第3話 「この御曹司がイケメンで金持ちのくせに、女嫌いすぎる! ~高飛車悪徳令嬢と七色の少女たち~」
○
結局のところ、あの生徒は、あの美しい声の持ち主はいったいだれだったのだろうか。青山学園の生徒であることは間違いないし、赤いリボンをしていたから、三年生だろう。
顔は横からしか見ることができなかったから、もしも次に会って分別がつくかどうかと言われれば自信はないが、声を聞けばきっと分かるはず。
なんてことを考えながら、家に帰り、鼓膜の奥に残る歌声の
二年生への進学祝いということで買ってもらったスマートフォンを、不慣れながら操作していると、
「
と、眉を吊り上げた母親に叱られたところで、一切合切、なんの支度もしていないことに気が付いた。
慌てて自室に飛び込んで、明日の時間割と睨めっこしながら通学用のカバンに教科書やらノートを放り込んでいく。
一応制服も用意しておこうと思って、しかし新しい学校はほとんど私服登校であることをすぐに思い出して、上の階と下の階をガチョウのように行き来している間に、
「ふう、こんなもんか。げ、もう一時かよ……」
時計の針は十二時を回ってしまっていて、思わずため息をつく。新学期早々から寝坊して遅刻なんてしたらたまったもんじゃない。
BGM代わりに付けっぱなしにしていたテレビを消そうとリモコンに手を伸ばす。
『きゃー!
聞きなれない、甲高い声がスピーカーから飛び出してきて、たまらず体が固まった。何事かとテレビを睨み付けると、
『キャア――――!!!!!』
赤、青、ピンク、緑、……色とりどりの髪色の少女たちが、テレビの中でかしましく叫んでいる。
あんまりにもうるさいもんだから、リモコンを操ってボリュームをしぼり、しばし画面の中で揺れ動く女の子たちを凝視してみる。
これがアニメなのはすぐにわかった。が、こんな時間にテレビアニメがやっているなんて、知らなかった。そもそも、日付が変わる時刻まで起きていること自体ずいぶん久しぶりだったから、さもありなん。
『ふん、梨園くんは、あんたたちみたいな女には相応しくないのよ!』
連続ドラマなんかでもだいたいそうだが、途中から見ても、話の流れなんててんでわからない。五分ほど見つめていたが、どうやらひとりの男子生徒を巡って、複数人の女生徒が争いあっているということだけら見て取れた。
『ですが、お嬢様……』
興味もなくなってきたし、そろそろ眠ろうかと思った時、不意に聞こえてきた声に思わず意識を向ける。
画面では、先程から渦中の男子につきまとっている、金持ちらしき少女が、お付きのメイドに声を荒らげていた。
『私に意見する気?あんたなんてクビよ!』
『そんな……』
どこかで聞いたことのあるような声。それも、耳当たりの良い、染み入るような、すっと胸の裡に落ち着くような声音。
どこで聞いたのか。少なくとも引っ越す前の田舎で耳にしたものではない。こっちに来てから、電車の中?それとも、どこかを歩いている時に聞いた?あるいは――
「うーん、絶対聞いたことある声だと思うんだけどなぁ」
たった二言の台詞をなんども耳の中で反芻させている内に、本編は終わってしまい、アニメはエンディングへと突入していた。
エンドロールクレジットの教える通りでは、このアニメは『この御曹司がイケメンで金持ちのくせに、女嫌いすぎる!』というタイトルらしい。けったいな名前のアニメもあったもんだ。
まったくそんなつもりはなかったのに、考え事をしながらではあるものの、最後まで見終わってしまった。これでようやく布団に入れる。
そう思って、リモコンを取り上げようとした時、またしても俺は動きを停めてしまった。
「あれ、この曲……」
そのメロディ、フレーズには確かに覚えがあった。
音楽をほとんど聞かない俺が聞いたことのある曲といえば、CMに使われているようなテーマソングか、もしくは、それこそ街中の街宣車が垂れ流し続ける珍妙な音楽か、あるいは、
「学校!!」
学校というキーワードに沿って、記憶が蘇ってくる。まぎれもなくこの曲は、今日学校の中で聞いた。しかし、そのメロディに乗せられた歌声は、記憶の中にあるものとは違う。その声こそ――
とっさにテレビ画面を見やる。上へ上へと流れていくスタッフロールを見逃すまいと、目を見張る。
クレジットには制作に関わった人物の名前が記載されているはずだ。このアニメの指揮を執る監督であったり、絵を描いている人であったり、そしてキャラクターに声を与えている人であったり。
「北条院梨園、伊藤兼人、違う。……サクラ・H・アーバスノット、TORAKO、違う」
最初の方に表示されるのはおそらくメインを担うキャラクターたちだろう。
「ピンクの女生徒、大原よしみ、違う。青の女生徒、石田沙羅、違う……」
全七色の女生徒たちのクレジットが流れたその直後、
「クビにされたメイド、御崎千絵里……」
中庭で聞いた声。俺をとりこにした声。思い出すだけで、鼓動が高鳴る声。
一分にも満たない歌声、たった二言だけの台詞。しかし、それだけで十分だ。
それは、彼女、御崎千絵里のものに違いない。
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