青猫でんりょく株式会社

杉浦ヒナタ

第1話 送電線に青ネコは集う

 僕の会社では猫を飼っている。その数、約七千匹。

 え、何のために? それは。


「すごーい、ネコがいっぱいいる!」

 見学に訪れた近所の小学生たちが大きな歓声をあげた。

 ガラス越しにではあるが、広大な空間に多くのネコが自由に遊んでいるのが見える。幾台ものキャットタワーが立ち並び、先を争ってそれに昇ろうとしているネコがいる。また一方ではネズミ型のぬいぐるみにじゃれつくネコもいる。

 見渡すかぎり白、黒、茶トラ、キジトラ、ブルー……、の海だった。


「ねえねえ、あのネコさんが、でんきを起こしてるんでしょ?」

 一人の男の子が僕に話しかけてきた。

「そうだよ、よく知ってるね」

「えへへ、お父さんに教えてもらった」

 少年は自慢げに笑った。


 そう。僕の会社『Ao-nekoでんりょく株式会社』はネコが起こす静電気を集めて、各家庭に送るのを仕事としていた。


 こうやって部屋の中でネコたちが動き回ると莫大な静電気が発生する。それを部屋の壁や床に貼り付けた吸電素材によって回収し、中央蓄電器コンデンサに充電する。そして、それを適切な電圧に変換して、お客さんの家まで送電しているのだ。


 こう云ったネコ式発電所は世界でも類をみない。環境に優しいのはもちろんだが、捨て猫対策にもなると、徐々に注目を集めてきていた。


 今日のような見学者の対応も『でんき管制オペレーター』の僕の仕事だった。

 小学生の質問に答えながら、施設内を案内して回るのだ。


「おさん、ありがとうございましたっ!」

 小学生たちは送迎バスで帰っていった。

 僕は笑顔で手を振りながら、やれやれ、と安堵のため息をついた。


 ☆


凪瀬なぎせくん、お疲れさま」

 管制室へ戻ると主任管制士の弓村ゆみむらさんが半笑いでこっちを見た。入社は僕より二年先輩で、新人だった僕の指導担当が彼女だった。だから、僕はいまだに彼女に頭が上がらない。

 普段からあまり化粧っ気がなく、すごい美人とは言い切れないが、よく笑う可愛らしい人だ。


「どうだった、小学生の相手は」

 弓村さんはコーヒーのカップを僕の前に置いた。

 僕はお礼を言って、一口すする。


「まあ、反対派の大人を案内するよりは楽しかったですよ」

 これはあまり大声では言えないが。

「ああ、そうだったねー。この前は大変だったね。質問攻めで」


 思い出すとうんざりする。あれは質問というより、ただの言い掛かりだった。

「電気は余っているのに、なんで今更こんな施設が必要なんだ! って、散々言われましたよ」

 ははは、と弓村さんは笑った。

「仕方ないよ。あれは猫アレルギー患者さんの団体だったからね」


 ☆


「弓村さんの方は、変わった事はありませんでしたか?」

 あー、と彼女は微妙な表情になった。

「まったく。ネコ電気って、どうしてあんなに気まぐれなんだろうね」

 小さくため息をついた。


 弓村さんの言いたいことは分る。

 僕たちは、その日のネコ電圧(単位:Vat)、ネコ電流(単位:Cat)を基に、送電計画を立てているのだが、どうも計算通りに動いてくれないのだ。


「海岸通り周辺へ送っている送電線で、ネコ電圧密度が異常に高いって情報があった」

 それはこの発電所から一番遠い地区にあたる。ネコ電圧密度が低いのなら分るけど、高いと云うのは納得いかない。


「原因は分りました?」

「うん。近くの営業所から調査に行ってもらった。そしたら、そばに魚市場があるからじゃないか、って」

 はあ? だからネコ電気が集まって来た、ってか。


「誰ですか、そんな事を言ったのは」

「調査課の三坂くんだけど」

 たしか今年入社したばかりの新人だった。


「ちょっと文句言ってやりますよ。弓村さんが激怒してるぞ、って」

「あたしを引き合いに出すな。結局はお客さんの発電機が不調だったみたいだけど。それも彼が見つけてくれたんだよ」

 まあ、それなら許す。


 だが、実際に通常の物理法則に合わない動きをするのも確かだった。実は、魚市場の近くだから、というのもまんざら根拠のない話でもないのだ。統計上、そう見えない事も無いデータが発表されていたりする。


「やっぱり、エネルギー源がネコだから、かなぁ」

 弓村さんは小さく呟く。


 ☆


 環境にやさしい『ネコ』エネルギー。

 本格的な実用化への道は、まだまだ厳しいのかもしれない。



(第2話へ続く?)


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