第Ⅱ章 帝国の目的、命の尊さ

第12話 シトラス城①

 大航海の中一つの大きな船が浮かんでいる。しかい、甲板に乗りかかるかのように居座る大きな蛸のような魔物がいた。それに対峙する一人の女性、太陽の光に照らされた青い髪はゆらりと風と共に舞い、疾風のごとく魔物に向かって走り出す。

「ライトスラッシュ!!」

レイピアから放たれる白い光は、闇をも燃やし尽くしてしまうほど輝かしいものだった。それは、死骸対策用の技で、どんなに切り付けても生き続け襲い掛かる死骸を滅してしまう唯一の戦法だ。今の実力では、どんな攻撃をも弾力性で弾き返す魔物には勝ち目はなかった。しかし、生憎快晴の昼間、残った戦法は死骸対策用の技のみだった。

「春花!応戦するぞ!」

 船の扉から怒号のように叫び倒しながら彼女の名前を口にしたのは、兄である紅井秋斗だった。彼は大きな斧を肩にのせて駆け出す。

「秋斗待て!」

 続けて扉から飛び出したのは友人である稲垣智也だ。

「うるせぇ、愛しの妹が襲われているんだぞ」

「ここは春香一人で戦わせるんだ。今の春香は龍神の期待に応えようとしている。その想いを見届けるんだ」

 智也は封じられし社で龍神が言っていたことを思い出していた。彼女が世界を救う器であることを。

 春香は二人が助太刀しに来たのを目にくれず魔物に向かって走り続ける。やがて大きく飛び跳ねて魔物の右目にめがけて光り輝くレイピアを何度も突く。しかし、魔物はもろともせず大きく触手を振りかざして春花を叩きつける。勢いよく床に叩きつけられた春香は体勢を崩す。それを見ていた秋斗と智也はすぐさま春花の下に駆け寄る。

「おい大丈夫か、春花」

「みんな、ありがとう。けどあともう少しなの。今攻撃したところを見てよ」

 秋斗は春香の言われた通り、魔物の右目を見つめる。そこにはやや焦げたかのような黒く燃えかかっていた。

「あいつ、もしかして腐魔なのか」

「帝国が作り上げた人間と死骸の実験体、今ここで倒さないとまた人を失ってしまう。ここにいるすべての人が危ないの。だから、手を貸して」

 自分一人では倒せないとすぐに状況判断して、二人に手助けを申し付ける。

「わかった、クリーニングしたばかりの銃弾を見舞いするときだ」

「智也は相変わらず銃のクリーニング直後の戦闘は生き生きしているな」

「あぁ、今日は格別だね。こんなにもやりがいがありそうな実験体はワクワクするね。さあて、どんな銃弾を喰らってもらおうか」

 智也はニヤニヤと笑みを浮かべながら得意の銃弾を両手に広げて眺めている。

「銃に装填しねぇでどうすんだよ、早く終わらせて蛸の丸焼きでも食おうぜ」

 大きな斧を振り回し戦闘態勢に入る秋斗に続けて、やっとどの銃弾を撃ち込むかを決めた智也は銃口を魔物に向けた。

「さすがに死骸からできた蛸は食べたくないな」

 春香も負けていられないと意気込み、再びレイピアを構える。

「それじゃ、行くぜ!」

春かと秋斗は一斉に魔物に向かって走り出す。

「僕の新しい銃弾だよ、じっくり味わってくれ。二重効果(ダブルエンハンス)デスライト!」

 秋斗は3回発砲させて、銃口からは灼熱の炎を発しながらも、白く輝く光を解き放っていた。銃弾は先ほど春香がライトスラッシュで攻撃した右目と触手の付け根に命中する。ジュッと焼けるような音が聞こえると共に、瞬く間に当たり周辺に閃光がはしる。

「うぅぅぅぅぅぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

魔物は体の中と外から燃える如く光を浴びて叫び声とも聞こえる鳴き声を放つ。さらに、前方に走って生きていた二人の人間がいないことに気づく。魔物は混乱したのか、どこから襲われるのかという恐怖を抱き始めた。しかし、それはすぐにやってきた。殺意を感じる方向、つまり上空に目をやる。太陽の光に隠れながら、光り輝くレイピアと斧を持ちながら降下してくる二人の姿を目に捉えた。対抗するように、触手を天高く伸ばす。

二人は襲い掛かる触手を華麗に避け、体制を整えて武器を構える。

「ライトスラッシュ!」「ライトブレイカー!」

 春香と秋斗の技が炸裂し、魔物の頭上に鋭い刃が切り付けられた。刃が触れた瞬間、肉が焼けるような音と共に煙も発生し魔物は悍ましい叫び声をあげる。

「ぎゅしゅうぅぅぅぅぅ!!」

「まだだ、畳み掛けるぞ!三重効果(トリプルエンハンス)ホーリーブラスター」

 智也は閃光の効果を持つ銃弾をより強化し、最も威力が高い効果を発揮する死骸対策用の弾丸を5回放った。魔物は死に物狂いで銃弾を防ごうと触手でガードするが、発砲された弾の威力と弱点である閃光による効果で貫かれ、そのまま顔や体に被弾する。触手には穴が開き、焦げ臭いにおいが充満しだす。

「アテムの町で戦った腐魔の方が強かったんじゃないか?もっと根性見せたらどうだ、ライトブレイカー!」

 続けざまに秋斗の力強い一撃を喰らって、ノックバックを引き起こして魔物の意識はとんだ。

「これで終わり、ライトスラッシュ!」

 終わりを告げた春香が最後の一撃を魔物に喰らわせて腐魔は見る見るうちに溶けはじめて跡形もなく姿を消した。


 青い空と海、白い雲、照り付ける太陽と吹きかける春風、心地の良い空間にいる春香たちは突如やってきた戦闘を終えてひと段落していた。三人とも甲板の床に座り込み、談笑をしていた。他の乗客は安全を確認して、安心して甲板に出てくるものもいれば、不安が募って外に出てこない乗客もいた。船員は乗客の安全を確認するため一人ひとり状況を整理していた。

「まさか春香が一人で戦っていたなんてな、結局俺らも戦うことになったわけだが」

「まぁ、春花の戦法じゃあの弾力性を持っている魔物は不利だったな」

「でも死骸対策用の技を試してみてよかったよ。みんなが来てくれなかったら、こんなに早く終わらなかったよ」

「今世紀の英雄は甘えん坊さんだな」

「乗客も船員も全員無事でよかった。これで問題なく旅の続きができそうだ。船も動き出したし、昼過ぎにはシトラス城下町に着きそうだ」

 魔物がいなくなったとわかり、船は遅れて運航を再開した。魔物に襲われた際は、混乱を拡大させないために運航を停止するみたいで、春香が戦い始めたころには船は動いていなかった。次第に、大陸らしきものが見えて、いよいよ目的地に着くようだ。

「海の旅はもうすぐで終わりらしいが、城下町に着いたらまずどうするんだ」

「宿探しになるな。町は比較的安全だと思うが、帝国兵が100パーセント以内という保証はない。すぐに身を隠せる場所を探しておくのが手束だろう。そのまま城にお邪魔する案もあるが」

「確かマーグレットが先にシトラスにいるんだよな。だったら門兵に尋ねたら早いんじゃないのか」

「それもそうだな、門兵がダメだったら宿で」

 秋斗と智也がしっかり練って今後の行動を取り決めている。するとある男性乗客が声を荒げる。

「なんだあれは」彼が指さす方向に大きな飛空艇が、船が走行している同じ方向に向かって飛行している。

「帝国の飛空艇がどうしてここに」

「僕たちがいた大陸の方向からだ」

「おい、よく見たら黒い煙が上がってないか?」

 帝国の飛空艇は何事もなかったかのように船の真上を通過し、帝国領の方へ飛んで行った。しかし、春香たちが先ほどまで滞在していた大陸の方は、何かが燃えて煙が蔓延しているように見える。

「まさか、あいつらまた街を襲ったのか」

「恐らくそうだろう。奴らの目的は領土拡大も含まれるからな。僕たちがセト村侵略を防いだからより軍事力を高めて襲ったんだろう」

 以前セト村を訪れた際に飛空艇から帝国兵と死骸を引き連れてセト村を襲った帝国軍だったが、偶然春香たちが滞在していて、住人たちの避難とともに戦闘を行って帝国軍を撤退まで抑えた。しかし、今回船に乗っていた春香たちは、帝国軍の奇襲に備えることができずに再び人を亡くしてしまった。

「早くシトラス城にいかないと」

「あぁそうだな。いつまでも好き勝手させられないからな、早いとこ帝国を何とかしようぜ」

 三人は思いつめた表情になり、より一層険しい顔立ちになった。


―数時間後―

 船は無事にシトラス城下町の船着き場に到着し、乗客は一斉に降りて安堵していた。船に乗っていた帝国兵は商品や荷物のチェックをしており、人の安全確認は一切協力していなかった。シトラス城下町の人々が群がってきて、魔物に襲われたことを聞いて丁重におもてなしをしていた。

 春香たちは素早く町の裏路地に移動して、城までの最も人目が付かないルートを確認していた。町の地図を購買屋で購入して、町の構造をくまなくチェックしていた。町は長方形に長く、階段を重ねて断層構造となっていた。建物はどこも西洋をイメージして作られたもので、城は最上階に位置していた。船着き場は街の東側に位置し、町から外へ出るには南門と西門にいかなければならない。城は北側に位置しているため、このまま裏路地を北側に歩いていれば城の側面に辿り着く。

「よし、ルートの確認はできた。あとは、城に行って中に入れさせてもらうだけだが…」

「自称英雄を信じ切って中には入れさせてもらえないだろうな。何か証明できるものがあればいいんだが、何か父様や母様からもらっている形見のようなものはないのか」

 智也が秋斗に質問するが、秋斗は横に顔を振る。

「私たちは実際の両親に会ったことが無いから、そもそも瑞島槇侍の息子娘さえも事実かわからないんだよね」

「気づいた時には周りから英雄の子孫と言われたのか。でも龍神の加護があるのは証明できる。実際に僕が目の前で見たんだしね」

「マーグレットを呼べば入れてくれるんじゃないのか」

「帝国の手先だと勘違いされたら終わりだな」

 秋斗の提案を酷く否定した智也は肩を落として歩き出す。秋斗も渋々後を追うが、実際に城に入る手段がないのは事実で、英雄の子孫の証明できるものがない。相手は国を治める期間で、身分を証明できないと返り討ちに合うだろう。

 すると、向こうの道から二人の騎士たちが歩きながら談笑をしていた。

「こないだ城にやってきた帝国兵の奴が言っていたこと覚えているか?」

「もうすぐ英雄が来るから帝国と戦う準備を始めてくれってやつだろ。なんで俺たちが帝国の指図を受けないといけないんだろうな。しかも英雄って瑞島槇侍は亡くなったんだろう?」

「どうやらその子孫が来るらしいぜ。子供が剣振り回すだけだったらウケるよな」

「笑えるよな。それに、あの帝国兵がスパイなんじゃないかって、騎士団内で噂されているぜ」

「あぁ、一番納得できる噂話は生まれて初めてだよ。なんせ数日前まで帝国兵として街を襲っていたんだからな」

 シトラス城の騎士らしき男二人は春香たちを通り過ぎてどこかに消えていった。

「今のってマーグレットさんの話じゃ」

 帝国兵がシトラス城に英雄の子孫が来ると伝えたのは間違いなくセト村で逢ったマーグレットのことだった。

「帝国のテロリストって疑われても仕方ないか。自分の命が危険にさらされたら、春花を人質にして自分を守ることだってできるんだからな」

 秋斗はそう言いながら、再び歩き出す。智也も同意見のようで反論することさえなかった。

「っま、気にすることねえって。マーグレットがいるんだったら呼んで中に入れてもらおうぜ」

「本当にその路線で行くんだな」

「しょうがないだろ、裏口から侵入したって敵対されるだろうし、正面から突っ込んでも変わらないだろ」

「秋斗は相変わらず過激派というかなんというか」

 三人はマーグレットの存在を頼って城の中に入ることに決めて、シトラス城を目指して歩く。

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