一目惚れした先輩が声優だった件 ~今日から始める声豚ライフ~

終末禁忌金庫

第1幕 はじめての深夜アニメとはじめてのお渡し会

第1節 声優にハマる理由は十人十色

第1話 きっとそれは、誰の胸にもある歌なんだ


 〇


 その歌声を聞いた時、俺は一瞬にして心奪われた。

 知らないメロディ、知らない歌詞。でもそれが、こんなにも胸を高鳴らせるのは、彼女の歌声に、俺がすっかり魅せられてしまったからに違いない。


 人の気配のない中庭をぐるりと見回しても、声の主は見つからない。ならばと見上げたその視線の先に、


 彼女はいた。


 紡がれるのは、やはり聞いたこともない歌。けれど、その声を聞いているだけで、心臓が脈打って仕方がない。

 ともすれば、自分の鼓動の音がうるさくて、心臓を停めてしまいたいくらい。


 それほどに、彼女の声は、俺を魅了してしまっていた。


 いつまでも聞いていたい、そんな俺の願いは、しかしすぐに夢破れる。

 三階の窓から中庭に向かって、朗々と歌い上げる彼女が、なにかに気付いたように、つと歌声を止める。


 しまった。立ち聞きが見つかったか。


 思いきや、長い黒髪と赤いリボンを翻し、彼女が振り返った先には、同級生と思しき女生徒。


「美咲ー? なにしてんのー? 早く帰ろーよー」

「んー。ちょっと練習」


 美咲。そう呼ばれた彼女は、そのまま廊下の方へと引っ込んでいってしまった。

 もしかすると、また再び顔を出すかも、なんて淡い期待を抱いたまま、しばらく中庭に突っ立っていたが、彼女の声が完全に聞こえなくなったのを確認してから、小さくため息を吐いた。


 何気ない話し声さえも、こんなにも心を打つ。


 雨雲が晴れ渡った後の、透明な空のような歌声。その残響を耳の中でなんどもリフレインしながら、俺も中庭を後にする。


 この歌声が、この胸の高鳴りが、俺を声豚に誘おうものなど、この時の俺は知る由もなかった。……

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