東京

夕空心月

第1話

人がひしめき合う満員電車、もし今ここで、私が血を吐いて死んだとしても、皆目的の

駅で降りるだろうし乗り換えを誤ることもないだろう。数分後には皆私のことなんか忘れる、誰にも思い出されはしない。


そう思えるから、私は東京が好きだ。


降り立った時身体にまとわりつく灰色、存在が背景に溶けていく感覚、圧倒的な自由と途方もない孤独。


だから私は、東京が好きだ。


すべてがあるのに、少しずつ手が届かない。絶対にここが良いと思って入った店のすぐ隣に、さらに惹かれる店が現れる。得ても得ても完全に満たされることはない。どこか空虚を抱えて人が流れていく。


だから私は、東京が好きだ。


人目を憚らず指を絡め合う恋人、家をなくし何日も風呂に入っていない青年、タピオカを片手に自撮りをする女子高生、暴力を振るう父親から逃げてきた家出少女。皆一つの駅の下にいる。SOSを発することをやめた人々、イヤホンでSOSを遮断する人々。


だから、それでも、私は東京が。


かつて愛したあの人の住む街。あの人を連れ去っていった街。あの人は元気だろうか。東京に殺されてはいないだろうか。高いビルのどこかの窓に、あの人が映ってはいないか。


やっぱり私は、東京が好きだ。


赦される気がする。何者にもなれないことも、ただ日々を貪って生きていることも、死を選ぶことも。


寂しくて愛しくて眩しくて苦しくて、すべてがあるのに何もない、どこまでもどこまでも灰色、灰色、灰色。


東京が好きだ。

東京が嫌いだ。


車窓から見える線路沿いの小さな家を見て、私は少し泣いた。隣に立っていたサラリーマンが怪訝な顔をして、すぐに次の駅で降りていった。


きっと私はまた、東京に来るだろう。


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