第5話 アテムの町④
アテムを襲う帝国兵と死骸の群れを退け、アテムの南部に停泊する帝国の空中艦隊を目指した春花達は、空中艦隊に現れた巨大な腐魔と1戦を交えていた。
「いざ攻撃しても避けられて傷一つ付きやしねえ!」
その腐魔は姿を現すとき、ワープをしたのか一瞬で姿を出した。それはその時だけでなく、戦闘においても駆使するようだ。
「今だ、帝国に動きはない、それよりか腰抜かしてビビってる。けど腐魔を殺ろうにも町に被害が出る。」
「もう出てるよ、既に住民も何人か死んでるし、死骸が出た時点で町を100%守りきれねえ!」
「今は腐魔を倒すことに集中しよう!」
腐魔は口から火炎を吹いて春花達を襲う。春花達は一斉にバックステップをして次の攻撃に備える。
腐魔は右の大きな握り拳で春花目掛けて殴りかかってくる。春花は右方向へサイドステップをして拳を避ける。しかし、その動きを見た瞬間、左の拳で再び春花を殴り飛ばす。春花は体力切れもあり反応しきれず建物の壁にぶち当たる。衝撃で肺の空気が抜けて荒く呼吸をしている。
しばらく呼吸を整えている春花の元へ先程腰を抜かして動けなくなった帝国兵が近寄ってくる。春花はレイピアを手にして帝国兵に突きつける。
「今は争っている場合じゃない、君たちは体力と魔力がそこを尽きているのだろう。あんなバケモンあいてじゃ勝ちっこない!」
「あなたは.......英雄の.......子孫である私を.......助けるの.......」
春花は酸素を求めつつ、帝国兵に問う。
「俺は......確かに帝国の兵士だよ。けど、いくら英雄の子孫を殺せって命令でも、子供相手じゃ殺せないよ。憧れだった帝国兵はもうやめる。君たちが辛い思いしているんだ、これで償わせてもらうよ。」
「帝国にも.......良い人がいるのですね。」
「多分、俺だけだよ。みんなは死んだ目をしている。」
帝国兵は春花に回復薬を飲ませた。見る見るうちに傷がなくなり、元気も出てきた。
「ありがとう」
「どういたしまして、この薬も仲間にあげるんだ。」
「本当にありがとう.......」
帝国兵は回復薬をいくつか春花に渡した。これには春花も驚きを隠せなかった。数分前まで敵だった者が今では味方で回復薬を恵んでくれる。春花は無意識に礼を2回言っていた。
「俺はマーグレットだ、君は紅井春花さんだよね。」
「名前も出回っているんだね。」
「うん、瑞島槙侍さんのデータも子孫である春花さんと秋斗さん、それと共に旅をする智也さんのことも。」
「そうですか......帝国は.......いえ、今は腐魔ですね。」
「俺も戦うよ、さっきみたいに哀れな姿は見せないよ」
「お願いします!」
帝国に長知れ渡っていることを知った春花は、さらに質問をしようとしたが、腐魔がどんどん秋斗達に襲いかかっているところだった。
春花はレイピアに風魔法のウィングを唱えて、レイピアに風属性を付与した。通常、魔法単体で詠唱して相手に攻撃をするが、智也の効果弾のように直接武器に魔力を流すことによって、属性が付与する。
しかし、腐魔は死骸から作られているようなもので物理攻撃も属性攻撃も聞かないかもしれない。春花は一か八かで風属性の攻撃をするしかなかった。
春花は腐魔に気づかれないように後ろから跳躍してレイピアを突く。
鈍い音がギンギン聞こえるが傷一つ付かない。
「っく!......硬い」
腐魔は後ろから攻撃されていることに気づいて、そのまま体を大きく半回転させて春花を吹き飛ばす。春花はそのままステップで体勢を立て直して再びレイピアで攻撃する。しかし、腐魔は何度も拳を振り下げて、春花の攻撃を妨害する。
「っち、邪魔!?」
春花は右にサイドステップしたまま左側にある腐魔の拳にレイピアを一突きするが、やはり効果はないようだ。
「春花!?下がってくれ!」
後ろから智也の声が聞こえた。春花が腐魔の相手をしている間に、マーグレットが智也達の治療をしてくれていた。春花は言う通りにバックステップを3回やって戦場から離れた。
「さて、今まで好き放題していた分こっちも暴れるからな!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!!」
智也が挑発をしているのがわかったのか、腐魔も大きく叫び倒す。
「いくぞ!3重詠唱!!アルファイア!!」
智也は効果弾の二重効果とほぼ同じように、魔法にも3重で魔法を詠唱した。智也は大きく杖を3回振ってそのまま左側にサイドステップをする。腐魔に大きな爆発が3回発生するがまるで効く気配がない。
「これで終わりじゃない!4重詠唱!アルアイス・アルサンダー・アルウィング・アルファイア!!」
今度は各属性の中位魔法を4連続で詠唱して4回杖を振る。腐魔にやや大きな氷の槍から10万ボルト級の雷が広範囲に襲い、さらに町を崩壊するほどの竜巻から迫力ある爆発が腐魔を襲う。
魔法の攻撃が止んでしばらく経った。これで傷一つ付いてくれれば良いのだが、腐魔は何事も無かったかのように拳を智也に激突させる。
勢いで吹っ飛んだ智也は壁に衝突して肺にある酸素が全て抜けた。
「つよ.......すぎないか.......」
下位の死骸でも灰にしてしまう4重詠唱をしてでも、腐魔の体は奇麗そのままだ。
「智也!大丈夫か!」
秋斗が駆けつけ体を起こす。
「このままではまずい。攻撃が全く効かない。」
「腐魔ってこんなに強かったっけ?」
どんなに大きな腐魔でも、攻撃が全く聞かない訳では無い。死骸同様に死骸対策用の技を複数回攻撃すれば倒すことは出来る。
「帝国側で何かしら腐魔に手を加えているのかもしれない。」
「おーい!大丈夫か!」
秋斗と智也が話していると、帝国兵のマーグレットが駆け付ける。
「空中艦隊で腐魔を守るオールバリアを発動させている機能を停止してきたぞ!」
「そんなのがあったのか!」
「これで腐魔を倒せるぞ!」
「助かった、もうひと踏ん張りだ!いくぞ秋斗!」
「俺も加勢する!」
3人は1人で戦う春花の元へ走り出す。
「3重詠唱!アルアイス!」
智也はアルアイスを3回詠唱して氷の槍を喰らわす。
「グアアアアアアアアアアア!」
「へへへ、効いているみたいだぜ!どんどん行くぜ!縦横斬撃!」
秋斗は大きく跳躍し、腐魔の背中に四方八方に斧を切り付ける。次々出来上がる傷を確認した秋斗は、一振一振徐々に力が増してきて、傷の深さがどんどん深くなっていく。
「これで終わらす!一閃突き!」
春花はレイピアから槍に切り替えて腐魔の腸に一閃突きをかます。光り輝く槍はするりと腐魔の体に入る。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!?」
腐魔はさらに叫ぶが、光が弱点なのがわかるかのように動きが鈍る。
「僕も行くよ!4重詠唱、ライト!」
智也はライトを4連続で詠唱して大きく杖を振る。すると、腐魔を取り囲むように4方向に大きな光の玉が現れ拡大していく。光が熱で膨張すると共に爆発した。
続けざまに斧を薙ぎ払っていた秋斗がライトブレイカーに移る。その時、智也はいつの間にか杖ではなく銃に持ち替えており、ホーリーレイを繰り出していた。再び腐魔に光の玉が直撃し動きが止まる。
「サンキュ智也ぁ!ライトブレイカーァァァァァ!」
腐魔の頭から踵目掛けて斧を振りかざし両断する。
腐魔の体からどす黒い液体が飛び出ている。完全に体力がないのか、膝をついて春花達を睨んでいる。
「おいおい、あんだけ対死骸技をやったのにまだ死なねえのかよ。」
「それだけ強固に作られているんだ。帝国の狙いは領土拡大のため、反抗された時の防御が強いんだよ。」
「いざ帝国兵に言われると説得力あるね」
「全くだ、畳み掛けるぞ!」
智也の合図でさらに対死骸技を準備した春花達は一斉に走り出す。
「二重効果、増加弾・ホーリーレイから4重詠唱、ライト!」
「ライトブレイカー!」
「一閃突き!」
春花達が繰り出す輝かしい攻撃は腐魔の体に向かって襲いかかる。
「グヌオオオオオオオオオオオオアアアアアアアア!!!!」
さらなる追撃を喰らって右腕が切断された。右腕があったところからどす黒い液体がドバドバ出ている中、攻撃をやすめることなく春花達は対死骸技を繰り出し続ける。
続けて左腕、右足、左足、頭と切断して、腐魔の動きが完全に止まった。
「はあはあ.......ここまで強いとは.......思はなかったな。」
「ああ.......さすがに今回は.......キツかってぜ.......」
「みんな.......お疲れ様.......」
荒い息の中生きていることを確認する。
「さすが英雄の子孫だな。」
「まあな、ずっとこんな争いをしながら旅してんだ。ここで死ねるわけない。」
マーグレットがただただ感心している中秋斗がそう答える。
「他の帝国兵はもう帰ったようだ。」
「マーグレットさんはどうするんですか?僕達は旅人なのですぐにここを出れる。けど、マーグレットさんはまだ帝国兵ですし、指名手配犯に手を貸した罪がある。」
「.......本当に君たちはすごいよ。自分の心配ではなく敵の心配をするなんて。」
「同じ人間として言っています。僕達も帝国の人もただの人間ですから。」
「そうか、行くあてが当てがあるんだ。ここの大陸を南に渡ってシトラス城があるんだが、そこで解放軍を展開している。」
「まさか帝国とやり合うのか!」
「まあね、最近の帝国は自分の国のことなんか見向きもしないで軍事力を上げるだけ上げて腐魔を作っている。国のために働こうと兵士になったのに、これじゃただ人を脅かす悪魔みたいじゃないか。」
「帝国にそんな一面が、住民に死骸やら死体やらにさせて腐魔開発か、許せねえ!」
「聞くに耐えないな、これは帝国の人間も救わなければならないな。」
「けど、まだ戦うって意思がある人はそのことに気づいていないんじゃない?」
「そのとおり、上の命令忠実の兵ばかりだから、裏で住民を殺して腐魔を作ってるなんか思っていない。むしろ、侵略した街の人間が腐魔になっていると思い込んでいる。このままじゃ帝国は魔物の国になってしまう。」
「最初からそのつもりだったのだろう。人間を駒のように使って最後は実験素材か兵器にするつもりだったんだ。」
マーグレットとの会話で帝国の裏の行動を知った春花達は気が動転していた。
「君たちが紅井春花か?」
すると後ろから野太い男の声が聞こえた。振り向くと、帝国の襲撃で負った傷だろうか、頭から血が出ている。
「大丈夫で──」
「触るな!!お前らこの町に来たから帝国は襲ってきたんだ!お前さえいなければ!英雄なんてもんがこの世界にいるか人は死ぬんだ!」
男が発した言葉は八つ当たりだ。けれど、そんな心無い言葉でも春花の心には深く傷がついた。
「おい、いくら命が助かったからって調子に乗るなよ!俺らがいなかったら今頃町ごと消えてたんだぞ!」
「うるせえ!お前らが生まれたから帝国なんてもんができたんだろ!ふざけんなクソガキ!」
「待て!子供相手に大人気ないぞ!」
秋斗と男を引き剥がすようにマーグレットが仲介する。
「なんだと!って貴様帝国兵か!英雄の子孫は帝国とつるんでたのか!俺らの町を襲ったのは裏で帝国とつるんでたからか!」
「僕はもう帝国兵を辞める。それに、街を襲ったのは帝国が──」
「だまれ!!」
男はマーグレットと説得を遮って腹を蹴った。
「くっ!?」マーグレットはその場に倒れ込む。
「わかった、僕達が悪かった!すぐここを出よう、だから住民の安全確保は──」
「お前に何がわかる!さっさと出てけ!」
再び智也の腹を蹴る。そしてずっと春花達を睨み続け今にも殺すぞと言うような殺気を醸し出している。
「.......行こう。」
春花は小さな歩幅で町の出口へと歩き出す。
そんな春花の背中はとても寂しいような姿だった。秋斗も智也もマーグレットも春花に続いて出口を目指す。途中から生き残った住人だろうか、「出てけ疫病神!」「あんな子早く死ねばいいのに!」「いなくなって清々するわ!」と無責任な言葉が背中から降り注いだ。
「秋斗!」
智也が苛立ちを抑えられないくらい暑くなった秋斗に話しかける。
「死ねばいいだと清々するだの誰が助けたと思ってんだ。」
「秋斗落ち着け!今は耐えてくれ。」
「落ち着いてるし耐えてる!くそっ。」
秋斗は今にも振り返って殴りそうな勢いで先を歩く。
「これが君たちの生きる道なんだな。」
「帝国に指名手配されている身ですから、町にとってはあれが普通の反応ですよ。」
「申し訳ないことをした。」
「マーグレットさんが悪いわけじゃない、悪いのは帝国だ。これ以上被害を出さないために.......僕らもシトラス城を目指します。」
「そうか、なら一緒に──」
「いえ、リガールに行く途中で寄る場所があるんです。」
「そうなのか、一緒に行けないのは残念だ。俺は一刻も早くシトラス城に声明を出しておくよ。」
「ありがとうございます。どうかお気をつけて。」「君たちも.......」
マーグレットはそのまま走って、南方のリガールへと向かった。智也はマーグレットの最後の元気の力を貰った気がした。それでも、智也にとってアテムの町の反応は心苦しかった。
「春花、大丈夫か?」
「うん、大丈夫.......」
「あまり、気を落とすな。あれが普通の反応だ。」
「うん.......」
春花はなんとも言えない返事で頭を伏せている。相当心に傷を負ったのだろう。今夜はゆっくり休むはずが、逆に心も体も疲れを溜めてしまったと、智也も気が落ち込んだ。
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