第7話 封じられし社②
故ミューズの情報をもとにアテムの町から南に位置する森林地帯にある封じられし社にやってきた春花達は、龍神の大いなる恵みである黄金竜の加護を求めて社の地下を目指す。
中は木造の社とは違って石レンガのように積まれており、湿度が高いのか至る所に苔が張り付いている。通路以外の空間は無く、ひたすら暗闇が支配していた。
「足滑らすなよ。」
秋斗の注意で春花と智也は足に力を入れて地下の空間に踏み入れる。
「真っ直ぐ行けば黄金竜に会えるってか。」
「過酷な試練はこの先だろうか。」
「行ってみよう。」
一行は慎重に奥の方へと進んでいく。途中天井から水滴が落ちてきたり足場に罅ができたりと不安を募らせることが多かったが、歩いて10分くらいで開けた空間に出た。
「何にもねえぞ?」
「隠し通路もスイッチらしきものも見当たらない。」
正方形の空間には何も無く、来た場所に帰る通路しかなかった。辺りは暗く、みんながどこにいるのかすぐ見失いそうになりそうだ。
「すごく過酷な仕掛けがあるのかと思ったら何も無い。やっぱり噂ってだけでそんな力ないんじゃないか?」
智也もさすがにミューズの情報であっても目にすれば嘘だったことは分かる。しばらくの沈黙の後秋斗が。
「......帰るか。」
「そうだね。」
春花も同意の元通路がある方へ歩き出した。刹那。
「マタレヨ──」
「え!」
どこからともなく冷たいおぞましい声が聞こえてきた。その後、緑色や水色といった光が部屋中を支配し、無重力感に襲われる。
視線を下に移すと、さっきまでの地面についていた足が、謎の空間に足を踏み入れていることに気がつく。まるで、空間ごとなくなってしまったかのように。
「おい、春花!何かいるぞ!」
秋斗の声で前方に視線を戻すと、そこには真っ黒な鎧のようなものを身につけた巨人(?)がいた。背には複数のマントを身につけ、両腕を交差し、巨大な剣を床(?)に突き刺している。
「ワレハ、コノセカイヲタバネルモノ。シンパンシャ・ジャルハヴァク。ナンジノメイウンヲサダメルタメ、イツワリノセカイニマネイタモノ。」
「審判者.......ジャルハヴァク?」
「偽りの世界ってどういうことだ?」
「セカイノコトワリヲミイダシタエイユウ・ミズシマシンジノシソンヨ、ソノイノチヲモッテロクシンノチカラヲタクワエ、アンコクノイシヲウチハラエ。」
ジャルハヴァクは春花と秋斗の問いに答えることなく続ける。
「セカイニハビコルアンコクブッシツヲハイジョスルニハエイユウノケツエキヲホウシュツシ、ナンジノイノチヲイケニエニフウインスルホカナイ。」
「おい!春花に死ねってことかよ!」
「セカイヲスクウニハイケニエガヒツヨウダ、ゼンセイキニミズシマシンジガオノレノイノチヲギセイニシタヨウニ、アカイハルカモアンコクブッシツヲハイジョスルタメイノチヲササゲルノダ。」
「.......。」
春花は突然現れた死の恐怖に震えが止まらない。帝国と殺り合う覚悟はしていたが、世界を救うためには自ら命を捨てる覚悟はしていない。春花は膝から崩れるような感覚に陥る。
「春花!?」
「大丈夫か!」
透かさず秋斗が春花を支える。
「カクゴナキモノニハセイサイヲ、カクゴアリキモノニハチカラヲアタエヨウ。センタクスルガイイ。セカイガホウカイスルミチカ、ホシ・アースノヘイワヲノゾムカ。」
ジャルハヴァクは時間を与えることなく選択肢を差し出した。
このまま前者を選べば私は少なくとも生き延びる可能性があるが、地球は滅ぶ。後者を選べば私は死ぬ。けど地球は救われる。究極の選択肢にどうしても命が欲しい選択肢に気持ちが偏ってしまう。春花は心のどこかでまだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!
気づいた時には両手が頭を抱えていた。腕も足も体全体が死の恐怖で震えている。全身の力は抜けきり目から情けないほどの涙が流れて、息遣いも荒い。
「おい!春花に何をした!」
「何者かは知らないがこれ以上春花に手出しはさせない。」
秋斗と智也はそれぞれ斧と銃を構えるが、ジャルハヴァクは動かない。
「エラバレヌモノニセイサイヲ。」
するとジャルハヴァクの目が突然光り出し、空間にいた秋斗と智也は姿を消した。つまり元の世界(?)に戻したのだろう。
「ノコルハ、ナンジノミ。センタクスルガイイ。アースノホウカイカ、ヘイワカ。」
「.......。」
突然秋斗と智也が消え去り、ジャルハヴァクの威圧が自分へと切り替わってさらに恐怖する。もしかしたらジャルハヴァクに殺されるのではと。
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
春花は蹲って叫ぶ倒す。必死に無抵抗だとジャルハヴァクに伝えるために。しかし、それは無意味だった。
春花の体は先程まで目に見えない地面に蹲っていたが、それが突然消えて頭の先にいるはずのジャルハヴァクが目の前にいた。現実を突きつけるように、ジャルハヴァクはこちらを見つめている。
「センタクセヨ。エイユウハシヌサダメナノダ。」
改めておぞましいほどの声に呆気を取られる。このまま何を選択しても自分は死ぬ。わかりきったことでも自分が死ぬとわかっていても、自分から選ぶのは嫌だった。それでも英雄の子孫という肩書きがあるのか、世界の為に戦うという意思が出てくる。
このまま自分が死んで世界が滅ぶか滅ばないかと言われたら間違いなく後者を選ぶだろう。
春花は恐る恐る声にならないほどの掠れた声で言う。
「戦い.......ます.......世界の.......為に.......。」
「ヨカロウ、ロクシンノチカラヲタクワエルウツワヲ、アタエヨウ。」
刹那、春花の体が白く光り出す。先程まで冷たい威圧に触れていたためか、不思議と光が暖かく感じる。光から今まで感じたことの無いような力が体の中に流れてくる。
「イマ、セカイニイスワルロクシンノチカラヲアツメ、ソノチカラデアンコクノイシヲメッスルノダ。それが、紅井春花の運命だ。」
「え!」
突然耳に残るような通った声に驚いた。だが、あの不思議な空間は冷たい石レンガの正方形の空間へと戻っていた。
「春花.......。」
後ろを振り向くと秋斗よ智也が心配そうな顔でこちらに歩く。おそらく、絶望したかのような顔なのだろうと思い顔を伏せる。すると、秋斗が背中を摩ってくれた。
「.......。」
突然死を言い渡されれば優雅に会話をする気にもなれないだろう。沈黙が30分間続いた。その間、春花はこれからどのような人生を送ろうが近いうちに死ぬことを考えていた。普通ならここで投げやりになってどうでも良くなるだろう。それでも世界を救うと選んだ春花は、多くの人を救いたい、帝国を倒したいと決心した当時の自分がいたからこそだろう。
春花は秋斗が背中を摩るのを遮って、その場で横たわる。秋斗と智也は声をかけることなく、部屋の隅に座る。そして、春花はそのまま眠りの世界に入った。
「あたし.......戦うよ。」
一夜明けて森を抜けてしばらく平原を歩いているときだった。昨日のジャルハヴァクの宣告によって突然死を言い渡された春花はやつれたような顔で社の外へ出たが、今はそれが少し収まっていた。
「そうか.......。」
智也が返事をする。春花が話しかけたが、それでも場の空気は重かった。春花もそれ以上のことは言わなかったし、秋斗も明るい話をする気にはなれなかった。
春花は、自分が死んだとしても秋斗と智也は絶対に死なせないと考えていた。黄金竜の加護を受けて力を貰ったのだから、この2人だけでも守り抜きたいと。その時。
「こういう時に腐魔かよ。」
前方に小型の腐魔が2体いた。小さい人間のような形で、深緑と薄気味悪い鱗を身にまとって目をくりくりさせている物は一応腐魔で、人間や動物を殺してしまうほど恐ろしい生き物だ。
春花はそっとレイピアを手に取り、腐魔へと歩き出す。秋斗と智也はそんな隙のある行動に驚いた。それと共に戦闘を舐めている、投げやりだと感じた。しかしそれは一瞬で否定された。
「消えろよ.......。」
自分の口から発せられた声が冷たすぎて自分でも驚く。
刹那、春花から凄まじい威力の風が発せられ、腐魔2体を余裕で覆うほどの巨大な竜巻が襲う。砂埃や風に刃で腐魔はあっという間に身を引き裂かれて消えていく。その時間は2分と長く続いた。
「春花が......上位魔法を!」
春花が繰り出した風の衝撃波は上位魔法のドスウィングだった。ミューズも何度か使っていた魔法だが、下位魔法しか詠唱できなかった春花がいきなり上位魔法を披露したのだ。秋斗が唖然としていて声が出なかった。
春花の急な変わりように追いつかなかった彼等は春花に歩み寄る。
「今には一体なんだ!どうして春花が上位魔法を唱えられる!」
「.......わからない。けど気づいたら唱えてた。」
「いや、気づいたらって。長年魔法の鍛錬をしたものが唱えられる魔法だぞ!」
「多分、黄金竜の力だとおもう。」
「あ......。」
智也が興奮した質問に昨日の出来事がフラッシュバックする。しかし、智也は続ける。
「そうか、黄金竜の力か。六神だっけ、彼らに会って力を得るんだよな。今度はそれが目的だな。よし、リガールを目指して大陸を渡ろう。」
「おい、本当にこれでよかったのか!」
「うん、私が死んでも世界が平和に残るのなら私は構わない。」
「嘘だろ春花!妹を捨てて生きろってか!」
「秋斗!みっともないぞ。春花が決断したんだ、僕は春花を尊重する。頼む、空気読んでくれ。」
智也の普段あるはずのないカウンターに秋斗は戸惑う。だが、智也も全てを納得したわけではなかった。智也もどこか腑に落ちない様子だった。今発した言葉は、春花を思っての言葉だった。
「2人ともありがとね。行こっか。」
春花はせっせとリガールの方へ向かう。そんな春花の背中を見つめることしか出来なかった男2人は、ただ春花について行くだけだった。
「秋斗、春花のことだが。」
先程のやり取りから1時間が経っている。どうしても別の方法を捨てきれない智也は秋斗に問いかける。
「さっきのは嘘だ。本当は春花には死んで欲しくない。もちろん秋斗だ。」
「当たり前だ!絶対死なせたりなんかしない。」
「ああ。何か別の方法があるはずだ。」
「別の方法って?」
「ジャルハヴァクは暗黒の意志とか暗黒物質とか言っていたな。おそらく、暗黒物質は死骸か腐魔だろう。後者を取れば腐魔を開発している帝国だ。」
「そういうことか。死骸は?」
「死骸がわからない。死骸の発生源は人気のない比較的暗い場所だからな。」
「やっぱり腐魔か?」
「と、信じたい。けど腐魔を殲滅するにも春花が死んでいもいいという訳では無い。僕達選ばれなかった者でも腐魔を撃破することが出来る。」
「じゃあなんで命と引き換えにしなきゃならねえんだ?」
「それもわからない。実際に帝国とやり合う時にならないとわからない。」
「ややこしくなってきたな。」
「現段階で別の方法と言っても限りがある。もし腐魔のことを言っているのなら僕達で殲滅する。神の力に頼らなくてもな。」
「だな、そんときは思いっきり斧でぶった切ってやる。」
「はめ外すなよ。」
「お互い様。」
2人の会話はそれで終わった。草原を照らし続ける太陽は未だ輝いている。穏やかな風が頬を掠めて、心地のいい雰囲気を楽しめる。それはもう、後戻りができないことを伝えているかのように。
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