第13話 決戦

次のシフトの前に、デイブさんからシミュレーションがうまく行ったと連絡があり、戻ってきた美月たちに先生が状況を説明した。その後は何事も無く、やがて2回のシフトが終わろうとしていた。


「よし、全員揃ったな。ここからは臨戦態勢だ。気持を引き締めていけ」


コックピットに集まった俺たちに先生が言う。間もなく本隊の第一派が到着する。順調にいけばここから先、俺たちの出番はないはずだが、不測の事態に備えて待機しておく必要がある。本隊が到着したら、俺たちは一旦大きな船に収容されて少し休息も取れるだろう。


「ユイ、状況を教えてくれ」

「はい。本隊第一派は、あと5分でワープアウトの予定です。ワープアウト地点から所定の位置に着くまでに、通常航行で1時間ほどを要します」

「よし、それでは我々もランデブーポイントへ移動するぞ。エイブラムス、機関始動だ」

「了解しました。再始動前チェック開始、異状なし。主機関、スタンバイモードを解除、再始動します。主反応炉出力上昇80%」

「よし、中井。お前が指揮を執れ」

「了解。各セクション、航行前チェックを開始。機長席システムチェック、異状なし」

「副操縦士席、異状なし」

「ナビゲーションシステムチェック、異状なし」

「情報処理、通信系チェック、異状なし」

「メディカルシステムチェック、異状なし。乗員バイタル正常範囲内です」

「主反応炉出力100%、航行準備完了。サラウンドモードに移行。全員、情報共有モードに。」


視界がサラウンドに切り替わり、計器類が視界内に表示される。


「ケイ、航路図を出してくれ」

「了解、航路図を表示。ランデブーポイントまで自動航行で38分」

「先生、準備完了です。航行開始します」

「よし。行こう」

「機関始動。オートパイロットをセット。航行開始」


船は軌道を離れ、本隊に合流すべく動き出した。変動する重力場の影響で、コースに偏差が生まれるが、今のところオートパイロットが修正可能な範囲にとどまっている。


「本隊がワープアウトしました。チャートに出します」


サムがそう言うと、航路チャートに多数の光点が現れた。最初、重なり合っていた光点は、次第に散開していく。


「もう、一部のシールド発生機と供給船が展開を始めているな」


先生が言う。


「中央の集団と合流するんですね。あの中にヘラクレス3も?」

「そうだな。おそらくヘラクレス3以外の船は無人化して、シールド発生機と一緒に褐色矮星の軌道の内側へ送り込むつもりだろう」

「ヘラクレス3から通信。デイブさんです」

「よし、共有で出してくれ」

「了解しました」


サムがそう言うと、通信パネルにデイブさんの姿が映し出される。


「無事着いたようだな。もう展開を始めてるのか?」

「ああ、とりあえず外側に展開する発生機と船は定位置に向かわせた。こっちは現在、各船の乗員を収容中だ。バックアップの一隻を残して、無人になった船から自動制御に切り替えている」

「そうか。こちらも合流ポイントに向かっている。そっちよりも少し早めに到着するだろう」

「了解だ。少しの間待っていてくれ。合流したらそっちを収容するから一休みしろ」

「そうして貰えると有り難い。ここまで結構ハードだったからな」

「よし、それじゃ近くなったらまた連絡する」


デイブさんがそう言うと通信が切れた。


「やった。これでお風呂に入れるよ」

「僕はちゃんとしたベッドで眠りたい」

「そうですね。後は本隊の皆さんに任せて、ちょっとリフレッシュしましょう」

「まだ気は抜くなよ。収容完了までは何があっても対応できるようにしておけ」


俺も正直ホッとしているのだが、先生がいう通り、ここで気を抜くと変なフラグを立てかねない。用心するにこしたことはないだろう。


そして俺たちがランデブーポイントに到着してから20分ほどで、本隊が視界に入ってきた。大型艦数十隻の大艦隊は壮観だ。そしてその周囲に展開しているシールド発生機も中型艦ほどの大きさがある。


「すっごいなぁ、数えきれないや」


ケイがそう言うのだが、そもそも数えようなんていう気にもならないほどの大群である。俺たちの周囲は、あっという間に無数の船に埋め尽くされてしまった。


「ヘラクレス3から通信です。共有します」


サムがそう言うと通信パネルが開いてデイブさんの姿が現れる。


「待たせたな。それじゃ、これから収容する。制御をこちらに渡してくれ」

「了解だ。中井、制御を移行しろ」

「了解です。制御をヘラクレス3に移行します」


俺が操作をすると、操作パネルの照明がブルーに変化する。これで、あとは自動でヘラクレス3に着艦できる。


「制御移行を確認。異状なし」

「よし、こちらも確認した。あとはゆっくりしてくれ」


俺たちの船は編隊を組む大型艦の間を抜けて行く。貨物船あり、客船あり、巡航艦ありと様々なタイプの船が並んでいる。おそらく、緊急にかき集めたのだろう。そして、やがてその中でも特に巨大な一隻の船に接近していく。ヘラクレス3だ。もうかなりの旧式艦だが、その大きさやパワーは飛び抜けている。


「何度見ても無駄に大きいわね」


美月がつぶやく。ヘラクレス3はもう頭上の視界の大半を占領している。この船に乗るのは、チームとしては二度目だが、俺と美月は三度目になる。あの入学式前の事故の時、レスキューに来てくれたのが、この船だったからだ。そう言う意味では、この船も美月と同じで、腐れ縁と言ってもいいだろう。


「よし、収容開始するぞ」


デイブさんがそう言うと、頭上のハッチが開き始めた。ちょっとした小型艦ならそのまま収容出来る巨大なハッチに比べれば、俺たちの宇宙艇は豆粒みたいなものだ。


「主機関停止を確認。スラスター動作正常」


ジョージが叫ぶ。遠隔制御とは言っても、こちらのシステムに異常が発生すれば大惨事になりかねないから、こうしたモニタリングは必須なのである。


「ジョージ、シールド解除だ。ギアダウンする」

「シールド解除了解」

「ギアダウン確認。着艦体勢」


そうしている間に、俺たちの船はヘラクレス3の腹の中へ吸い込まれていく。この船の内部は大部分が巨大な船倉だ。ちょっとした都市の数ブロック分くらいの広さがある。その一角にあるランディングパッドに俺たちは誘導され着艦した。


「着艦完了を確認。機関停止」

「機関停止確認。駐機チェックリストを実行、正常終了」

「係留確認。システムを駐機モードに移行」


次の瞬間、俺たちの視界にコックピットが戻ってきた。サラウンドモードが解除されたのである。


「先生。駐機モード移行を確認しました。着艦手順完了です」

「了解。よし、楽にしろ。ここまでご苦労だったな。乗艦したら、とりあえず休むといい」

「やった。とりあえずお風呂かな。ケンジ、一緒にどう?」

「おい!」

「とりあえず、僕は何か食べたい」


そんな会話をしている間に、宇宙艇の周囲にエアシールドが展開され、空気が満たされる。ハッチを開けると、デイブさんが待っていた。


「乗艦を歓迎するぞ。よく頑張ってくれたな。まずは飯でも食ってゆっくりしてくれ。後は我々が引き継ぐからな」

「ああ、よろしく頼むぞ。流石に疲れたよ」


珍しくフランク先生がちょっと弱音を吐く。基礎課程の学生を引き連れての重要ミッションだ。プレッシャーの大きさは想像できる。それを俺たちに見せることもなく、ここまで引っ張ってきてくれたのだから、疲れ具合は俺たちの比ではないだろう。だが、それもここまでだ。後はデイブさんたち本隊がやってくれる。


「まずは居住区画に上がってくれ。部屋割りはアウトバンドで分かるようにしてある。腹が減っていたら食堂で好きなものを食ってくれ。作戦開始は10時間後だ。1時間前に最終ブリーフィングをやるから、それまでは休んでくれ」


デイブさんに促されて、俺たちはカートに乗り、広大な船倉を走る。これももう3回目だ。通路の脇には小型の重力シールド発生機がずらりと並んでいる。必要な大型の発生機は既に船外に展開されているはずだから、これらは予備機だろう。これを使うような事態はあまり想像したくない。そして、船倉の最も艦首よりにある昇降シャフトで上の区画に上がる。当然、先生と俺たち男子が先に上がり、女子たちは後から続くことになるが、その理由は自明である。これまで2回は、その理由のせいで一悶着あったわけで、流石に全員既に学習済みだ。居住区画は艦首よりの中層部分にある。この巨大な船だが、それを動かしている乗員は20名ほどしかいない。乗客を乗せることは想定していないため、ゲスト用を含めても船室は40室程度しかない。今回は、ミッションスタッフも乗船しているから部屋数はぎりぎり。当然、俺たちは男女に分かれて相部屋となった。船室は3、4名なら同室になっても十分な広さがある。ベッドも増設可能だ。男子部屋は先生と俺、そしてジョージの3人である。


「さて、とりあえず俺は寝るぞ」

「僕はちょっと小腹が空いたから、何か食べてから寝るよ」

「あれ、先生は?」

「さっき、デイブさんと一緒にブリッジへ上がっていったよ。一休みすればいいのにね」


ジョージはそう言いながら部屋を出て行った。俺はだだっ広い部屋に一人。誰も居なくなると何やら寂しい感じがする。今頃女子部屋は賑やかだろうな。そんなことを考えながら、俺はベッドに身体を投げ出す。流石に疲れていたから、寝付くのにそれほど時間はかからなかった。


       ◇


「ケンジ、いつまで寝てるのよ。さっさと起きなさい」


頭の中に声が響く。なにやら甘酸っぱい夢を見ていたような気がするが、そんな気分はこの一声で吹っ飛んでしまった。だいたい、インターフェイス経由で怒鳴るかよ。頭の中で声が響きまくって気分が悪い。


「あのなぁ。もうちょっとマシな起こし方はないのか?頭がガンガンするぞ」

「あんたね。もうブリーフィングまで30分しかないのよ。目覚ましくらいかけておきなさいよね。だいたい着替えもせずに寝てるなんて、だらしないわね」

「ほっとけよ」


俺は時間を確認する。たしかに、美月が言うとおり、もう9時間以上寝ていたようだ。これはちょっと急がないとまずい。


「わかったらさっさと支度して食堂に来なさい。遅くなったら食事は抜きだからね」


美月はそう言うと部屋を出て行った。部屋には俺一人。ジョージや先生はもう起きているのか。俺は慌てて顔を洗うと食堂に向かう。食堂には既に全員が揃っている。どうやら俺が最後のようだ。


「おはよーケンジ。よく寝てたみたいだねぇ」

「おはようございます。体調は大丈夫ですか?」


ケイはともかく、マリナに心配されるとちょっと罪悪感がある。


「そんな心配は無用だわ。こいつ、よだれ垂らして寝てたんだから」

「おい、デタラメを言うなよ。よだれなんか垂らしてないだろうが」

「普通に声かけても全然起きなかったくせに、どうしてデタラメとか言えるのかしらね」

「うるさいな。だいたい・・・」

「まぁまぁ。疲れてたのは分かるよ。僕もケイに起こされたくちだからね。とりあえず、急いで食べないとブリーフィングに間に合わないよ」


ジョージが割って入ってくれたおかげで、美月との全面衝突は回避された。こういう場合、勢いに任せてしまえば最後に負けるのは俺の方だ。おれはとりあえずカフェテリアから適当に食い物を取ってきてテーブルに座る。


「いよいよですね。うまく行くといいのですが」

「マリナは心配性だねぇ。大丈夫だって。シミュレーションもうまくいったみたいだしさ」

「あんたは能天気過ぎるけどね。ぴったりシミュレーション通りにいく可能性は高くないわ。問題はどれくらいマージンがあるかよ」

「太陽系への影響を対処可能なレベルに抑える結果を導くためには、余裕はあまりないと考えられる。当然、リアルタイムにシミュレーションを修正しながらパラメータを変えていくことになるけれど、処理とフィードバックの時間を考えると、異常事態への対処は限定的にならざるを得ない」

「そうだね。サムが言うとおり、センターコンピュータとユイの能力をフルに使っても、かなり厳しいオペレーションになると思うよ。当然、異常に対処出来る時間は限られるから、ある程度、事態を想定しながら即応体制を取るしかないんじゃないかな」

「でも、私たちの出番はもう終わったわけだし、心配してもどうにもならないよ。うまく行くと信じて見ているしかないよね」

「そうだな。ある意味、太陽系の総力戦なんだし、俺たちの役割は果たしたわけだから、あとは委ねるしかないかもしれないな」

「慌ててかき集めた集団なのよ。そこまで楽観的にはなれないわ」

「そうですね。何かあれば私たちも動けるようにしておきましょう」

「さて、そろそろ時間だね。ミッションルームに行こうよ」


確かに美月が言うことにも一理がある。ここまでの大部隊を、ほんの数日で動かすには、色々なステップを省略しなければいけなかったはずだ。それを考えれば、何か問題が発生しても不思議ではない。だが、それは作戦を計画した人たちも分かっているはずだ。当然、ある程度の準備はしているだろう。ここまで来たら、俺たちに出来ることはほとんどない。成功を祈って見ているしかなさそうだ。


ミッションルームはブリッジの裏側に置かれている。本来は備品倉庫だった場所を急遽空けて、機器やスタッフ用のブースを詰め込んだのだそうだ。いかにも急ごしらえらしく雑然としている。スタッフは20名ほど、司令席にはデイブさんと先生の姿も見える。俺たちは、その脇に陣取ってブリーフィングを聞くことになった。


「よし、全員聞いてくれ」


デイブさんが喋り始めると、騒がしかった室内が静かになる。こうした音声はインターフェイス経由で伝えられるから、多少騒がしくても聞き逃すことはない。美月が俺をたたき起こしたやり方と同じである。


「あと1時間で作戦を開始する。その前に、作戦の内容を再確認したい。まず、これを見てくれ」


デイブさんがそう言うと、空中に作戦図が表示された。ブラックホールと褐色矮星の軌道や進行方向などが3Dで映し出されている。


「これが現在のシールド発生機と支援船の配置だ。軌道外側の配置は既に完了している。現在、セクター3に展開している各船は、ミッション開始と同時に、褐色矮星軌道の内側へ移動させることになる」


表示の端に時計が表示され時間を刻み始めると同時に、シールドと支援船が一列になって軌道の内側に入って行く。


「開始から1時間23分で船の展開は完了する。あとは褐色矮星が予定の位置まで来た時点でシールドを動作させる」


シールド発生機の表示が赤色の点滅を始め、展開されたシールドが薄い水色で表示される。それと同時に褐色矮星とブラックホールの軌道を示す破線が表示された。


「計算通りならば、シールド動作時点での双方の重力的な結合が切れて進行方向が固定されるはずだ。これで、両方とも太陽系から遠ざかる軌道に乗ることになる」


表示がズームアウトし、太陽系に対する軌道が表示される。


「もちろん計算では・・・という話だ。シールド展開のタイミングや配置はかなりシビアだから余裕はほとんど無い。問題が発生すれば対処の時間はごく僅かだ。そこで・・・」


デイブさんがそう言うと、表示上に別の一団が現れた。


「これは本船に搭載している予備のシールド発生機だ。これを、あらかじめ周辺に展開しておき、何か問題が発生した場合に代替や調整のために利用できるようにする。ただ、この発生機は本隊のものとは異なり自律制御機能が貧弱だ。リアルタイムに指示を与えて制御する必要がある。そこで、本船から直接制御することになるが、周囲の空間の影響で通信距離が限られるから、予定よりも危険領域に接近する必要が生じる」


画面上のヘラクレス3がブラックホールの近くの薄赤色の領域すれすれに移動する。


「この船の大きさだと、この位置が限界だ。これ以上近づくと潮汐の影響が船体強度を上回ってしまう。つまりここから通信が可能な範囲でしか予備機を展開できないということだ」

「エネルギーの供給は大丈夫なのか?」


フランク先生が聞く。


「ああ、そっちは大丈夫だ。この船のビームは強力だからな。それに、いざとなれば内側に展開している支援船からも供給できる」

「そうか。ならば問題は制御だけだな。それなら・・・」


フランク先生はちょっと考え込む。


「どうした」

「いや、なんでもない」

「いずれにせよ、制御には相当の演算能力を必要とするからな。この船がやる以外の選択肢はない。と言う事で、この船には最小限の人員だけを残して、他は別の船に移ってもらいたい。特に、そこのひよっこどもはな。これ以上お前たちを危険にさらすわけにはいかん。そうだろう、フランク」

「ああ、そうだな」

「先生、俺たちはまだ大丈夫です」

「いや、君たちはもう十分頑張ってくれた。危険な目にも遭った。これ以上、君たちを危険にさらすことは教師としてできん。いや、大人のメンツにかけてな」

「フランクの言うとおりだ。それとフランク、お前も一緒に行ってくれ。万一この船に何かあった時、指揮を執ってほしい」

「わかった。だが無理はするなよ」

「誰に言ってる?」


デイブさんはそう言うと豪快に高笑いした。

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俺と美月の宇宙日記(ダイアリィ)3 風見鶏 @kzmdri

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