第2話アテムの町①
暖かい穏やかな風が頬をつたうここアテムの町。やや石造りの建物が多い町だけあって賑やかだ。
春花達はセト村から東に向かい山々を越えいくつかの魔物や死骸と戦ってきた。
「風が気持ちいいね。」
春花は戦いの疲労がたまり伸び伸びと体を伸ばす。
「リガールの方が海もあって風も穏やかだよ。いずれリガールにも行くだろう。さて、まずは情報屋だな。」
智也が支持すると2人は頷く。
「確か帝国についてだよな。」
「うん、あと旧ニホン地域と光の勇者についても。」
春花が答えた旧ニホン地域は帝国が占領している本拠地の地域で、30年前までは近代発展を遂げたが米政府によって死体の海にされた場所。今や昼までさえ死骸で覆い尽くされているとか。
智也は街の隅にある階段を上る。
「情報屋はこの町の上層北側にあるそうだ。そろそろ開店時だな。」
「情報屋だから目立った場所に店置いてねえか。それに夜ときた、ちょうど夕方前でよかったな。」
春花達はゆっくり街並みを眺めながら北側へ移動する。すると子供たちが元気いっぱいに遊ぶ光景を春花の目にとどまり立ち止まる。
「春花どうした。」
「うん、この子達も帝国の攻撃で苦しむって考えると早くなんとかしなきゃなって。」
春花の言葉に2人は静まる。
「えっとね、セト村もそうだったけど、帝国にも人間の兵士はいるだろうし家族もいると思うんだ。だから、どうして帝国はこんなことをやっているんだろうなって思って。」
「春花は優しいな。だが命が狙われているとなると情けはできない。」
智也の厳しい一言に春花は顔を曇らせる。
「帝国でも同じ人間か、確かにそうだな。そいつらが好きで人間を殺しているってやつも多くはないと信じたい。帝国を操っているやつを倒しさえすればいいんだけどな。」
「そいつを探るのが情報屋だ。着いたぞ、ここがミューズの情報屋。」
オレンジ色の煉瓦で作られた古ぼけた家、ドアの側に情報屋と書かれた小さな看板が垂れ下がっている。随分昔に作られたのだろうか、壁の至る所に植物が張っており濃い苔が広がっている。
智也は躊躇なく情報屋のドアを開けて中に入る。
「お邪魔するぞ、ミューズはいるか」
智也は起きな声でミューズを呼ぶ。すると、カウンターの奥に部屋からのそのそと爺さんが出てくる。ミューズはかなりやせ細っていて黒い服装で身を覆っている。
「いらっしゃい、久しぶりだね智也。今日はお守付きかい?」
「ああ、今日は色々と学ばせてもらおうと思ってね。」
ミューズはそうかいそうかいと3人を奥の客室へと案内する。3人は案内された椅子に腰掛け、ミューズが出したお茶を口付ける。
「紹介しよう、光の勇者の子孫紅井春花と紅井秋斗だ。」
「なるほど、君たちが槙侍の子らか。秋斗くんと言ったかな。槙侍の輝かしい真っ直ぐな眼差しはそっくりだな。春花は凛々しいながらも逞しい。本当に槙侍の子なのだな。」
ミューズは槙侍と会ったことがあるかのような言いぶりだ。
「お父さんに会ったことがあるのですか!」
「そう叫ぶな。私は大天空城で司書をやっていたんでね、彼がやってきてガイア様と共に混沌を倒したのはまさに歴史が動いた瞬間を目にした気分だった。槙侍が戻ってきて再び世界が闇に覆われると言った時にはもう遅かった。日本が新たな混沌によって崩壊していくのを皆と共に眺めていた。」
「じゃあ、今ニホンが帝国に脅かされているのは·····」
「旧ニホンを拠点としているアスタリスク帝国魔王城の王・スタイナー・ゲルツだ。」
ミューズが王の名を口にした瞬間、3人の顔は青ざめた。
スタイナー・ゲルツはアスタリスク帝国魔王城の王で現在の大陸のほとんどを支配しており、腐魔を開発し世界に解き放った張本人で光の勇者である瑞島槙侍を殺した者だ。
そして、各地域の街や村を遅い人を皆殺しにし帝国の拠点として使用しているそうだ。
「ゲルツか、あいつは必ず俺たちの手で殺さなければ。」
「うん、絶対に許さない。みんなの命をもう失わせない。」
「簡単に言うがアスタリスクに行くには手順が必要だ。旧ニホンが今どんな状況か教えてくれないか。」
「うむ、今の旧ニホンはお主達が思っている状況で正しい。完全にアスタリスクの支配下で、帝国兵の溜まり場や腐魔開発の為の施設を作って開発に専念している。面白いことにあそこだけ常に闇に覆われて夜だそうだ。あそこに入るためには2つの大橋を渡る必要がある。しかし、あそこにも帝国兵はもちろんいるわけだが、大橋は基本渡れん。大橋の下にアスタリスク内に蔓延っている下水道がある。あそこしか入る手立てはない。」
「その下水道から城下町に侵入して身を潜めながら城に接近。その後ゲルツに会って倒す。そう上手くいくかね。」
「それはお主たち次第だ。地下水道は死骸や腐魔の巣窟で、無事に通れるかはわからん。」
現状、死骸が現れる場所は人気の少ない場所や明かりがない暗い場所、夜中といったところで、腐魔も死骸とつるんで行動することもある。
「準備はしっかりして行っても生きて帰れる保証はないし、帝国と殺りあうとなれば命を落とす覚悟も必要だ。」
命という言葉が出て春花一行は青ざめる。だが、秋斗はすぐに覚悟をした面持ちで口を開く。
「旅に出た時から覚悟は決めていただろ、今更命の危機なんてどうってことないや。」
秋斗の言葉で智也も続く。
「勇者の末裔だから死ぬ覚悟は出来てるってか。ま、旅立ち前から覚悟してたのは本当だしな。今更死なんて怖くない、生きれたらいいけどな。」
「ほう、君たちは帝国と殺り合う覚悟はできているようじゃな。だが、春花はまだ気持ちが納まっていないようじゃな。」
秋斗と智也は不安そうな顔を浮かべている春花に目をやる。
「私は本当に帝国に勝てるんでしょうか。」
「それもお主次第じゃ。1つお主に教えておこう。」
「何でしょうか。」
「リガールに目指すとき少し外れた森の中に社がある。その社の中に黄金竜が祀られている墓があるんじゃ。もしかしたら龍神の大いなる恵みをいただけるやもしれん。」
「龍神の大いなる恵み?」
「かつてガイアの女神が日本中に6つの属性の源を放出し、それぞれ社を作り龍神の命を授けたそうじゃ。そして、その龍神の源が今我々が使うことが出来る魔法にエネルギーを与えてくれる。選ばれし者は黄金竜の騎士として世界を守るものとして星を受け継ぐ伝説がある。その黄金竜の命なら、今まさに力を貸してくれるやもしれん。」
「そんな力があったのですね。」
「だが、帝国とやり合う覚悟以上に過酷な道だ。行くにしてもそれ相応の決意が必要じゃ。」
「わかりました、行ってみます。」
「それと光の勇者についてじゃな。」
「瑞島槙侍、父のことか。」
30年前に地球に襲いかかる混沌を1度倒した英雄、瑞島槙侍は春花達の子孫である。彼は帝国の軍勢との戦闘で亡くなった。
「槙侍様が大天空城にいらして、女神ガイアつまり春花と秋斗の母椎名愛里沙はすぐに地球を脅かす混沌に挑んだ。結果はなんとか元凶である人間を封印魔法ノクティスで幕を閉じた。」
「ちょっと待ってくれ、混沌を生んだのは人間ってどういうことだ!」
智也が信じられないと言った顔でミューズに問う。
「無理もない、運命が放った混沌が元凶そのものと伝わっておる。本当は人間が企んだ破壊活動。そもそも日本が、いや地球が荒れ果てた原因はアメリカの勝手な行動で、日本に攻めて日本人を虐殺した事から始まる。結局、人間が地球を壊したことになる。」
「つまり、運命はこのことを知っていた上で帝国という存在を作ったのか。」
「運命が作るのは道だけだ。帝国を立派に作り上げたのは魔物自信じゃ。」
今まで言い伝わっていた真実が別のものに塗り替えられた春花達は何を信じていいのかわからなくなっちた。現在出回っているMESSENGER第1世紀の歴史は、地球を襲った混沌は人間によって生み出されたものではなく運命が放った破壊活動となっている。つまり、今生きる人間の敵は帝国と運命という解釈になる。
「まぁ、偽りの話なんざどこに行っても散らばっている。昔はフェイクニュースと言ったかな。情報を見極める力は現在においても必要じゃ。」
「ご指摘ありがとうございます。」
春花が礼を言う。きっと、この先は嘘ばかりの世界だ。頭の片隅に入れておかなくてはと感じた。
「さて、槙侍様と愛里沙様は1度大天空城に帰還されてそのままご結婚されたのです。そして、すぐに子である春花様と秋斗様を産まれました。」
「さらに日本を崩壊した例の光線はその後か。」
「さよう、壊滅的状況に至ったのは数週間後じゃ。槙侍様と愛里沙様は共に日本に戻られて魔物の群れと戦い戦死された。」
「残った魔物で帝国を築き上げたってか。」
ミューズは静かに頷く。少しでも真実を知れた春花達は肩の荷が軽くなった。そして春花はミューズに問いかける。
「私達がやるべきことは、父の使命を果たすこと。帝国を滅ぼす、そういうことですか。」
「うむ、槙侍様がやり遂げられなかったものを、子である春花達が成し遂げてくれ。」
春花達は共に頷き合う。
きっと、ここからが旅の始まり、つまり、死と隣合わせの世界。けど、私はずっと決めていた。小さい頃から義父に育てられ、さらに帝国によって育て親も殺されたこと。悔しかった。寂しかった。辛かった。ずっと、自分の気持ちを他の人には味わって欲しくないと強く願っていた。そのために立ち上がったんだ。兄の秋斗と友達の智也と一緒に旅に出たこと、もう振り返ることが出来ない平和な世界はもうないんだ。
「私、社に行きます!」
「そうか、行ってしまうか。くれぐれも気をつけるがいい。」
「はい。」
春花はミューズに貴重な話をしてくれた礼を言って情報屋を後にした。すっかり空は夜で住宅から灯る明かりがなんとも心地よい。
「今日は宿に泊まろう。今までの疲れを取ろう」
「だな、今まで硬い石の上で寝ていたから、久々にベットで寝てるのはありがてえ」
秋斗と智也の会話を聞いて春花は微笑んでいた。いつまでもあたたかい会話を続けることが出来ますようにと心の中で願っている。
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