第2話 スピーチとスカートは短い方が良いっていう


 〇


「えー、であるからして」


 私立青山学園。東京二十三区内某所にある、中高一貫校。

 そして、今日から俺が通うことになる学校でもある。


「学生の皆さんには、えー」


 学校パンフレットによると、自由な校風を推進しており、例えば、入学式などの式典を除いて、制服の着用は義務付けられていない。


「この始業式を機に、一層勉学に励み……」


 進学科一類から三類、そして特別科という四つのコースに学生らはそれぞれ割り振られ、高校生活を送ることになる。


 一類は、いわゆるエリートコース。二類は主に中学からのエスカレーター組のコースで、残りは三類。

 特別科は、スポーツや芸能推薦組のクラスで、それなりの成績を収めているらしい。編入試験を受けに来た時、担当してくれた先生が、去年の夏は野球部が東東京ブロック準決勝まで進んだ、と話していた。


「そういう訳でね、あー、学生の皆さんには、えー」


 ……校長先生のこのフレーズを聞くのも、もう何回目だろう。時計を見上げると、既に30分が経過していた。くあとあくびを噛み殺すと、涙が出た。


 目じりを拭い、目を閉じる。耳を澄ますと、列のどこかしこで、ひそひそ話をしているのが聞こえる。


「お前、去年何組だっけ?」「三組。そういや授業で一緒になったことなかったな」

「昨日のドラマちょー面白くってさー。寝不足ー」「知ってる知ってる! 『次は君の番だ』でしょ?」「校長の頭、最近さらに磨きがかかってると思うんだけど」「今日始業式だかんね、気合入ってんだよ」


 人よりも耳が良い。それが、越尾拓史、俺のちょっとした特技だ。100メートル先に落ちた針の音を聞き取れる、まではいかないが、その気になれば、一番前の列の雑談だって拾える、と思う。


 編入生、ということで、俺は列の一番後ろで、二年生としての始業式を迎えている。クラスは進学科三類四組。つまりは転校生というやつだ。

 父親の仕事の関係で東京都内に転居してきたため、地元を離れての新生活は、不安がないと言えば嘘になるし、前の学校に未練がないと言っても嘘になる。


 けど、地方出身である俺からすれば、大都会東京は憧れの塊で、不安と未練以上に、ドキドキとワクワクが勝る。新しい友達の出会いも楽しみだし、せっかくだから部活に入ろうかな、なんてことも考えている。


 新学年の始まりのタイミングで編入できたのは、運が良かった。中途半端な時期の転校生となると、クラスに馴染むのに苦労していたかもしれないが、クラス替えにうまく紛れ込むことができれば、きっとすぐに友達もできるはずだ。

 それでももちろん、緊張はするだろうけど。


 なんてことを思うと、なんだか本当に緊張してきた気がして、ぶるりと尿意がやってくるもんだから、もういちど時計に目を向けると、時計の針は十五分程度進んでいる。


「で、あるからして、学生の皆さんには、えー」

 

…………

……


 結局、校長の話は一時間を超えたところで、教頭先生が割って入ったことでようやく終わりを見、それからもう十分経ったところで、閉会の運びとなった。


 幸いにも、列の一番後ろだったもんだから、三々五々に解散していくほかの生徒たちを後目に、一目散に駆け出した。


「確か、編入試験の時に、こっちの方に……」


 一カ月前の記憶を頼りに校舎内を走り回り、あわやホースから飛び出しそうになる直前になんとか事なきを得た。

 極上の爽快感を覚えながら手を洗って外に出たところで、ふと視線を前に向けると、窓の外に見えたのは、綺麗に整備された中庭。ベンチまで設置されていて、いかにも憩いの場という風。


 パンフレットに、当校は美しい景観が自慢です、みたいな文句のあったことを思い出す。コの字型の校舎の中央の中庭で、生徒たちが昼食を食べている写真が載っていたはずだ。


 誘われるように足を向ける。春の日差しが緑の葉っぱに反射して、きらりと光った。均一な石畳は、まるでここが学校じゃないような錯覚すら抱かせる。


 確かに、当校の自慢と謳うだけはある。地方の学校じゃ、こんなものはどこへ行ったって見れやしない。


 始業式の後は各自自由解散とのことだったので、しばらく中庭をほっつき歩いていたが、あんまり長居をして、教職員や用務員の人に見咎められるのもちょっと具合が悪いから、


「……そろそろ戻るか」


 そう呟いて、振り返った時だった。


 はじめは、鳥のさえずりかとも思った。

 風に揺られて葉っぱの擦れる音に交じって、聞こえたのは、口ずさむような人の声だった。


 歌声。


 引き寄せられるようにふらふらと、声のする方へと歩き出していく。

 美しい歌声で惑わし、船乗りを難破させる怪物の神話……そんな益体もないことを頭の中に浮かべながら、声の方へ、声の方へと進んでいく。


 あるいは、彼女はまさしくセイレーンだったのかもしれない。

 だって俺は、彼女を追うまま、沼の深く深くへと沈んでいくのだから。


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