第2話 青ネコはやはり猫だもの

「た、大変です、凪瀬なぎせさん!」

 モニターの中であたふたしているのは、発電担当の尾山くんだった。

 思わずくん付けで呼んでしまったが、尾山さんは僕より二つほど年上だ。普通の会話でも、なんだかいつもあたふたしている印象なので、どうも先輩という気がしない。


「どうしたんですか、慌てて」

「そ、それが、あの、ネコが、ネコ電圧がですね、だから、困ってるんですよ」


 うーん。さっぱり要領を得ない。


「落ち着いて下さい。電圧がどうしたんですか」

「発電電圧が急速に下がっていてですね……」

 もう、それを先に言ってくださいよ。


 って。

「どういう事ですか、尾山さん!?」


 ☆


 僕は発電室に駆けつけた。

 窓越しに見ると、いつも通り多くのネコがその中で暮らしていた。


「あ、あれーっ!!!」

 僕は大声を上げていた。

「ね、でしょ、でしょ」

 尾山さんが、なよっ、とした調子で両手を握り、胸の前で揃えている。高校生くらいの女の子なら可愛いかもしれないが、30過ぎのおじさんがやっても苛立ちしか覚えない。


「どうしたんです、みんなじゃないですか」


 七千匹のネコたちは、そろってお昼寝に入っていた。

 当然、静電気は起きない。

 中央蓄電器コンデンサの残り容量は僅かだった。




「なんで。今日に限って何かやったの?」

 休暇を取りやめ、緊急に出社してきた弓村さんが尾山さんを締め上げている。

「うちじゃないですよぅ。これは例の動物保護団体の人のせいです」

 そういえば、この前そんな団体が見学に来ていた。結構重要な団体だから所長直々に案内していたはずだ。

「なんで、それがどう関係あるの」


「ええ。だからね」

 尾山さんは涙目で訴えた。

「あの動物保護団体の人たちが、ここの環境は劣悪だって、うちの社長に言ったらしいんですよ。ネコはもっと自然に近い環境で暮らすべきなんだって」


 この発電室は一年を通してほぼ同じ気温、湿度に保たれている。快適この上ないはずなのだが。

「つまり、外がぽかぽか天気だから、この中もそうしろと」

「ええ。たぶん」

 社長が勝手に設定温度を変更したらしい。


 それで、ネコたちがみんな昼寝してるのかっ!


「尾山さん、いいから設定温度を下げて。凪瀬くんは、私と一緒に来て」

 僕は弓村さんの後に続いた。


「いい、凪瀬くん。この中に入ってから、やる事は分るわね」

 緊張した声で弓村さんは言った。僕はぎこちなく肯いた。

「は、はい」


 僕たちはまず、耐電防護服を着込んだ。これは繊維にゴムを混ぜ込んだ、電気を通さない素材でできている。

「背中側もよく確認して。破れてたらそこから感電して大変な事になるからね」

 静電気は実に数千ボルトものエネルギーを持っているのだ。僕たちはお互いの防護服を確認し合った。


 そして、発電室入口の横にある、赤と黄色で塗り分けられた扉から、それを取り出した。……これだけは使いたく無かったのだが。

「よし、じゃあ行くよ」

 弓村さんと僕はそれを手に、発電室の扉を開けた。


 ☆


「うわーっ、弓村さん助けて!」

 僕は悲鳴をあげた。

 だが返事は無かった。ここからは見えないが、きっと弓村さんも同じ目に遭っているのだろう。

「ああ、やめてくれぇ」

 僕は手に持った棒を振り回した。その先の紐にはネズミのおもちゃがいくつも付いている。つまり、大型の猫じゃらしだった。


 ネコたちはそれを目がけて襲いかかってくる。

 僕はすぐにネコたちの下敷きになっていた。しかも、鋭い爪で防護服があちこち破れている。その結果。


「いてっ、せ、静電気がっ。あ、痛いっ」

 ネコに触れるたび、身体のあちこちで、ぱちぱちと音がしている。下手な拷問より心が折れそうだった。


 ☆


「いやぁ。お疲れさんだったね」

 げっそりした表情の弓村さんと僕を前に、社長は明るい声で言った。

「そうか、暖かいと寝ちゃうんだね。だから寝子(ねこ)っていうのかな」

 あはは、と笑う。


 大規模停電の危機は回避された。

 だが、この社長を何とかしないと人的要因の停電が本当に起きそうだ。


 この『ネコ』エネルギー。実用化への課題は、まだまだ多いようだ。



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