抜け、なんとか店を脱出したところで、


「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 盛大なため息を漏らした。


 肺腑の奥から、絞り出すように息を吐きつくした後は、いま出した量よりもたくさんの空気を吸い、そしてまた吐く。なんどか繰り返す。


「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 言葉が、出ない。

 ただ、アニメの中の人の姿を見て、記念にポストカードをもらうだけだと思っていた。

 声優と会話ができると知っても、やはりそれだけのことなのだろうと思っていた。

 けれど、それは思い違いだった。


 なにがどう良かっただとか、楽しかっただとかは、分からない。記憶もない。

 言葉が、出ない。


 ようやくはっきりし始めた意識で、スマートフォンを見れば、開演からまだ三十分も経っていない。

 冷めやらぬ興奮を発散させようと、もういちど店の中へ戻って漫画を眺めたり、自販機で缶コーヒーを買ったり。相武を待ちながら時間を潰す。


 せっかくなので、ほかのフロアも見て回ろうと思い、階段を上ろうとした時、ポケットの中で着信音が鳴った。


『もしもし? いま終わったところだ。お前どこにいるんだ?」

「ちょうど一階から二階へ向かう階段の途中」

『僕もいま降りて行っているところだから、すぐに合流で――』


「ちょっとーぅ、そんなところで立ち止まられると、邪魔なんだけどぉー?」

「す、すいません」


 電話を耳に当てたままその場で立ちんぼしてしまっていたものだから、後ろから注意を受けて道を開ける。


(あれ、いまの声、どこかで聞いたような……)


 それもつい最近。しかしつい最近に聞いたことある声といえば、ごく限られるはずだ。例えばアニメ、例えばテレビCM、例えば学校。


「ん、んんんんン????」


 振り向くと、その少女と目が合った。

 大きく見開かれた瞳。ウェーブがかった髪を束ねたポニーテール。


 見つめ合うこと数秒。彼女が、口を開きかけたその時、


「悪い、待たせたか」


 階上から相武が下りてきて、


「「げ」」


 ぴたりと声が重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る