第8話 リガールの町①

リガール乗船場町はアテムの町から南方へ森を抜けた先に位置する港町である。海上での貿易を通じて発達した町で、浅橋に市場を展開している。海に面しているため潮風が気持ちよく、海鮮料理も現状日本では有名である。

そんなリガールが帝国の攻撃を受けないのは、帝国と貿易仲であり、帝国にとって唯一の収益源であるからだ。もし、帝国がリガールを攻撃すれば、自身の発達を捨てるようなものだ。

しかし、春花達が目にしたのは死骸の群れだった。無人のリガールに違和感を抱いた春花は町中を探索したところ、死骸の群れが街を襲っていた。

通常死骸は夜に出現するのだが、昼間にこうして活動するのは異例であった。

「無人のリガールは不気味だな。」

「まずは死骸をなんとかするぞ!」

智也は杖を、秋斗は斧を構えて死骸を倒していく。春花はレイピアで死骸の胸を貫く。そして、すぐにレイピアを抜いて風魔法のアルウィングを唱えた。

「アルウィング!」

春花がアルウィングを詠唱して小型の死骸ジャドに向けて放つ。しかし、一向に風の衝撃が現れることはなく、ジャドは何も起きないことに頭を傾けている。

「どうした春花!魔力切れか?」

「いや、そんなはずはない......」

魔力ならある。体力もある。何故先日唱えることが出来た中位魔法のアルウィングが発動しないのだろうか。そう考えていると、先程のジャドが爪を立てて春花に切りつけた。

「きゃっ!」

春花は不意をつかれて尻もちをつくが、すぐにバックステップをする。しかし、後ろにいた死骸・ギルヴァルドが殴り掛かり吹き飛び建物に衝突する。瞬間、肺の空気が抜けて呼吸が荒くなる。

「春花!集中力切らすな!」

「はあはあ、うん。」

秋斗の注意喚起で切り替えるが、ジャドによって負った傷が痛む。右腕から血がボタボタと垂れてくる。意識が朦朧とする中レイピアを再び構える。一瞬でジャドとの距離を詰めて眼球目掛けて貫く。

「輝裂爆」

刹那、レイピアが白く輝きだし、光が膨張して爆発を引き起こした。レイピア専用の死骸対策の技で、レイピア貫いたまま光を発して爆発を引き起こす。

輝裂爆をくらったジャドは既に灰になったのか姿が見当たらなかった。

春花はそのまま走り出してギルヴァルドの方へレイピアを構えて貫く。しかし、ギルヴァルドは右腕の爪で防いだ。先程ジャドが殺られているのを見たのか、それを学習して防いだのだ。

「ふざけないで!ウィング!!」

今度は自分でも唱えられる下位魔法を唱えた。今度は突風が発生してギルヴァルドの腹に衝突して吹き飛ぶ。途中で体勢を整えて着地した瞬間爪を整えて走ってくる。

春花は槍に持ち替え薙ぎ払いを繰り出す。しかし、ギルヴァルドは跳躍して上から爪を振り下ろす。隙をつかれた春花は再び被弾する。痛みに怯んでそのまま腹蹴りをくらって吹き飛ぶ。

衝撃でまた肺の空気がなくなる。息が荒いままレイピアを構える。肩を大きく揺らしているため、狙いが定まらない。このまま一突きしても避けられて攻撃をくらうだろうとわかっていた。春花は大きく腕を広げて魔力を集中させる。

「ドスウィング!!」

上位魔法のドスウィングを詠唱した。しかし、先程のアルウィング同様、不発に終わった。

「どうして!」

思うようにいかない春花はだんだん苛立っていく。

「春花落ち着け!唱えられないやつ唱えても意味ないだろ!」

咄嗟にパクト型の死骸との戦闘を中断してアルファイアをギルヴァルドに放つ。しかし、それも難なく躱された。

「あいつ、普通のギルヴァルドと違うな。」

「え、そうなの。」

「僕達の隙をついて攻撃しているように見える。それに、こちらの行動全てお見通しのようだ。見た目はギルヴァルドそのものだが、亜種だな。」

智也が一瞬の交戦でそこまで見出していた。春花の方が交戦している時間は長いのに、智也が答えを出したのはほんの一瞬だった。

「春花、今は戦闘を控えてくれ。」

「え──」

智也が衝撃的なことを言い出す。

「ちょっと待って!2人で死骸の群れを倒せない!」

「ああ、そうだな。春花と一緒に戦っていたらもっと勝利が低くなる。今は従え。」

「っ!」

智也が珍しく冷たい声で春花を抑えた。智也はギルヴァルドの正面に立ち、銃を構える。しかし、そのまま放置していたシャークに銃口を向けてホーリーレイを発泡した。シャークはいきなり放たれた光に太刀打ちできず灰になる。

「これで一体一だな、亜種。」

「ギシャアアアアアアアアアアアア」

智也の挑発に雄叫びをあげたギルヴァルドは突進してくる。しかし、智也は右側にサイドステップをしてギルヴァルドの横腹にホーリーレイを発砲するが、爪で弾かれた。

「知ってるよ、読むんだろ!馬鹿め。」

「ギシャ!?」

ホーリーレイを読んでそのまま方向転換して突進してくる。刹那、轟音と共に紫色の雷がギルヴァルドの体を覆った。

「来ると思ったよ。読まれているならその先を読めばいいだけ。逆光の裁き!」

逆光の裁きは光と雷の属性を加えた設置罠だ。足で踏んでも通り過ぎても発動する技で、帝国兵が時折使用するものだ。

ギルヴァルドは四方八方から降り注ぐ雷に耐えられず、声にならない悲鳴をあげている。

「帝国兵が使う罠とは一味違うよ。僕のは改良型で威力も3倍だ。加えて死骸用に閃光をたくさん蓄えている。さあ、灰になるんだ。」

「グ.......シャ.......ア」

しかし、一向に灰になる気配がないギルヴァルドは耐え続けている。

「ならアルライト!」

続けて智也は中位魔法の光属性のアルライトを詠唱する。瞬間、囚われの身のギルヴァルドに球体の光が現れて爆発するがギルヴァルドの体は欠けることなく存在し続けている。

「こいつ、不死身じゃないだろうな!」

「グググ.......グガガガガガァ!」

ギルヴァルドは大きく叫び、逆光の裁きの呪縛から解き放たれた。

「なんだと!罠にかかって身動き取れるのかよ!」

驚いた智也は透かさず銃を取り出してホーリーレイを何発か発砲する。さすがの智也もこのギルヴァルドのタフさに驚く。

「秋斗!応戦してくれ!」

「了解!」

ジャド相手に次々と縦横斬撃を繰り出していた秋斗が大きくジャンプして、ギルヴァルド目掛けて斧を振り下ろすが、バックステップで躱す。

「おぉ、避けるのか。」

「感心してられないぞ。あいつ、以上に攻撃を耐えるんだ。」

「ああ、任せとけ。」

秋斗は急に走り出して斧で思いっきりギルヴァルドに襲いかかる。しかし、ギルヴァルドは左右に避けつつ後ろに下がる。そして、ギルヴァルドが建物に衝突した瞬間、後ろから秋斗の両サイドを塞ぐように氷の槍が飛んでくる。あとは秋斗がトドメを刺すだけだが、ギルヴァルドは大きく跳躍した。

「こいつ飛びやがった!」

死骸の実に人間のような行動に驚く秋斗だが、後ろから再び声が聞こえる。

「三重詠唱・アルアイスからアルファイア!!」

発せられた詠唱から6本の氷の槍がギルヴァルドを囲うように建物ごと突き刺さり、あとから出現した炎の塊がギルヴァルドを襲う。

「まだだ、四重詠唱・アルライト!ホーリーレイ!」

右手の杖から大きな光の球体を、左手の中からは死骸対策用の技を放つ。合計4つの技がギルヴァルドを襲う。

「ギャアアアアアアア!?」

甲高い声が響いた。とても苦しそうに叫び倒す。アルファイアで燃やされ続け、苦手な光に照らし続けられている死骸にっては地獄のような一時だ。やがて、これでもダメなんじゃないかと思った智也は、さらに四重詠唱でアルファイアを加えた。

ギルヴァルドが灰になったのはその5分後だ。智也が様子を見ている中、秋斗が残りの死骸が駆除していた。

「やっと終わったか。」

「協力助かったよ。」

秋斗と智也はそれぞれ礼を言い合う。

そして、戦場の外れに座っていた春花に視線をやる。

「春花はどうしたんだ。」

「まあ、ちょっとな。」

智也がはぐらかすように答えて春花のもとへ歩く。

「ごめん.......。」

「構わない。話は後だ、まずは住民を助けるぞ。」

「うん。」

春花は顔を伏せたまま答えて立ち上がる。

「取り敢えず、人が安全に避難できそうな場所を探そうぜ。」

「いや、おそらく大きな屋敷にいるはずだ。」

智也が指さした方向は一番標高が高いところに位置する大きな屋敷だ。

リガールの構造は崖を削って大地の高さと海に面する高さを4分割にして発展させた町だ。上層部は町の入口に面しているためか、比較的開けた場所で、大きな屋敷がある。2層目は旅人や観光客を宿泊させる宿屋やホテルがある。ホテルは日本が滅んでも守られた一流のホテルだが、内容は当時と比べて劣る。3層目は町の人が住む家が立てられている。東側は一軒家、西側はアパートと分けられている。この違いは平民か貴族かの違いだろう。4層目は市場となっている。

智也達は大きな屋敷の方へ向かうため、上層部へと歩く。1層部はリガールの広告看板やお花畑があっていい眺めだ。

「来た時は綺麗に見えたけど、死骸のせいでそういう気分じゃねえな。」

「全くだ。人々の指揮にも影響するだろう。」

智也はそう言って歩みを止める。

「でかいな。」

眺めただけでも大きいと感じるこの屋敷は、通常の2倍くらいはある。ヨーロッパの屋敷ほどではないが、それでも日本の敷居にとっては大きいと感じる。

智也が屋敷のドアに手をかけて開ける。中は薄暗く沈黙が支配していた。床には赤い絨毯が敷いてあり、所々にお花が入った瓶が置かれ、壁には絵画が飾られている。

ドアの正面には2階へと続く階段があった。両サイドには部屋があり、おそらくリビングや厨房が配置されているのだろう。2階は客室か持ち主に部屋か。

「誰もいないのか?」

「僕達を警戒しているのかもしれない。」

念の為武器はしまってある。続けて屋敷の中に入り、右側の部屋に入る。

「なっ!」

リビングであろう部屋は人が20人以上入れそうな空間が広がっていた。いや、実際に何十人もの人間がそこにいた。

「えーっと、もう死骸は全て殲滅しました!」

智也がそう言うと、そこの人達は「おぉ!」と歓声を上げて喜んだ。

「もう大丈夫なんだな。」

「よかった、助かった。」

「君たちがやっつけたのか!」

「ありがとう。」

各々己の感情を最大限にして感謝を述べる。

部屋の隅にいた高齢の方が、智也の前に出てきた。

「リガールを救ってくださり、ありがとうございます!」

「いえいえ!当然のことをした迄ですよ。」

「いいや、リガールが死骸に襲われたのは昨夜。何も出来ず逃げ惑うことしか出来なかった我々を救った君たちは、リガールの英雄だ。」

「え!?」

英雄と言われて驚く智也だが、すぐに状況を整理する。すると秋斗が割って話す。

「俺は紅井秋斗って言う。このガリ勉は友人の稲垣智也で、後ろにいるのが俺の妹の春花だ。」

秋斗が自己紹介すると、その場の全員が驚いたようにいっせいにこちらを眺める。目の前の高齢の方も目を大きく見開いている。

「紅井.......春花と秋斗って。瑞島槙侍様のご子孫ではありませんか!」

「あ、まあそうだけど。」

「これは「君たち」等と言ってしまい大変失礼いたしました!」

彼はそのまましゃがみこみ土下座をしだした。

「ちょっと待ってくれ!頭上げてください、俺たちは子孫だけど英雄じゃないから。」

「いえいえ、我が町リガールを救っていただいたのは、ご子孫様達です。我々にとっては既に英雄でございます。」

「取り敢えず頭上げてください、あと敬語もいいですから!」

「秋斗が.......敬語で喋っている!?」

「そうなんですよー、珍しくないですか?って、俺のことはいいだろ!」

「ノリツッコミってやつか、そんなに面白くない。」

「解せぬ。」

そんなやり取りから、リガールの住民とは仲良く笑いあった。





「私はリガールの長老を務めています田畑幸雄と申します。」

「日本名?」

「はい、私は大天空城の清掃員をしていたものです。」

「大天空城か。ひとつお聞きしてもいいですか。」

「私にお答えできる範囲で。」

「今大天空城はあるのですか?」

智也はいきなり大天空城の有無を尋ねた。

「今もございますよ、空の彼方に。私が地上に降り立ったのは、槙侍様を援護するために武器を運搬していました。しかし、戦は敗れてここに残ると決めたからです。」

「なんのために。」

「この地で街を発展させれば、また昔の日本のように賑やかになるんじゃないかと、まあ老いぼれの悪あがきでございます。」

「なあ、戦ってのはなんだ。」

「はい、帝国が領土を占領して死骸や腐魔を操って軍を作った時、大天空城の総力を挙げて戦争を行ったのです。しかし、帝国の戦力は思った以上に強く、大天空城は敗れました。」

「1度戦争までしたのか。事の発端は日本とアメリカとの戦争で日本が滅んだのに、今度は帝国と全面戦争とは、親父は辛かっただろうな。」

「はい、槙侍様は大変心を痛めておりました。最後の言葉は「我が道をゆけ、光の先に希望はある」と。それを信じてリガールが営んだのですが。」

「死骸に襲われた。それは田畑さんのせいじゃない、帝国が悪い。気にしないでください。」

秋斗が田畑さんに励ましの言葉を言う。

智也はまた昔のことを知って再び問う。

「それと、シトラス城へ行きたい。船はいつ頃出れそうですか。」

「明日には出れるかと。今日は死骸の被害を把握しなくては行けないので。」

「わかりました、宿で明日を待っています。」

「よろしいのですか!?よろしかったら、このお屋敷でおもてなしを致しますが。」

「お心遣い感謝します。しかし、我々はただ死骸駆除をしただけですので。それに仲間との話もしたいので。」

「智也様がそうおっしゃるのなら。宿は屋敷の下にございます。」

「ありがとうございます。」

智也達は田畑さんの屋敷を出ていく。





田畑さんに言われたとおり、2層部にある宿屋で泊まることにした。二階建ての宿屋は縦長に出来ており、客室が左右にそれぞれ5部屋あった。割り振られた部屋に入った秋斗達はそれぞれ荷物を置く。そこで智也が春花を呼び止めた。

「春花、話がある。」

春花はずっと顔を伏せていたままだった。リガールの人達が喜びあっていた時も、田畑さんの話を聞く時も、暗い顔をしていた。

「まずは、魔法が使えないところだな。おそらく、黄金竜の力はそう単純にできていなさそうだ。」

「.......え?」

「つまり、リガールに来る途中にあった腐魔に唱えたドスウィングは偶然だ。黄金竜と言っても、ジャルハヴァクは6神の1人という訳では無い。」

「じゃあどうしてあの時ドスウィングを?」

「言ったろ、偶然だ。黄金竜の力は魔力や力を増幅させるだけのもの。特別な技を覚える訳でもないし、新しい能力に芽ばえる訳でもない。あれはただの偶然だ。」

「.......そう。」

「それともうひとつだ。」

「何?」

「力を求めるな。」

「.......え?」

一瞬、智也が言ったことがわからなかった。

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